第18話 軍都派遣 その五

 予め打ち合わせの通り、スティーブとネリスは私服に着替えた。

 二人は連立って、衛星―地上間のシャトル発着場に向かった。

 

 サンワーズ基地は10ギムヤール四方の敷地に宙軍本部の機能が全て凝縮されている。

 但し、地表面に見えるのはシャトル発着場といくつかの建物だけであり、全ての施設は地下に隠されていた。


 シャトルから構内用の無人エアカーに乗り、地下にある調達部前に着くと比較的若い職員が、私服で官用車の傍で立っていた。

 調達部職員は大体年寄が多い職場なのだが、その職員は調達管理課補佐のエドモンド・クレーブル大尉と名乗った。


 大尉であるから当然にネリスよりも年上の筈であるが、意外に若く見えた。

 エドモンド大尉が言った。


「実は昨晩、参謀長から調達部長に直接指示が参りましてな。

 下手をすると新型装備の失敗は調達部の責任になるかもしれないから相応の人物を出してくれと言われたそうです。

 本来ならば、この手の話は主任か係長クラスで対応させるのですが、今回は調達部長から直々に私に指示が参りました。

 で、私は何をすればよろしいですかな。」


 スティーブは苦笑しながら言った。


「失礼ながら大尉は、今回の計画の概要を御存じでしょうか?」


「いや、機密事項とかで概要も何も知らされてはいない。

 ネリス中尉の連れて来る人物に従って、新たな調達先を確認し、所要の便宜を図れとだけ言われています。」


「なるほど、では調達部門そのものに今回の計画はほとんど知らされていないということでしょうか?」


「おそらくは、担当レベルは何も知らされていないでしょうな。

 概要を知っているとすれば調達部の三役ぐらいまででしょう。

 それも詳細には知らされていない筈。」


「わかりました。

 統合参謀本部が機密扱いするのは判りますが、少なくとも大尉には知っておいてもらいたいのでエアカーの中で概要だけでもお話ししましょう。

 但し、他言無用です。」


 エドモンド大尉は頷いた。

 官用車は運転席と客席の間に仕切りが有り、客席で内密の話ができるようになっているのである。


 スティーブは、乗ってから運転席向けのスピーカーで最初の行く先を告げた。

 サンワーズ基地からは南西方向に、エアカーで1時間ほどのところである。


 カスケードの首都カスケロンの郊外に当たる場所であり、どちらかというと閑静な住宅街に当たる場所のはずである。

 そこに向かう間の車中で、スティーブは、エドモンド大尉にかなり詳細に機密事項を明かした。


 傍で聞いているネリス中尉の方が心配になるくらいである。

 最後にスティーブが言った。


「この機密を外部に漏らした者は即銃殺刑に処すと、ある高官が言っておられましたので付け加えておきます。」


 エドモンド大尉はぎょっとした顔で言った。


「えっ、では貴方も私も機密漏えい罪に当たるのでは?」


「さて、どうでしょうね。

 の意味によって違うと思います。

 信頼すべき人物であって宙軍内部の者であること、更には計画の中心を担う人物ならば計画の遂行に欠かせない情報だと私は思います。

 物資の調達は兵站へいたんに欠かせないし、今回のように宙軍の第一種指定業者では明らかに役不足の場合は、特に重要度が高い。

 その調達をしてもらう人物をつんぼ桟敷さじきに置くのは問題です。

 仮に罪を問われるならば僕が責任を負います。

 但し、他の人物には内緒にしていただけますか?

 特に調達部は、業者との癒着ゆちゃくが相当に有りそうですから。」

 苦笑しながらエドモンドが尋ねた。


「私にはその疑いが無いのですかな?」


「失礼ながら、エドモンド大尉は調達部参事官の懐刀ふところがたなでしょう?

 その方が業者との癒着など危ない橋を渡る筈がない。

 僕は貴方を信用してお話ししました。」


「ふむ、なるほど、さすがに宙軍大初の統合参謀本部長賞を取ったお人だ。

 お若いのに、内部情報に精通しておられる。

 では、納入先については極秘のままとし、ゲーリック参事官にのみお伝えしましょう。」


「ええ、私もその方が宜しいかと存じます。」

 

 スティーブとエドモンドは互いに笑みを浮かべた。

 ネリスはその時初めて二人の言葉の意味について知った。


 調達部部長、次長が業者との癒着があると婉曲的えんきょくてきに言っているのである。


「但し、最終的に、納入先との契約書には、社名を記載しなければならないが・・・。」


「ええ、それについては別会社を間に立てるのが良いのではないかと思います。」


「ほう、・・・。

 別会社とは、どこを考えているのでしょうかな。

 新規の会社は、特に信用調査に時間がかかるのだが・・・。」


「既存の会社ではありません。

 調達部が別会社を作るんです。

 機密扱いの物資はそこを通せば調達部内で漏れる心配はない。

 今回の装備品だけを扱っていると納入先が外部に知られてしまいますから、偽装のためにも一般の物資も扱うのですが、調達部で扱う全ての物資を一手扱いするのはかえって問題があるでしょうね。

