第24話 出逢い
そう言えば、今日はハーベイ暦では週末であり、今日と明日は一般市民にとっては休みなのである。
スティーブの視線が池の向こう側を歩いている一人の若い女性に止まった。
淡い藤色のインナースーツに同系色の少し白っぽいミニスカート、襟の高いブラウスにビトレムという花柄模様のベストを着こなしている。
栗色の長い髪を微風になびかせた実にスタイルの良い女性である。
普通の人が見れば大層な美人と言うことがわかるだけだろうが、スティーブはその女性のオーラを見ていた。
とても綺麗なのである。
無論、自分の身内にそうした者が多数いるのは知っているが、ここに来てからこれほど綺麗なオーラを見かけたのは初めてである。
少し躊躇した後、スティーブは池の周囲を巡る小径に出てその女性が歩いている方向へと向かった。
しばらく行くと池の代わりに水路がその女性との間を阻んでいた。
小径はその水路の両側に並んで南方向へ向かっていた。
水路の幅は7ヤールほどで100ヤールほど向こうには水路の上に小橋がかかっていた。
そこまで行けばあるいは女性と出会えるだろう。
途中で女性が引き返すか水路から離れる林の方へ曲がってしまうならば、縁が無いものと諦めるつもりだった。
スティーブは女性の斜め後方からゆっくりと歩いていたが、ストーカーのつもりはない。
小橋まで50ヤールほどになって、急に女性が足を止めた。
三人の男達が、不意に木陰から現れて女性の方へ近寄ってくるのである。
男たちが何事か話しかけているようであったが、生憎とスティーブのいる場所は風上に位置していて話は聞こえない。
だが、スティーブは奥の手を出して、男たちが良からぬことを企んでいることを察知した。
当然に男たちも水路の向こうにスティーブが居るのを承知しているのだろうが、幅の広い水路が間にあるために一向に気にはしていないようだ。
どうやら、この地区に潜むワルの連中であるようだ。
男の一人が女性の手を握ると途端に女性からぴしゃっと平手打ちを食らっていた。
途端に男たちが女性に襲い掛かり、小さな悲鳴が上がった。
スティーブは即座に駆け出して、緩やかな水路脇の斜面を駆け下り、一気に水路を飛び越えた。
7ヤールは人間にとって飛び越えられない距離ではないが、それこそ陸上競技の有名選手であってもぎりぎり跳べるかどうかの距離である。
スティーブはその距離を難なく飛び越えたのである。
もみ合っている現場にあっという間に辿り着くと、男達に言った。
「君たち、何をしている。
その女性が嫌がっているじゃないか。」
男たちは流石に慌てた。
水路の向こう側に居て絶対に手出しのできない男と無視していた者が今眼前に居るからである。
「何だ、
痛い目に会いたいか?」
一人が
スティーブは1.32ヤールほどで比較的背の高い方ではあるが、その男は1.4ヤールほどもありそうだ。
肩幅も相応に広く、腕周りなど一見してかなりの腕力を持っているとみてよい。
他の二人の上背は、スティーブと同じかそれ以下だろう。
「痛い目に会いたくはないが、放置するとその女性が困るだろうからね。
黙って見過ごすわけには行かないな。」
大男が無言でいきなり殴りかかってきた。
スティーブの動きは
何がどうなったのかは、
殴りかかって行った男の懐にすっと
大男の身体が地面で弾んだように見えた。
大男は、一瞬のうちに白目を
残った男二人は、やにわにポケットからナイフを取り出して切り付けてきた。
一人が切り付け、ワンテンポ遅れてもう一人が突き刺すようにナイフを繰り出したのである。
スティーブの動きは流れるように滑らかであった。
一人が切りつけたナイフを見切って、その腕に手刀を打ち込み、次いで襲い来るもう一人のナイフを持つ腕をスティーブの右脚が跳ね上げた。
そのほとんど見えないほどの素早い打撃により二人はナイフを取り落し、その腕はいずれも変な風に曲がっていた。
男たちが「ギャァッ」と喚いたのは、その直後の事である。
