第19話 軍都派遣 その六
官用車のドアを開けて、三人が降り立つと、工場内で何かの作業をしていた薄青の作業着を着た年配の男が目ざとく、三人を見つけ、近づいてきた。
短髪、ごま塩頭で赤ら顔の大男である。
「よぉ、スティーブじゃないか。
元気だったかい。
挨拶状では随分と辺境の地に転勤したようだったけれど、もうカスケードに戻って来たのかな?」
「やぁ、
お久しぶり。
未だ辺境に居るけれど、本部からちょっとお呼びがかかってね。
ちょっとだけ
それよりも、また親爺さんにお願いがあるんだけれど。」
「ほう、また何か特別なモノかな。
お前さんの持ってくる話は奇抜なものが多いからなぁ。
苦労もするが、それが楽しみでもある。」
「今度はそうでもないだろうし、個人的なお願いでもない。
前回作ってもらったナインナインの精度で同じようなものを作ってほしいんだ。
依頼主は宙軍の艦隊装備技術本部になると思う。
但し、うまく行けば、千個単位の契約になる。」
「おいおい、千個単位だってぇ?
うちみたいな中小企業にそいつは無理だろう。
前回と同じものでも精々1日に1個か2個作れればいい方だからな。」
「いやそれで十分だよ。
但し、年間100個ぐらいは造ってもらうことになるだろうね。」
「ほう、それはまた
まぁ、商売の話なら中に入ってしようか。
特に、軍の調達物品ならば人目につく所で話も出来まい。」
そういって年配の男は、建物の一角に案内した。
風変りな部屋であった。
窓が無く、客三人が入ってドアを閉めると、工場で立てていた騒音が締め出されたのである。
どうやら防音構造となっているようだ。
三人は、勧められるままに応接セットに座った。
年配の男は、エドモンドとネリスに名刺を差し出した。
名刺には、メンドーサ特殊金属社長キース・デルモンドとある。
エドモンドは名刺を差し出し、ネリスは名刺を持ち合わせていないと非礼を断り、身分と名前を名乗った。
「なるほど、女性の方は艦隊装備技術本部の企画部の方、男性の方は統合参謀本部調達部の方ですか。
で、具体的には何時までにどのぐらいの数量が必要でしょうかな?
仮に受注を受けるとしても、主材料が特殊な金属で今の内から算段しておかないと納期に間に合わない恐れがあるのでね。」
スティーブが言った。
「正式な契約は、後日担当が来ます。
その場合、必ずしも宙軍の身分を持たない人が間に入るかもしれません。
そんな場合は、ここにいるエドモンド大尉かあるいはネリス中尉が一緒に参ります。
実は宙軍の機密事項になるので、親爺さんのところで造っているということがわからないようにして欲しいんだ。
そのためには納品先を軍ではなくダミー会社にしようかと目論んでいる。
親爺さんはダミー会社と契約し、ダミー会社は軍と契約するから表面上は会社の名が出ることは無い。
その意味では宣伝にはならないけれど、いい商売にはなると思うよ。」
「ほう、・・・。
まぁ、こっちは代金さえきちんと払ってもらえれば構わんさ。
で、その契約はいつ交わす?
正式な個数はいつわかる?」
「多分、契約は早くて半月後ぐらいだろうね。
こちらにも色々と準備があるんでね。
但し、契約前に一つだけ試供品を作ってほしい。
前回作ってもらったコアの20倍ほどの大きさになる。
仕様書はこれ。」
スティーブは、手持ちの折りたたみタブレットを広げて、画面に仕様書を広げた。
寸法も工作基準も明示してある。
キースは、じっとその画面に目を通していた。
スティーブが更に追い打ちをかけるように言った。
「納品はできたら5日以内、早ければ早いほどいい。
代金は前金で支払うよ。
いくら出せばいいかな?」
「スティーブは話が早くていいんだが、こちとらに考える暇を与えないからなぁ。
うーん、この大きさなら・・・。
材料費と人件費、それに利益を10%載せて・・・。
正直な所、3万5000は欲しいな。」
「エドモンドさん、因みに実験艦にいくらで納入させたか知っています?」
エドモンド大尉は、図面を横目で見ながら言った。
「こいつは、ひょっとしてELBのコア部分かね?」
「ええ、ライトニング社が納品した奴です。」
「確か12万2000のはずだったが・・・。」
「親爺さんは、3万5000と言っていますが、倍掛けの7万でどうですか?」
「あぁ、無論、その額ならば申し分ない。
ここでしか造れない代物ならば15万でも出せるはずだ。」
途端にぼりぼりと頭を掻いて、デルモンドが苦笑しながら言った。
「えーっ、何だい。
もう少し吹っかけておけば良かったか。」
スティーブも笑いながら言った。
「正直なところが親爺さんのいいところさ。
でも少なくとも結構な儲けにはなるだろう?」
「ああ、倍掛けとは思わなかった。
で、それが年間100個単位になるってのは、本当の話なのか?」