 社員は信用のおける職員だけを出向させる方式です。」


「うーん、そんな例は・・・」


「PXは法人化させてやっていませんか?」


「なるほど、PXですか・・・。

 それならば可能性はありますね。

 職員は一旦辞職しなければならないが、復職できないわけではない。」


「その通りですね。

 それに信用のおける人物ならば退役軍人でも構わないはずですよ。

 但し、暴利をむさぼってはならないから、ダミーとしての利用料だけを上乗せする。

 そう、調達費の0.01%程度でも十分採算がとれるんじゃないかと思いますよ。

 何せ、軍に関わる調達費用は額が大きいですからね。

 適当な敷地の中に倉庫を造り、そこに物資を暫く置いて出荷する。

 但し、在庫管理はかなり厳密に実施し、自前で兵器庫並みの警備体制も整える必要があるでしょうね。

 新たな装備部品については、一切の製作会社の名称を消し去ることが出来れば、ダミー会社のブランド名で表向きは出荷できます。」


 エドモンド大尉は、すぐに反応した。


「なるほど、一考には値するが、実現は難しいですな。

 我々は資金を持っていません。

 経理部ならそう云った工面もできるかもしれないが調達部でキックバックなどしたらすぐに外部監査の目に留まります。」


「それについては、僕がスポンサーになりましょう。

 どのぐらいご入用ですか?」


「スポンサーって貴方・・・。

 小さな会社でもそれなりの世間体を保つには数十万クレジットぐらいは必要ですよ。

 そんな金は・・・。」


「じゃあ、取り敢えず創設資金に1000万クレジットほどあれば十分でしょうか?

それと当座の運転資金に500万クレジットを無利子でお貸しします。」


「何と・・・、1500万も?

 一体どこから・・・。」


「僕は、学生時代から幾つかの特許を取っていましてね。

 その特許の利用料として結構な額が僕の口座に入ってきます。

 ですから1500万くらいなら用立てられます。」


「うーん、それはまた、・・・。

 では、本当に新会社の創設を真剣に考えねばいけないようですな。」


「ええ、是非に。

 それと、もし新会社を設立する気がおありでしたら、是非ともクリス・エバートさんとテッド・マクブライトさんを雇っていただけるとありがたいですね。

 あのお二人ならうまく運営していただけると思いますよ。

 警備要員は、グッドマン警備保障のラリー・ホイスターさんにご相談されると良いかもしれません。

 元宙軍海兵隊出身者で信用のおける人物です。

 彼ならば信用のおける人物を紹介してくれます。」


「驚きましたなぁ。

 ラリーさんというお方は知らないが、クリスさんとテッドさんは私が尊敬する先輩です。

 既に退官されているはずだけれど、どこかでお会いされましたかな。」


「いいえ、お会いしたことはありません。

 噂話を知っているだけです。」


「何とも驚いた人だ。

 他には、今のうちに言っておくべきことは無いですかな?」


「取引銀行は、フェアバンクスにされた方がいいと思います。

 あそこの特別講座はセキュリティが万全で、外部から盗み見ることができないようになっています。

 ですから新たな会社と取引先との間ではその口座を使って支払いをすれば外部に漏れる心配はないと思います。」


「ほう、調達部では一時的に利用する場合にはバレット銀行の口座を利用していますが、安全ではないと言われますか?」


「バレット銀行のセキュリティレベルはカスケロン市内にある14行では上から6番目ですのでごく平均的なレベルですね。

 但し、ハッカーから見ると比較的簡単に侵入できるレベルになると思いますので、余りお勧めできないですね。

 少なくとも上位三位に入るレベルにされた方が宜しいでしょう。

 ファーストレンド銀行、カルマン銀行がそれぞれ二位と三位についています。」


「では、貴方もフェアバンクスに口座を?」


「メインバンクはフェアバンクスに、サブはバレット銀行にしています。」

 

 驚きの目でエドモンドは見つめて言った。


「それはまた何故でしょう。」


「世間には他人の資産を覗き見て情報として商売している人が居ます。

 そうしてそのことを知っている人が、そうした情報を買っています。

 ある意味で信用調査という奴です。

 その意味ではこちらから意図的に情報を流そうとする場合にバレット銀行がそこそこ役立ちますが、新たに法人を立ち上げるならばそうした情報には載らない方がいいでしょう。

 取引先の一方は宙軍になりますから。」


「なるほど、貴方と御話していると随分と勉強になる。

 今から訪れる先もその一つですかな。」


「そうですね。

 宙軍の第一種指定業者にはなっていませんが、少なくともはるかに高いレベルの技術力を持っているし、機密保護の観点からも信用できる会社です。」

 

 エドモンド大尉は微笑みながら満足そうに頷いた。

 やがて、一行を乗せた官用車は目的地に着いた。


 どこにでもありそうな鉄工所の雰囲気を持った会社である。

 表に出ている看板には、メンドーサ特殊金属と表示されていた。


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