第21話 軍都派遣 その八

 巡洋航宙艦CT1092の試験航海は、6月8日に実施されたが、本来の乗員500名のほかに140名ほどの宙軍幹部等が乗り組んだ。

 その内の11名は偵察艦ジャマンの乗員であった。


 新造巡洋航宙艦の試運転に、統合本部参謀長以下将官が10名以上も乗艦するのは初めてのケースであった。

 予備寝室の全てが埋まり、ジャマン達の部屋は、他の大尉以下の階級の乗船者と共に普段は艦内訓練場とされている大部屋に押し込まれたのだった。


 大部屋に入ったのは男性のみであり、ダレスは秘書室長のクリス大尉ほか2名の女性秘書たちとともに予備室に入ることができた。

 第8軌道衛星2号ドックを出渠しゅっきょした巡洋航宙艦CT1092号は、カスケードから2光秒離れた所で遷移を開始、概ね12時間後に訓練宙域の外縁に到達していた。


 新造艦乗員の全員がシミュレーションで訓練を重ねており、おそらくは何の問題も無い筈だったが、ジャマン乗員が指導員としてそれぞれの持ち場に配置されていた。

 同宙域には、超弩級戦艦、弩級戦艦、航宙戦艦、巡洋航宙艦、駆逐艦、砲艦、偵察艦の各クラスの艦と航宙空母ヤクルダを旗艦とする第14機動艦隊が試験に立ち会うために集結していた。


 予定の訓練が開始されたのは、CT1092が宙域に到達してから30分後のことであった。

 CT1092の艦長の傍らには、航海長のほかにペテロとスティーブが付き添っている。


 その艦長が号令を発した。


「訓練開始、MDB(歪曲重層バリアー)展張、NSC(新型宙域センサー)起動、本艦は、針路、速度そのまま。」


 30秒後空間構造震が発生し、即座にレーダー通信員が反応した。


「本艦右舷後方下向き23.9度、距離2.6光分に8隻からなる艦隊出現、エネルギー量から見て、航宙空母1、航宙戦艦1、巡洋航宙艦2、駆逐艦4と推測。

 針路、本艦とやや交錯する可能性あり、速度12ギムヤール。」


 これまでならば10秒近くはその位置が不明で有ったものが、艦橋正面モニターにその位置がくっきりと表示されたので、見守る幹部たちから思わず「オーッ」と声が上がる。

 戦闘状態にあって、10秒間の情報欠落が如何に重要かを知っているからである。


 空間擾乱が終わって間もなく、航宙空母から10隻の艦載戦闘攻撃機が発進した。

 航宙空母のセンサーでは、実のところCT1092号の姿は捉えられていないのである。


 歪曲重層シールドは通常センサーの探知できないバリアーを展開するので、友軍の艦艇であっても探知することは非常に困難である。

 モニター映像に捉えられるほど接近すれば、視覚で確認はできるが、センサーでは捉えられないという特性を持っているからである。


 このことは、ジャマンの試験航宙で確認されている。

 但し、それでは訓練にはならないのでMISU信号をわざと発信し、CT1092号の位置をセンサー上で識別できるようにしているのである。


 いずれにしろ艦載戦闘攻撃機の襲来がCT1092号のMDBの効果を確認するための1番手である。

 その様子は新型センサーが克明にとらえていた。


 艦載戦闘攻撃機は、10メガラスのビーム砲一基と、高性能爆薬を搭載したミサイル二本を搭載している。

 これらの艦載機はすべて無人であり、予め与えられたプログラムでMISUを目標に自動操縦され、近距離に接近してミサイルを射出することになっている。


 その攻撃フォーメーションは、CT1092には知らされていない。

 通常の場合、これらのミサイルが複数当たると巡洋航宙艦といえども無事では済まない。


 だが、第一波の攻撃は甘んじて受けるようにと、事前に命令されている。

 第二波の攻撃は回避し、若しくは戦闘攻撃機を破壊しても良いことになっている。


「針路速力このまま、待機。」


 艦長のやや緊張気味の声が艦内に響く。

 距離3万2千ヤールで、10基の艦載戦闘攻撃機から各一本ずつのミサイルが発射された。

 

 ミサイル群は2秒足らずでCT1092に到達、全弾が命中した。

 その瞬間びりびりと艦体が振動したがどこからも被害報告がない。


 各配置についている観測員からは、順次異常なしとの報告が艦橋になされている。

 全ての観測箇所でグリーンランプがともると、艦長が怒鳴った。


「短距離遷移モード、針路速力このまま0.5光分先に転移、続いて針路反転右170度まで、針路定まったら0.01光分の遷移を連続、距離12光秒にて100メガラス副砲2基、敵攻撃機群両端に向け発射。」


