第25話 語らい

 二人から交互に話を聞いて、警部はすぐに安堵の色を見せた。


「わかりました。

 最近、セントラル公園で若い女性を人気のいない林に連れ込んで乱暴する事件が二件ほど起きていましてな。

 被害者の話から大男一人と二人の背の高い男という情報を入手しています。

 先ず、今回の三人の犯行とみて間違いないでしょう。

 こうした事件は被害者が中々警察に訴えてくれませんでな。

 おそらく、他にも余罪があるものと思われます。

 しっかりと追及して厳罰に処すよう捜査を進めましょう。

 それにしても、三人の男を、それも刃物を持った男を苦も無く倒すとは、いや、流石に宙軍さんじゃと感心しましたわ。

 スティーブ中尉の行動は、傍目にはやや過剰防衛と受け取られる向きも無きにしも非ずですが、相手は刃物を持った男達、状況からして正当防衛が立派に成り立ちます。

 今後、お二人が裁判等で証人として呼ばれるようなことはまず無いと存じますのでどうぞご安心を。

 さて、これで事情聴取は終わりです。

 引き取っていただいて結構です。」


 そう言ってキンダー警部は立ち上がった。

 二人で警察を出ると、ケィティが改めて礼を言った。


「本当に危ういところをありがとうございました。

 警部の話からすると、貴方がいなければ私は随分と酷い目に会っていたようです。

 本当なら、両親にも私の恩人として紹介したいのですけれど・・・。

 実は、父が軍人を毛嫌いしているんです。

 どうも昔、軍の方と色々といざこざが合ったようで、常々、私や妹に言っているんです。

 軍人とだけは付き合うなって。

 でも、他の軍人さんは別として、私は貴方の事がもう少し知りたいわ。

 もし宜しければ、もう少しお時間を割いていただけませんか?」

 

 スティーブは苦笑いをしながら言った。


「うーん、お父様に知れたら叱られるかもしれませんが、本当に構わないのですか?」


「ええ、私だってもうすぐ22歳、少なくとも大人のつもりです。

 自分の付き合う人は、親の意思とは無関係に自分で決められます。

 私、自慢じゃないけれど直感的に善い人か悪い人か見分けられるんです。

 貴方は善い人ですけれど、さっきの三人は悪い人で、見た瞬間にそう思いました。」


「ふーん、貴方が生まれながらに持っている能力かも知れないな。

 信じますよ。」


「あら、びっくり、・・・。

 そんなことを言ってくれる人が母以外に居るとは思わなかったわ。」


「そうですか?

 ケィティさんの妹さんは?」


「妹も人の見る目は確かみたい。

 嘘をつく人をすぐに見破るもの。」


「おやおや、貴方の家族の前では嘘はつけないみたいですね。

 じゃぁ、どこかでジャミン茶でも戴きましょうか。

 僕は、ハベロンに来たばかりで良く知りませんので、どこか良いお店に連れて行っていただけますか?」


「ええ、じゃ・・・。

 この近くならば、エブレスに行きましょうか。

 とても雰囲気のいいお店です。

 美味しいプチケーキを出してくれる店なんです。」


「ひょっとして、学生さんのたまり場ですか?」


「うーん、そう言えばそうかも。

 そんなお店ではお嫌ですか?」


「いいえ、貴方のお伴ならば何処へでも参りますよ。」


 そう言って、スティーブは左の腕をくの字に曲げて腰に当てた。

 ケィティはそれを見て嬉しそうにその腕に右腕を絡めた。


「さて、どちらに、参りますか?

 お嬢様。」


「右方向よ。

 でもそのお嬢様はやめてください。

 ケィティと呼んで欲しいな。」


「了解です。

 ケィティ。

 僕もスティーブと呼んでね。」

 

 二人はそのまま向きを変えて、目的地に向かった。

 エブレスという茶店は、繁華街に面した通りに有り、若い女性に好まれそうな明るく瀟洒しょうしゃな雰囲気のお店である。

 

 中に入ると実際に若い女性が多数おり、男性は数えるほどしかいない店であった。

 二人が間口を入るとその視線が一斉にそちらに向いた。

 

 ケィティは女性から見ても、うりざね顔の典型的な美人と見えるし、スタイルが良いからモデルと間違えられることがしばしばである。

 そうしてその連れが、またきりっとしたハンサムボーイで、これまたモデルかとも思われるほどスタイルが良ければ居合わせた客の視線が集中するのも無理はない。


 空いている席を見つけて二人が座り、注文を終えると、やおら戸口に近い場所に座っていた二人の若い女性が二人の脇に立ったのである。


「ケィティ、お安くないわね。

 どこで見つけたの?