二人の男は地面に膝をついて、あらぬ部分で骨折して曲がった腕を見つめながら泣いていた。
スティーブは改めてその女性を正面から見た。
女性の顔には未だ恐れがにじみ出ていたが、それでもスティーブの顔を見るとぎこちなく微笑んだ。
「大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。
危ういところをありがとうございました。
まさか、この時刻にジャムに襲われるなんて思わなかったものですから・・。」
ジャムとは、ハベロンに巣食うシティ・ギャングのことである。
数人が寄り集まって、主として夜半に悪行を繰り返すことで知られている。
またジャム同士の縄張り争いから来る抗争も市内各地で頻繁に起きているらしい。
「怪我人も出たから一応警察に通報しますけれど、構いませんか?」
「はい、私の方は構いませんけれど、貴方の方は大丈夫でしょうか。
警察にいろいろ事情を聞かれると思いますけれど・・・。」
「今日のところは特に予定もありませんから大丈夫です。
じゃぁ、通報しますね。」
スティーブはセルフォンを取り出して、市警本部に自分の名前を名乗って通報をした。
場所は公園内の街灯についている区画番号を伝えた。
通報し終えると、女性が話しかけた。
「あの、スティーブさんとおっしゃるのですね。
私は、ケィティ・クレッセンドと言います。」
「ケィティさんですか、僕はスティーブ・R・ブレディです。」
「スティーブさんて、何をなされている人なんでしょうか?
この三人の男を簡単にやっつけてしまうなんて、とても普通の人にはできないと思うのですけれど。」
「あぁ、僕は宙軍に所属しているんです。
ですから少しばかり格闘技ができるんですよ。」
「うーん、私も大学で男子の格闘技を見たことがありますけれど、貴方ほど綺麗な動きをする方は見たことが無いわ。
そんなに素早く動いているようには見えないのに、相手に対する破壊力が大きいのにはびっくりよ。」
「大学というと、大学にお勤めですか、それとも学生さん?」
「私、ハベロン大学の四回生ですの。
この9月いっぱいで卒業予定です。」
腕をへし折られた二人の男が、二人が話している内にこそこそと逃げ出そうと後ろを向いた途端、スティーブが
「警察が来るまでおとなしくそこに座っていなさい。
さもなければもう一つの腕も無事では済まないぞ。」
決して大きな声ではないが、男二人はびくっとしてそのままそこに座り込んだ。
5分ほどで警察の空中車両と救急車両が到着した。
公園区画にエアカーが侵入することはご法度だが、警察車両と救急車両は別格である。
完全に失神している男が救急車両に担架で運び込まれ、更には腕を折った二人の男も同じく救急車両に載せられて、警察車両が随伴しつつ最寄りの病院に向かって発進した。
もう一台の警察車両が残り、現場検証を行いつつ、二人から事情を聞き始めた。
スティーブが氏名と身分を名乗ったのだが、警察がその確認を取るまでにやや時間が掛かった。
宿舎に転入手続きは済ませたものの、未だ住民登録は済んでいないからだった。
宙軍のIDカードを確認し、更にハベロン宙軍基地に照会してようやく確認が取れたのである。
一方のケィティのほうはすんなりと身元が確認された。
ハベロンに産まれた時から住んでいるし、クレッセンド家はハベロンでも名の知れた資産家であったからである。
その親類にはハーベイ議会の議員もおり、一族はハベロンでも高名な旧家であったのだ。
一方でスティーブの中尉と言う肩書もかなり警察には効果を及ぼした。
中規模辺境星系とは言いながら、駐留宙軍の擁する1万人を超す大所帯はハーベイにも少なからぬ政治的、経済的影響力を持っているからである。
二人はすぐに市警本部へ丁重に案内され、警部が二人の相手をしたのである。
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