第二章 第103管区ハーベイ星系
第22話 小型砲艦サンパブロ
艦隊装備技術本部長ダグラス・マーシーから特命のバースト通信が内示と一緒に送られて来ていた。
小型砲艦LC342は、先頃の帝国軍との小競り合いで大破した艦艇であり、現在ハーベイ星系の宙軍工廠支部で大規模修理中であり、再建には2カ月から3カ月を要するらしい。
その工事の間に、スティーブがいかなる改造を行っても差し支えないとの特例のお墨付きが出たのである。
必要な機材及び費用は、艦隊装備技術本部がその全部を担保・提供するという破格のお墨付きである。
但し、今回の異動については、優先的に新型装備艦の乗員を確保するため、ジャマンの交代要員がケレンに着任してから異動を開始しなければならなかった。
最初に転勤して行ったのは6月20日付けの二人で有り、スティーブは交代要員の准尉が遠くの管区からの異動者であったことから、7月半ばに転勤で、ジャマンでは彼が最後であった。
その後5年の間は、旧ジャマン乗員の大半は概ね1年とという短い周期で転勤を繰り返すようになった。
一重に、新型装備に慣れた者を各艦に配備させるために宙軍人事が配慮した結果である。
◇◇◇◇
スティーブが赴任した第103管区は、帝国軍宙域に必ずしも近いわけではない。
だが、度重なる境界紛争により、使える艦艇が不足した周辺管区からの応援要請で小型砲艦がたまたま出向いた際に、不幸にも紛争に巻き込まれ、甚大な被害を受けながらも何とか生き残ったのがLC342であった。
この時のサンパブロの死傷者は乗員の半数以上に達したという。
その生き残りもほとんどが別の艦に転属しており、乗員は今回スティーブの発令に合わせて新たに発令された者がほとんどであり、LC342のドック入り後に赴任して来た者達である。
サンパブロは、辺境星系の小型砲艦と異なり、戦時乗員のほぼ満数である54名の乗員が乗っていた。
航海長は砲術長を兼ねており、艦のナンバー2である。
艦長は大尉の階級であるが、航海長は中尉、航宙士官、砲術士官は少尉又は准尉である。
因みに機関長及び通信長は少尉となっている。
前艦長は戦死しており、スティーブが着任した時、新艦長と新機関長はまだ着任していなかった。
サンパブロの被害が生じたのは1か月以上も前の事であるが、このように人事配置が遅れたのは、一つには、小型砲艦サンパブロの被害が余りにも甚大なため、艦隊装備技術本部では廃艦も検討していたことによる。
そのため、人事が新たな任官を停めていたのであるが、先頃のCT1092の新型装備の成功があって、艦隊装備技術本部幹部の間にスティーブに任せてはどうかという機運が生まれたのである。
ために、それから人事が動き出し、今回の小規模な人事異動に合わせてようやく規定人数をかき集めたのであった。
スティーブが着任した時は、サンパブロ生き残りのヘンデル人整備員とノルデン人司厨員のほか既に着任していた17名が工廠支部の技師と共にドックでほそぼそと修理を始めていた。
遠方の管区から来る艦長の着任までは20日ほどあり、機関長は更に遅く22日後の予定である。
何しろ本来の異動期ではない少数の異動赴任で有るために、通常の貨客船利用による旅行をせざるを得ないことから着任の遅れも止むを得ない。
スティーブ自身は、ケレンから宙軍の旅費では搭乗できない快速客船を乗り継いでやって来たので着任は非常に早かった。
その代り、荷物の一部は別便で送られてくることになっている。
スティーブは、艦隊装備技術本部ハーベイ支部長に本部からの通信文を見せて、改装の計画を任せてもらうことにした。
支部長にも本部からの意向は事前に伝えられていた。
スティーブは、着任当日から工廠のドックハウスで寝起きすることになった。
最初の3日間で設計図を描いて工廠支部長に手渡した。
枚数で400枚余に及ぶ設計図は、図面を見慣れている工廠技師にとっても難解なものであった。
設計図を預けて、スティーブは次の三日間を、ハーベイ星系の首都ハベロンに降りて、官用車を駆使して、ハベロン市域及び郊外を走り回ったのである。
ハベロンは共和連合圏内でも有数の電子部品製造業者が集まるところであったが、スティーブが回ったのは非常に特化された技術を持つ企業であり、そのほとんどは中小企業であった。
無論そこでも実際にスティーブの要求する物を造るとなると製造ラインの一部を変更し、或いは特殊機械を導入しなければならなかったが、スティーブが適切なアドバイスを与え、若しくは特殊機器設置のための資金繰りまで提供して、稼働できる体制を作り上げたのである。
その準備には更に三日を要した。
支部工廠経理補給課の担当者は、スティーブの持ち込んだ仮払金の額を見て驚いたものである。
金額は、1500万クレジットを超えていたのである。
とても支部工廠で扱える金額ではないと思いつつも、艦隊装備技術本部へ上申するとすぐにも了承の返事が来たのでまたまた驚くことになった。