「商売下手な親爺さんだから教えておこう。
共和連合宙軍の戦闘艦は3千隻ぐらいある。
で、
1隻につき1個だから少なくとも3千個だね。
但し、大きさは多分7種類くらいになる。
前回作ってもらったものが最小の部類。
この仕様書の分は中型、更に大きい物もあるけれど、それは試供品を試した結果による。
それに、毎年50隻近くの新造艦ができる。
どうだい、やる気になったかい。」
「勿論、鼻の先に特上の人参ぶら下げられりゃ、どんな
それに、スティーブはうちの福の神だからな。
邪険にしたらばちがあたるってもんよ。」
スティーブは微笑んだ。
「じゃ、親爺さん、これで試供品を造ってくれるかい。
納期は5日後の夕刻、うちの方から輸送車を手配して取りに来る。
その際は、ここにいる三人の誰かが一緒に来るよ。
正式契約の話は、多分、エドモンドさんから最初の連絡を取ることになる。
名前と顔を覚えておいてくださいね。
連絡は、半月後ぐらい、場合によっては一月後になるかもしれない。」
スティーブはそう言いながら、ポケットから小切手帳を取り出し、7万クレジットの額を記載して署名した。
「はい、親爺さん。
領収書は、宛先を取り敢えず記入しないでくれるかな。
今のところ立て替え払いなんでね。
宙軍扱いになると思うんだけれど、エドモンドさんに任せるから。」
「おう、わかった。
貰えるものさえ貰えば、領収書の扱いは任せるよ。
念のため確認するが、この小切手、不渡りにはならないだろうなぁ?」
「大丈夫だよ。
今日この足で銀行に行って、親爺さんの口座に振り込んでもらえばいい。
前回も確かめたんだろう?」
「おう、但し、面倒くさかったからな。
結局、月末の決済の時に持って行かせた。
ちゃんと決済できたと息子からは報告を受けた。」
「で、例の機械はちゃんと動いてる?」
「あぁ、あれが無くちゃ俺のところはとても仕事にならねえよ。
今もうちの息子達が色々と試行錯誤しながらやっているぜ。
久しぶりに見て行くか?」
「いや、これから他にも三か所ほど回らなければならないんでね。
余裕が有ったらまた来るよ。」
「わかった。
じゃぁ、5日後夕刻までには準備しておく。
当然、この注文は秘密事項なんだな。」
「そう言うこと。
宜しく頼みます。
次の契約を結ぶ時には色々と小難しい文章が並ぶけれど、弁護士事務所で働いている
「ああ、そうだな。
そうするよ。」
それを機に、三人はメンドーサ特殊金属を後にした。
車に戻ってから、スティーブは次の目的地を告げた。
今度はカスケロンの北西部郊外である。
エドモンド大尉が口を開いた。
「しかし、驚きましたな。
口約束で大丈夫なのかい?」
「ええ、あの親爺さんは宙軍大時代の知り合いです。
信用のおける人ですから心配いりません。
でも職人肌の技術者ですからね。
でも一旦信用すると、とことん信用してくれます。」
ネリスも言ってみた。
「でも7万クレジットよ。
新型の特上エアカーが買える値段だっていうのに・・・。」
「契約書を交わさなければいけないのは、信用が置けない人だからでしょうね。
一見の客には親爺さんもあれほど人が好くないですよ。」
「ひょっとして、今度行く先も同じような感じなのかしら?」
「似て非なる感じでしょうね。
近くにレストランが有りますから昼食をとってから行きましょう。」
その日夕刻までに更に3カ所の工場を訪ね、部品の納入を頼んだのである。
総額で21万クレジットに及ぶ買い物であったが、宙軍に納入された大企業の品物より6割近く安い買い物であった。
そのいずれでも事業主とスティーブは顔見知りであったのだ。
こうして三人で
何れも重水晶発振子が回路の一部に設置されていたが、ネリス注意が驚いたことに重水晶は青い物だと思っていたのだが、新たに入手した重水晶は仄かに赤い色を放つものであった。
スティーブの説明ではナインナインの精度を有する重水晶は青ではなく赤い色になるのだそうだ。
ネリス中尉が公用車を使ってわざわざ受け取りに行った品物である。
更に4日目には、歪曲重層シールドのサブセンサーの部品500個がエドモンド大尉により受け取られた。
同じ日に、ネリス中尉は弾頭に取り付ける部品を受け取っていた。
更に5日目には、動力バッテリーのコア部分がネリスとスティーブの手により受け取られた。
重量物であることと、結構運搬に気を使う品物であるので、スティーブが同行したのである。
周囲の目を欺くためにエアートラックは軍用車ではなく、レンタルであった。
こうして傍目には軍の重要物資を運んでいると疑われずに、品物をサンワーズ基地に搬入できたのである。
搬入物資は、その日のうちに貨物用シャトルでドックへと運ばれていた。
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