 こんないい男。」


 ケィティが驚きの声を上げる。


「キャスリン、それにリンダ。

 何でここにいるの?」

 

 黒い髪に七色のカラーで染めた一房をアクセントにしている女性が言った。


「何でって、折角の休みだから朝からリンダと二人でボーイハントに来たんだけれど、生憎といい男がいないのよね。

 で、ここで少し時間を潰してからもう一度探すの。」

 

 もう一人の赤毛の女性が言う。


「ねぇねぇ、紹介してよ。

 ケィティの初めての彼氏。」

 

 真っ赤になりながらケィティが言う。


「まだ、知り会ったばかりよ。

 彼氏と言うにはまだ早いわ。」


「へぇ、やるじゃない。

 晩熟ばんじゅくのケィティとばかり思っていたら・・。

 店に入る前、しっかりと腕を組んでいたのを見たぞ。」


 ケィティは冷やかしにもめげずに話題を変えた。


「じゃぁ、紹介するわね。

 こちらは宙軍のスティーブ中尉。

 スティーブ、このお邪魔虫二人は私の大学の同級生、キャスリンとリンダよ。

 黒髪がキャスリン、赤毛がリンダよ。

 さぁ、紹介は終わったわ。

 二人ともあっちへ行って。」


「スティーブ中尉、ケィティは深窓の御令嬢で、世慣れしていないの。

 折角の二人の逢瀬を邪魔するわけにも行かないから、さっさと引っ込むけれど、しっかりとリードしてあげてね。」


 キャスリンが意味深なウィンクをして、元の席へ戻って行った。

 

「ごめんなさい。

 まさかこの時間に彼女たちがいるとは思っていなかったの。」

 

「というと、普段は別の時間帯?」


「ええ、ここは4時過ぎに学生が良く集まるところなの。

 今は学期末の休みだから、本当はもっと少ない筈なんだけれど・・。」


「ふーん、で、僕が一緒にいる処を見られて拙かった?」


 ケィティの脳裏に二人の友人から噂話が広がる様子が一瞬目に浮かんだ。


「いいえ、別にそれは問題ないけれど・・・。

 スティーブの方は大丈夫?」


「別に悪さをしているわけじゃないし、問題ないよ。」


「でも噂話ででも貴方の仕事に影響が出ない?」


「さぁて、女性と茶店にいたことが宙軍で問題になったという話は聞かないな。

 尤も、ケィティが敵軍のスパイだったら大問題かな?」


「あ、それは心配ないわね。

 我が家は根っからの共和連合派だから、お父様の軍人嫌いを除けば、反対派はいないわよ。

 それよりも、スティーブって幾つなの?

 何だか、若く見えるけれど、気の性かしら。」


「そうだね。

 僕は23歳だから若い方かな。」


「えっ、まさか、だって宙軍の中尉さんでしょう?

 宙軍大を出たら25歳ぐらいになるって聞いているけれど・・・。」


「うん、まぁ、普通に大学を出て、それから宙軍大に進んだら25歳ぐらいになるね。

 それから少尉を経て中尉になるから結構な年齢になるのが普通だろうね。」


「じゃぁ、・・・。

 スティーブって、飛び級の口なのね。

 でもそれにしたって中尉になるには少尉で2、3年は必要じゃないの?

 年齢が合わないわ。」


「そうだよね。

 宙軍大を卒業したのは3カ月ほど前だから、・・・。

 で、ちょっとしたことがあって、先日中尉に昇任したばかりだよ。」


「その、ちょっとしたことって?」


「うん、ごめん、その話はできないんだ。

 軍の秘密と言う奴だ。」


「そう、じゃぁ聞くわけには行かないけれど、・・・。

 でも本当にスティーブってすごい人なのね。

 大学も飛び級で、ついでに軍でも飛び級をするなんて・・・。

 滅多にあることじゃないでしょう。」


「そうかもね。

 でも僕ら下っ端には上の人の思惑は判らないんだ。

 たまたまということかもしれないよ。」


「ふーん、そうかなぁ、・・・。

 スティーブの趣味は何?」


「趣味?

 下手へたの横好きで色々やっているよ。

 スポーツなら何でも、音楽に、料理に、ゲーム造りまでしている。

 ケィティは?」


「うーん、スポーツなら水泳かな、男の人で料理が趣味ってあまり聞いたことが無いけれど、料理は私もお母様とお婆様からいろいろ習っている最中よ。

 音楽はベリンズの演奏を5歳の時から習っているけれど、まだまだ自分の納得できる演奏ができていないわ。

 絵画は見るのも自分で描くのも好きだけど、描く方は下手へたっぴね。

 あれ、そう言えばゲーム作りって何?」


「シミュレーションゲームだよ。」


「へぇ、どんなものなの?」


「うーん、『コンバットΩ』って知っている?」


「あ、それ知っているわ。

 大学で男子学生が夢中でやっているもの。

 中々、難しいって聞いたけれど・・・。

 もしかして、スティーブが造った?」


「うん、大学時代に造ったゲームだね。

 そうだな、ケィティも知っていそうなものなら女子学生向けに『妖精物語花乱舞』というゲームも造った。」


「嘘ーっ、私も妹も持っているわ。

 とっても背景画面の色使いが綺麗でストーリーが物凄く多様なの。

 登場人物も多くて、何度やっても同じ場面に出くわさないという奥行きの深い3Dシミュレーションなので、発売から5年たっても次から次へと攻略本が出てくるのはあのゲームだけよ。」


「それは、それは、ケィティもファンの一人でしたか。

 光栄ですね。」


「じゃぁ、スティーブは最終的な結末を知っているの?」


「まぁ、製作者だからね、一応のいくつかのパターンは知っている。

 でも製作者でも予測はつかない。

 ランダム変数を組み込んで、15億通りぐらいの組み合わせがあるから、攻略本を造っても無意味だろうね。

 せいぜい体験サンプル版程度の意味合いしかない。」


「凄いわねぇ、公表したらすぐにもファンが押し寄せるわよ。」


「とんでもない。

 単なる趣味の世界だからね。

 これで名を上げるつもりはないよ。」


「だって、ソフトが売れれば、その分収入もあるのじゃないの?」


「まぁ、確かに今でも制作料の印税が入って来るね。」


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