第20話 軍都派遣 その七

 このようにしてジャマンが到着して5日目、それまで止まっていた改装作業がようやく動き出した。

 10日目には、新型空間センサーの作動実験が無事終了した。


 11日目には、動力バッテリーの組み立てが完了し、艦内に持ち込まれる前にいくつかの事前テストが実施された。

 13日目には、動力バッテリーが所定の場所に据え付けられ、同じ日、重層シールドのサブアンテナの施工が完了していた。


 14日目には、各種ビーム砲弾が4発ずつ、準備を終えていた。

 同じ日、エドモンド大尉が調達部のダミー法人を設立していた。


 ダミーとなる法人の従業員は、取り敢えず10人だけであるが、いずれも信用のおける人物であり、過去に何らかの形で宙軍と関わりのあった人物であった。

 そうしてハミルトン商会という法人名が付され、登記され、即日営業を開始したのである。


 ハミルトン商会の創設から5日後、最初に行ったのは、比較的小規模の名の知られていない4社との正式な契約書締結である。

 これにはエドモンド大尉が同行した。


 6月7日、新型巡洋航宙艦の改装は滞りなく完了し、翌8日に大勢の関係者を同乗させて航宙試験が実施されたのである。

 全ての新型装備が予定されていた性能を発揮し、艦隊装備技術本部の幹部を安堵させていた。


 問題は全艦隊に装備するには、部品提供体制が如何にも脆弱ぜいじゃくということにあったが、本来の性能発揮にどうしてもクリアしなければならない基準が他の会社では満足できないのだからどうしようもなかった。

 それどころか、5年前のメルヴィル号事件が再燃しだしたのである。


 事の起こりは、ジョーダン中佐が聞いた話が回りまわって当時の関係者に届いたのである。

 その当事者は、ファイルの番号までは知らなかったものの、宇宙開発省のファイルであることを聞き及んでいたので膨大なファイル群を検索にかけて遂にその在り処を見つけ出したのである。


 その関係者にとっては、非常に都合の悪いファイルであったから、その者がファイルを削除したのである。

 だが、そのファイルには巧妙なトラップが仕掛けられていた。


 普通の手段で削除した場合、一旦削除済みファイルに収納され、その途端に各報道機関に一斉に流れるようなトラップであった。

 報道各社では、届いたファイルを慎重に調査し、その内容からメルヴィル号事件のデータ解析ボックスの内容とすぐに気が付き、一斉に特集を組み始めたのである。


 名指しで報道各社の追及を受けたのは、当時の事故調査委員会のメンバーであった。

 かくして最終的にもみ消し工作を図った当時の関係者が芋づる式にカスケロン保安維持庁特捜部に捕縛され、その内の一人が宙軍の現調達部長であったのだった。

 

 参事官は、当時関連性の無い職場にいたために、責任を問われなかった。

 調達部次長もメルヴィル号事件とは直接の関連性はなかったものの、特捜部の捜査過程で別の贈賄ぞうわいの証拠が出て来たために、辞職に追い込まれていた。

 

 かつてないほどの疑獄事件としてマスコミに取り上げられたメルヴィル号事件は、宙軍、宇宙開発省、それにライトニング社の幹部などを巻き込んで、総勢で147名の逮捕者をだしたのである。

 このためにライトニング社は、宙軍御用達ごようたしから完全に外されたほか、宙軍調達部自体の立て直しと取引先の再確認が重要視されたのである。

 

 それもあって急浮上したのが、新たに調達部で設立したハミルトン商会であった。

 ハミルトン商会の中核をなす人物は、贈賄を最も嫌う人物であったことから、業者選定についても公明正大な手法を次々に繰り出したのである。

 

