第26話 ケィティの家族

「差し支えなければ教えて、どのぐらい入って来るの?」


「うーん、年間で10万クレジットぐらいかな。」


「あら、意外と少ないのね、もっと多いのかと思ったけれど。」


「あ、ゲーム一つについて10万クレジット、だから多分年間で100万クレジットぐらいにはなっているのだろうけれど、正確に数えたことは無い。」


「え、どうして?

 だって自分の収入でしょう?」


「うん、まぁ他にも色々あって、特許料なんかが入るんでね。

 管理は銀行に頼みこんで専属の会計士にしてもらっているんだ。」


「呆れた、自分の財産なのに概数も知らないの?」


「うん、まぁ、特別に知っておく必要もないからね。

 さっきも言ったように会計士の人が真面目に管理してくれているよ。

 何しろ管理する額が、彼らの給料に跳ね返るからね。

 問題があればすぐに報告してくれる。

 少なくともこれまでに問題は無かった。」


「会計士の人が猫糞ねこばばしたりしないの?」


「会計士は金の出入りを管理しているだけで、彼らに金を動かしたり、口座を動かす権限はない。

 だからその点は心配ないんだよ。」


「ふーん、でも、いずれにしろかなりの資産を持っていそうね。

 それはとてもいい情報だわ。」


「え、何で?」


「お父様を説得するには、先ず我が家の資産を狙っているわけじゃないということをわかってもらわなくちゃいけないの。

 そうじゃないと、スティーブと単にデートすることだって下手をすると禁止されるかも。

 ねぇ、正直な所を教えて、今どのぐらいの資産を持ってるの?」


「おやおや、とんだ話になりそうだが・・・。

 バレット銀行の口座に多分5千万クレジットはあるはずだよ。

 メインバンクは他にあるけれど、バレット銀行だけで十分でしょう。」


「わおう、お金持ちぃ。

 そんなにあるなら十分よ。

 お父様だってそんなには持っていないと思うわ。」


「因みにお父さんの名は?」


「あ、ディビッド、ディビッド・M・クレッセンドよ。」


「そう、ちょっと待っててね。」

 

 スティーブはセルフォンを片手に何事か始めた。

 三分もしないうちに顔を上げてにやりと笑って言った。


「お父さんも結構なお金持ちだよ。

 預金を含めた資産総額は7千万クレジットほどになる。

 尤も、銀行の担保情報だから実際に通貨にすると若干の増減はあるけれどね。」


「まぁ、そんなことまでわかっちゃうの?

 ひょっとして、諜報部にでもいるの?」


「いや、違うよ。

 お父さんぐらいの名士になるとね。

 ネット情報だけで結構な情報がわかるんだ。」


「ねぇねぇ、私の事もネットでわかるの?

 それにスティーブのことは?」


「僕の事は多分無理だろうね。

 軍関係者の情報は出ても幹部クラスの名前だけ、その他の情報は全部隠してしまうからね。

 ケィティの情報は多分お父さんの家族で出ているかもしれないが、余り詳しい情報は通常は掲載されない。

 資産家の場合、最悪誘拐という問題もあるからね。

 住所も家族の顔写真も伏せられている。

 但し、裏のネットでは結構出回っているかもしれないね。

 調べてみるかい。」


「ええ、念のため、教えて。」


 スティーブはまたもセルフォンで一連の操作を行った。


「ふむ、どうやらさっきの彼女たちブログであちらこちらに二人の写真を流しているようだね。」


「まさか・・。」


 ケィティは戸口の方へ振り向いたが、既にケィティの友人は店を出たようで席には居なかった。

 少し怒ったような、表情を見せながらケィティが言った。


「あんの、二人・・・。

 一体なんて言ってるの?」


 にやりと笑って、スティーブが言った。


「見るかい?」


 手渡されたセルフォンには親しそうに歓談する二人の顔が大写しである。

 その下にはコメントが付いていた。


<驚き桃の木、我らが仲間に一人残った年増処女、ケィティが終に乙女の危機か?

 相手がスッゴイいい男なんだよね。

 これが。

 ケィティじゃなければ横取りしたいところ。

 残念。

 お相手は宙軍の若手中尉さん。

 とってもいいマスクでしょ?