1500万クレジットは小型砲艦の建造費の半分ほどにもあたる額である。
それまでの工廠支部の見積もりは、駆動機関の修理、艦橋部修理、外殻修理などで凡そ800万クレジットを超えており、その額になると廃艦の可能性もあったのである。
実際艦齢20年を超える艦では、修理費が新造時の四分の一を超えるような場合は廃艦を検討されるケースが非常に多い。
従って1500万クレジットもの額が艦装本部の厳格な審査を通るとは思ってもいなかったのである。
新任艦長が着任する頃には、乗員の8割が着任し、修繕改装計画が動き出していた。
新艦長はエアハルト・ブラウン大尉32歳であり、これまで駆逐艦の航海長の経験はあるものの、小型砲艦の勤務経験はない。
改装計画では、船体の全長が20ヤールほど延ばされることになった。
ほぼ半壊していたデズマン駆動機関は取り外された。
破壊された機関室は後部に有るのだが、その機関室を10ヤールほど伸ばし、更に中央部にあった艦橋も大きな被害を受けていたので当該部分を胴切りして10ヤールほど中継ぎするような形になった。
また、中央部艦腹両脇に4ヤールほどの緩やかな隆起スペースをもたらしたために、全長は長くなったにも関わらず、かなりずんぐりとした印象を与えることになった。
実際の施工では、全体として滑らかな形状を与えるために工廠技師の技量を問われることになった。
一方で内部機材はスティーブが手配した機材が続々と地上から運び込まれ、乗員の手で順次古い装備を取り外し、新たな装備が取り付けられて行った。
こうして艦長が赴任して初めて艦に出向いた時には、艦内は足の踏み場もないほどにあちらこちらが改装中であった。
床面及び天井はそのほとんどが取り外されており、配線、配管がむき出しになっていたし、外殻も所々が切り出されたままで大きな穴が開いている始末であった。
艦長がドックハウスで待っていると、スティーブが現れた。
「新任航海長のスティーブ中尉であります。
御無事で到着され何よりでした。
ご家族は宿舎に落ち着かれましたか?」
「ああ、今、引っ越し業者の手で宿舎に荷物を運び込んでもらっているよ。
所で詳しい事情を聞いていないのだが、艦を大改造しているようだな。
一体どういうことなんだ。」
「ええ、実はLC342は派遣中にマーベランス星系での紛争に巻き込まれて、前艦長が戦死する等甚大な被害を受けて大破しました。
工廠支部の当初の見積もりでは800万クレジットを超える修理費になるとの見込みで廃艦も一時話題にされたそうです。
ただ、この時期できるだけ戦力を維持するためにも廃艦ではなく、修理で戦力を維持できるならばと方針変更がなされたようで、艦隊装備技術本部から私宛に特命で改装を指示されました。
本来であれば艦長の了解を得てからすべきところでしたが、既に改装計画を上申し、艦隊装備技術本部からは了承を頂いております。」
「ふむ、まぁ、それは仕方がない。
俺も小型砲艦の改装について特段の意見を持っているわけではないし、そっちの知識には
相談されてもそのまま承認のサインを与えるしかない。
で、元への修復で無くて、改装する主なメリットは何だ?」
「はい、デズマン駆動機関は大破しており、修復にはほぼ新替えと同等の費用が掛かります。
従って、新型の駆動機関を新たに新設することにしました。
デズマン駆動機関は、ご承知のように遷移の際に重力波を放出し、周囲に空間構造波をまき散らします。
ある意味、戦闘中においては、周囲にいる敵にもその遷移位置を知られてしまうというリスクが有りました。
そこで、空間構造波を抑える新型機関を新たに作ってみることにしました。」
「おいおい、ちょっと待てよ。
新型駆動機関なんて、そんなに簡単にできるものなのか?」
「ええ、遷移の際の空間擾乱を抑える理論は数年前からありました。
但し、実践するためには相応の実務理論と技術力が必要だったんです。
無論相応の経費もです。
ですからこれまで誰も手掛けていません。
実証には結構な金が掛かりますのでね。」
「で、それを、艦隊装備技術本部が認めたということか?」
「はい、別の新型装備の実績を評価していただいて信用されたのだろうと思います。」
「ふむ、確かに中尉が新型装備に多大の貢献をなしたことは噂話程度で知っている。
だが、何せ、最高度の軍機らしくてな。
大尉クラスには、おこぼれ程度の情報しかもらえない。
で、その新型装備も本艦に搭載されるのか?」
「ええ、新型歪曲重層シールドと新型センサーについては搭載する予定です。
新型砲弾については、本部からの配分を待つしかありませんが、砲弾製造には結構余力がある筈ですので、本艦が改造修理を終える頃には間に合うと思います。」
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