 艦内が一斉に慌ただしくなった。

 遷移には特有の、ある種超常感覚が発生し、進路変更に要するおよそ8秒間が異様に長く感じられた。


 その途端に再度の遷移が連続し、敵戦闘攻撃機団の12光秒手前で副砲2基がビームを発射した。

 その上で、0.1光分の遷移を繰り返し、機動艦隊の横腹に艦首を向けるような位置に着いた。


 速力を落としつつ、艦隊の動きに合わせて針路を修正する。

 機動艦隊の横についた時、戦闘攻撃機10機は拡散した100メガラスビーム砲により殲滅されていた。


 艦長が通信員に指示した。


擾乱じょうらん終了直後に、第14機動艦隊に通信。

 本艦はいつでも至近距離から貴艦隊を狙える位置にある。」


 艦橋内の見学者からどっと歓声が沸いた。

 その後も各種試験が続行され、CT1092号は超弩級戦艦の500メガラスビーム砲の4門の斉射にも耐えたのである。


 無事に所期の目的を達して、CT1092号は軌道衛星に凱旋した。

 その結果には、統合参謀本部の幹部一同が目を見張った。


 何しろ、超弩級艦を含め立ち会った宙軍艦艇の全てが、CT1092の動きを全く掴めない状況のまま、機動艦隊を殲滅できる位置にまで密かに接近したからである。

 巡洋宙航艦が主砲を発射していれば当然に機動艦隊は全滅していたに違いない。


 相手の姿を捉えられず、しかも新型砲弾を叩きこまれれば、超弩級艦と言えども無事では済まないことが判明したからである。

 訓練宙域に有った無人小惑星に向けて試射された250メガラスビーム砲は直径2万ヤールに及ぶ小惑星をほぼ消滅させるほどの威力を持っていた。


 生憎と試射用の砲弾は各4個しか製造されておらず、20メガラス、100メガラス、250メガラス砲の試射を各4回行っただけであった。


 カスケロンに戻ったジャマン乗員は、全員が宙軍基地間近に有る宙軍提携のホテル・ブリオンに宿泊先を指定されていた。

 CT1092を下船する際に、秘書室長クリス大尉に言われたことは、ジャマンから儀礼用の制服を持ってホテルに行きなさいとの指示であった。


 その夜、CT1092の完成を祝う祝賀会がホテル・ブリオンで催され、ジャマン乗組員全員が招待されていた。

 その席上で、翌日10時から統合参謀本部大会議室において、ジャマン乗員に対する表彰式典が開催されることを告げられたのである。


 CT1092の乗組員の半数が出席した祝賀会であるが、同時に異例なことに多数の将官も出席し、出席者は600人を超えていた。

 通常の新造艦の完工式典であれば、艦隊装備技術本部の将官は出席するが、統合参謀本部や宙軍司令本部の将官はほとんどの場合出てこない。


 代理で大佐クラスが一人か二人出席するだけである。

 だが今回は、統合参謀本部参謀長を筆頭に宙軍本部のお歴々が軒並み揃っていた。


 陸軍では、カスケードにある第3師団の師団長が出席していたのも異例の事であった。

 ペテロやスティーブの元へは佐官クラスを筆頭に多くの者が挨拶に来ていた。


 そのためにペテロとスティーブは、祝賀会のほとんどの時間を敬礼と挨拶で過ごしていたのだが、他の乗員も同じく多数の尉官や曹長に掴まっていた。

 2時間半にわたる祝賀会を終えて割り当てられた部屋に戻った時は、流石にペテロも精神的疲労を覚えていた。


 何しろ滅多にお目に掛かれない本部の人達との会見である。

 顔見知りのジョーダン中佐やネリス中尉が二人揃ってやってきて、お礼とねぎらいの言葉を掛けられた時には、心底ほっとしたものである。


 翌日9時半には出迎えの車がホテルの前で待っていた。

 大型エアカーに乗って、送り届けられたのは地下施設の統合参謀本部である。


 儀典官が彼らを待っていた。

 一応の儀礼上の説明を受け、彼らが臨んだ式場は多数の人たちで埋まっていた。


 昨日の祝賀会よりも多くの人たちが参列していた。

 その衆人環視の中で、全員が銀鵄ぎんし惑星賞を授与され、各人が一階級上の見習いを命ぜられたのである。


 ペテロの場合、中尉から大尉見習いへの昇進であるが、そのことは遅くても半年以内に正規の大尉に昇任が決っているということである。

 スティーブは中尉見習い、マーシャルとバーンズは少尉見習い、ブマスは曹長見習い、マールとフィオードは一等軍曹見習い、キェールは二等軍曹見習い、ダレスは一等兵曹見習い、ヨードルとヘッテは上等宙兵見習いである。


 従って、少なくともペテロは半年以内にどこかへ転任となるだろう。

 偵察艦艦長は中尉止まりで、大尉の職ではないからである。


 同じく他の乗員も他の新型装備の艦に振り分けるために、半数以上が転勤となることは間違いないだろうと思われるのである。

 その後派遣解除の指令を受けて、ジャマンが7日を掛けてケレンに戻った時、既に二人の異動内示が入っていた。


 6月20日付で、バーンズとキェールが、新造偵察艦TB3113への転勤であった。


 二人は、再度、カスケードに赴かねばならないようだ。

 TB3113は、現在第4軌道衛星の第4号ドックで改装中であり、配属先は第201管区である。


 その後も続々と内示が入り、マーシャルとフィオードがジャマンに残るほかは、全員が移動の内命を受けたのである。

 そのほとんどが新造艦であった。


 ペテロはサーカス星系に配属予定のCT1093の一等航宙士として内示を受けた。

 ペテロの希望としては同じサーカス星系の駆逐艦航海長であったのだが、希望地に転任と有って文句の言える話ではない。


 特に、出身惑星に戻れるとあって、妻のベティが随分と喜んでいるのである。

 一方、スティーブは、第103管区ハーベイ星系の小型砲艦の航海長で内示を受けた。


 三月中旬に少尉で任官を受けた者が、4カ月足らずで中尉に昇進する例は未だかつてない。

 増してスティーブは、飛び級で宙軍大に入ったから中尉任官の最少年齢であるはずだった。








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