 ハミルトン商会は、僅かに半年で宙軍調達物品の3割を扱うようになったのだが、それ以上の急激な拡張はしないようにしていた。

 当面の目標は30年間で宙軍調達物品の4割までと決めていたのである。


 ハミルトン商会が手にするのは僅かな手数料利率ではあったが、3カ月で1500万クレジットが紹介設立時の借入金としてスティーブに返却されていた。

 今後、得られる収益は、第二のハミルトン商会設立の資金として蓄えられることになっていた。


 第二のハミルトン商会は無論別会社となるが、二つの会社で宙軍調達物品の8割を取り扱うことが将来目標となるのである。

 この会社に採用される人物は、決して天下り人事で左右される人物とはならなかった。


 人物の評価を確認し、長時間の面接を経て有能勝つ誠実な人物のみが採用されるシステムとなっていたのである。

 全ては、ゲーリック参事官、エドモンド大尉、それにハミルトン商会の中核となったクリス・エバート氏とテッド・マクブライト氏によって取り決められた仕組みであった。


 ◇◇◇◇


 一方、偵察艦ジャマンの乗組員は、スティーブが朝早くから夜遅くまでドックに通い詰めとなっている間に、同様に忙しい思いをしていた。

 初日、サンワーズ基地に顔を出すと、すぐに統合参謀本部参謀長以下の幹部連中のところに挨拶に行かされた。


 本部長は、不在であったのでその分挨拶先は少なくなった。

 秘書室長であるクリス大尉がつきっきりで案内してくれるのだが、流石に緊張しまくり、午後三時までに何とか回り終えた時には、全員がぐったりするほどであった。


 そうして秘書室長であるクリス大尉からは、翌日以降のスケジュールが手渡されて唖然あぜんとしたものである。

 翌日から隔日で、午前中は主に幹部クラスが4人から8人一組で、ジャマンの視察予定が組まれており、午後からは実際に配備されている巡洋航宙艦の乗員から選抜された8名を乗せて出港、訓練宙域まで出向いて、模擬機動訓練を見せることになっているのである。


 カスケード星系には、半径20光年までは過密な交通量ながら、新造艦の試験を行うための宙域が天頂付近の3.2光年先に保全されている。

 宙域管制が優先的に進路を開けてくれていて、それに従いながら航行するのだが、それでも訓練宙域まで出て行くのが一苦労なのである。


 片道12時間以上の航宙を行って、自動操縦の標的艦を相手に模擬訓練を披露することになっているのである。

 しかしながら往復の時間と模擬訓練の時間を入れると僅かに8人の訓練のために30時間近くもの時間をかけるのがいかにももったいない。


 そこで、ペテロはクリス大尉に進言したのである。


「本艦には、新型装備の艦を主体としたシミュレーションが搭載されています。

 基地に係留したままで、シミュレーションを経験させた方が余程効率がよいと思います。」


「あら、そんなものがあるの?

 であれば、明日の午後にでも運用司令部から数人に行かせるようにしましょう。

 確かに、行き帰りとも何もしない時間がもったいないのは確かだものね。

 それはそれとして、一度は航宙してもらわなければいけないわよ。

 本部長はこのところ議会対策で忙しいけれど、参謀長が是非にと言っておられるから、何とかスケジュールを遣り繰りやりくりしているところなの。

 上手く行けば5日後、さもなければ16日後ぐらいかしらねぇ。

 その前に巡洋航宙艦の整備が出来れば、そちらの試験航海に立ち会うことになるでしょうけれど、・・・。

 ジャマンじゃ参謀長の寝る部屋も確保できないわよね。

 お付だって四、五人は居るだろうから、皆雑魚寝というわけにも行かないでしょうしねぇ。

 確か、予備の部屋は二つだけだったかしら?」


「ええ、予備は二つ、空ベッドは三つしかありません。

 とても参謀長や他の幹部をお泊めできるような船ではないんですよ。」


「実のところは、私もそう判断しているのだけれど、参謀長が床で寝ても構わないとまで仰っているんだもの、どうしようもないわよ。」


 そんなわけでペテロとしては、参謀長がジャマンに載ってくるかもしれないという不安を抱えながら毎日を過ごしていた。

 いずれにしろ、シミュレーションの利用で、当初の計画は全て白紙になったが、その代わりに毎日訪問者がジャマンを訪れるようになったのである。


 運用司令部の者がシミュレーションを実際に体験し、すぐさまプログラムを本部へ持ち帰って、宙軍大に臨時の設備を設けてそこで訓練をさせるようにしたのである。

 そちらには、准尉一人、通信担当一人、操舵担当一人が交代で出向いた。


 但し、ダレスのみは宙軍大で寝泊まりする羽目に陥った。

 砲員は、ダレスのみであったからである。


 ダレスはぶつぶつ言いながらも、命令に従った。

 ジャマンの乗組員はそれなりに号令もやり方も承知しているが、訓練を受ける者にとっては全くの白紙状態から始めなければならないから、その指導員が必要だったのである。


 ペテロは、残りの者とジャマンに残り、毎日訪問者に対して、ケレン星系での戦闘経緯を説明する役目が与えられたのである。

 スティーブも忙しい思いをしていたが、他の乗員も軍都に来ているにもかかわらず、ほとんど休養が採れていないありさまだった。


 この上、参謀長がジャマンに乗り込んで視察をするようなことになれば、ペテロは過労で死んでしまうのじゃないかと本気で思っていた。

 一方で、スティーブの活躍により、とにもかくにも工廠での新装備開発が無事に終わり、新造艦への搭載も終了した。


 幸いなことに参謀長は秘書室長であるクリス大尉の進言に従って、結局、新造巡洋航宙艦の試験運転に立ち会うことにしたため、参謀長のジャマン訪問は立ち消え、ペテロはようやくほっとできたのであった。




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