 スタイルも抜群だよ。

 二人腕を組んでとってもいい雰囲気でエレバンに入ってきたよ。

 今なら、ケィティの彼氏を見るチャンスかもよ。

 バージンとお別れ間近のケィティを見られるかもしれない♥>


 ケィティが真っ赤になり、次いで怒りの表情を見せながら立ち上がった。


「スティーブ、出ましょう。

 ここに居たらさらし者になっちゃうわ。」


くすっと笑いながらスティーブが言った。


「そうだね、君の友達が大挙して押しかけてきたら、どうも落ち着けそうにない。」


 二人はすぐに店を出た。

 店を出ると再びスティーブが左腕を曲げて、ケィティが当然のように右腕を絡めた。


「さてどうしようか。

 家まで送ろうか?」


「ううん、もう少し話をしたいわ。」


「そうか、じゃぁ、今度は僕が案内しよう。

 お友達がちょっと来れそうにないところを一つだけ知っているから。」


「うん、何処でもいいわ。」


 二人は、エアタクシーに乗った。

 スティーブがハーベイ・ロイヤル・ホテルの名を告げるとケィティの顔が一瞬青ざめた。


「スティーブ、私・・・。」


「大丈夫だよ。

 初めてあった女性をベッドに連れ込むようなことはしない。

 あそこの最上階のレストランは景色もいいし、多分ケィティの知り合いも少ないだろう。

 ゆっくりと話ができるだろうと思うのだけれど・・・。

 どうかな?」


 ケィティがほっとした表情を浮かべて言った。


「ええ、それならいいわ。」


 二人は、ホテル最上階のラウンジでゆっくりと色々な話をした。

 二時間ほど話してから、ホテルを出てスティーブがエアタクシーでケィティを送った。


 別れ際にお互いのセルフォンの番号とメールを交換し合った。

 日没間近のクレッセンド邸の玄関でケィティは手を振って見送った。


 ケィティが玄関を入ると、母のセシリアが待っていた。


「男の方と一緒だったようだけれど、どなた?」


「あのね、今日知り会ったとてもいい人よ。

 暫くお父様には内緒にしてほしいけれど、お母様には正直に申し上げておきます。

 私の好きな人になりそうな予感がする。」


 セシリアは微笑みながら言った。


「おやおや、それはじっくりと話を聞かなければね。

 お父様は今日も仕事で遅くなりそうだから、時間はたっぷりあるわ。

 お婆様にも聞いていただきましょうか?」


「ええ、お婆様も構わないけれど、ジルは駄目よ。」


「ジュリエットはお友達の誕生会とかでさっき出かけたわ、帰りはお父様より遅くなるかもしれないわ。

 お婆様も居間にいらっしゃるから、そこでいいかしら?」


 ケィティは頷いた。

 ケィティは、二人の出会いを細大漏らさず二人の年上の女性に話した。


 セシリアが言った。


「ケィティの初恋かしらね。」


「ええ、そうかもしれないわ。

 幼い頃に一度だけ、ほのかな感情を持ったことも有るけれど、今度のとは違う。」


 お婆様のクレモナが言った。


「どんな人なの。

 写真でも撮らなかったの?」


「ええ、まぁ、無いわけでもないけれど、・・・。

 見せてあげるけれどコメントは無視してね。」


 ケィティは先ほどラウンジでスティーブのセルフォンから転送してもらった写真を見せた。

 スティーブが撮ったものではない。


 キャサリンが撮ってブログに載せた写真である。

 お婆様が笑いながら言った。


「確かにハンサムボーイね。

 それに・・・。

 なるほどね、随分とあけすけなコメントだけれど、お友達がケィティのバージンを保証してくれたようなものだからいいじゃない。

 きっとこのスティーブさんもケィティを大事にしてくれるわよ。

 でも、近頃の娘さんって皆そうなのかい。

 何人いるのか知らないけれど、みんな経験者だなんて。」


「正直なところ、実際のところは知らないわ。

 私が傍で見ていたわけじゃないから。

 でも相手の男性とのセックスを結構大胆に話したりするから、そうなのかもしれないわ。

 昨日の男は結構良かったとか、相手は童貞でこちらが教えてやったとか、どぎつい話題が多いの。

 お蔭ですっかり耳年増みみどしまになってしまったわ。」


セシリアも苦笑している。


「でも、一度は実際に会ってみたいわね。

 スティーブさんがどんな人なのか。

 親としては心配だから。」


「ええ、ご招待しても良いけれど、スティーブの都合も聞かなければいけないし、お父様の居ない時じゃなければ駄目でしょう?」


「あら、ディブだって貴方の親なのよ。

 娘がどんな人と付き合っているのか知る権利はあると思うわ?」


「だって、お父様なら絶対に反対するに決っているじゃない。

 あれだけ軍人を毛嫌いしているお父様がスティーブを受け入れるわけがないわ。」


「お父様の軍人嫌いは私も良く知っているわ。

 でも軍人の中に尊敬できる人物がいることもちゃんと認めていらっしゃるのよ。

 ディブはただの頑固者じゃありません。

 見るべきところはちゃんと見ています。

 ましてケィティの相手になるかもしれない男性なら、相手が軍人で有ろうと前科者で有ろうとしっかりと向き合う人ですよ。

 お父様に気に入られなかったら、デートだってできないでしょう?」


「だってぇ・・・。」


「ケィティが善い人と思ったのでしょう。

 貴方の感は間違いないわ。

 自信を持ちなさい。

 それにディブの事なら私に任せなさい。

 貴方が生まれる前から付き合っているのだから。」


「そうだね。

 私なんぞは、デイビッドが生まれて以来52年の付き合いだわさ。」

 

 ケィティは二人の年上の女性に説得されてしまった。

 スティーブから明日以降は暫く無理だと聞いていた。


 次に会う機会は、今のところいつになるかわからないとも聞いている。

 会えるような機会が出来た時にはスティーブから連絡をくれることになっていた。


 少なくとも1か月以内には連絡をくれると約束してくれたから、ケィティはそれを待つしかなかった。


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