第15話 軍都派遣 その二

 スティーブが言った通り、出港の翌日にはシミュレーション・プログラムがそのマニュアルとともに各人の端末に組み込まれていたのである。

 その日から乗員全員がシミュレーションにまっていた。

 

 8段階に分けられた難度区分があるのだが、その難度ごとに12ほどのシナリオがある。

 単艦運用もあれば、部隊運用も艦隊運用もある。


 何れも新型装備を持った艦艇とし、難易度に応じて相手が非常に巧妙な戦術を使ってくるようになっている。

 そうしてまた登場する人物も多種多様で異人種の特徴を良く捉えているものである。


 ゲームは、艦内備え付けの娯楽用アイパッド・スクリーンをつけて、端末装置を使いながら行うことになるのだが、指揮官級では実際に声を出して指揮しなければならない。

 アイパッド・スクリーンの映像は明らかにデジタル映像とわかるものではあるが、3Dタイプの映像は極めて現実感に溢れている。


 因みに最初のシナリオではジャマンの艦橋が再現されており、現実味を抱かせるに十分であった。

 実物と変わらない映像を作ることも可能なのだそうだが、わざと真実味を抑えているというのがスティーブのげんであった。


 第一ステージの三番目のシナリオぐらいまではある意味簡単である。

 敵機動部隊との戦闘でスティーブが採用した戦法通りに動けば、勝つのは間違いないからである。


 だが、四番目のシナリオぐらいから敵がこちらの戦法を見透かして、ゲリラ的戦術に移行すると中々に相手を撃破できない。

 敵は味方の居住惑星を狙って奇襲攻撃を仕掛けてくるのである。


 しかも敵はこちらの性能を概略知った上であらゆる対策を練り、おとりあり、欺瞞ぎまんありで余程注意をしていないとクリアが出来ないのである。

 ペテロは第一ステージの七番目に取り掛かっているが、中々クリアできないでいる。


 特に相手が物量作戦に出て来た際の動きと、相手を叩く順番が決め手になりそうである。

 ペテロのシミュレーションは、指揮官級だが、操舵員用、通信員用、砲術員用もある。


 それらのシミュレーションでは、指揮官の命令に応じて、如何に自分の艦を的確にしかも迅速に運用できるかがクリアの条件らしい。


◇◇◇◇


 5月22日夕刻、予定より三日も早く、ジャマンはカスケード星の第八機動衛星に到着していた。

 カスケード星の軌道衛星は全部で12個あり、そのうち10個を宙軍が使用している。


 いずれもケレン星系本部ダレック星の軌道衛星と比べると倍以上の大きさがある巨大な衛星である。

 ジャマンは空いていた第21格納庫に入ることができた。


 ジャマンが格納庫内の係留施設に固定されると、早速に訪問客があった。

 ジョーダン中佐とネリス中尉がわざわざ地上からやって来たのである。


 2人は、古ぼけた艦長公室に迎え入れられた。

 ペテロと三人の士官が対応した。


 挨拶もそこそこに、席に着くとすぐにジョーダン少佐が言った。


「実は宙軍工廠でスティーブ君の設計通りに造ったのだが、4つの新型装備がいずれもまともに作動しないのだ。

 そのために艦装本部でも我々二人はかなりまずい立場に置かれていたのだが、先日ジャマンが敵機動部隊を殲滅せんめつしたので、我々が嘘をついているのではないと言うことについては、幹部にも納得してもらえたようだ。

 君たちのお蔭でようやく我々の首がつながったところだが、以前として問題は残っている。

 何故、新型装備が機能しないかだ。」


「それについては、スティーブ少尉からの説明が宜しいでしょう。

 スティーブ少尉、お二人に説明を頼む。」

 

 スティーブが小さく頷いた。


「説明と言っても大してお話しすることはありませんが、明日にでも工廠が造ったという装備を見せて頂けますか?

 そうすれば明確になると思いますけれど、・・・。

 今の段階で僕の推測を申し上げると、部品の調達先を多分間違えています。

 ネリス中尉にも申し上げましたが、部品のいくつかはナインナインの精度が必要です。

 それが守られていないと新型装置は機能しないか、誤動作を起こします。

 特に要求された部品が無いからという理由で代替品を使って間に合わせようとすると場合により火災の原因になります。

 そう言う事故はありませんでしたか?」


 驚いた表情を見せて、ジョーダン中佐が答えた。


「確かに、新型動力バッテリーと新型センサーの基盤にボヤが発生した。」


「新型動力バッテリーでは、最悪、爆発の危険性もあります。

 ボヤ程度で済んで良かったですね。

 組み立ては工廠技師が行ったのかもしれませんが、調達部品の検査はどなたがやりましたか?」

 

 ジョーダン中佐は明らかにうろたえた。


「それは、・・・。

 調達部で確認をしていると思うが、・・・。

 正確なところは知らない。」


「そうですか、・・・。

 では多分まともな検査などしていないのでしょう。

 おそらく御用達の業者に一任して提出された成績表のみで確認されたはずです。

 その成績表に多分大きなごまかしが有ります。

 基盤にボヤが発生したのは、規格に合わない同等品を使用したからです。

 そうして装置が作動しないのはナインナインの精度が守られていないからです。

 この際えて申し上げておきますが、工廠の第一種指定業者であるライトニング社、ベリーズ社、ゲイン社それにフェルミ社ではいずれもナインナインの精度を求められても造れるだけの技術を持っていません。

 彼らの技術力ではナインシックスまでの計測ができるかどうかのレベルです。

 計測できないのに作れる道理が有りません。

 新型装置では、仮にナインエイトの精度があっても、正常には作動しないんです。」


 ジョーダン少佐が驚きの表情を見せながら言った。

 

「まさか、・・・。

 だが、その大手四社にできないものならば、一体何処どこで造らせればいいんだ?」


「多分、調達部の責任者はそう言うのでしょうね。

 実のところ、僕が造った新型装置は全てこのカスケード星で入手した物です。

 コネやこれまでの取引実績なんぞを重視するから、技術力のある優秀な会社を見過ごしているんです。

 いずれにしろ、明日、工廠が造ったという新型装置を見せて頂き、要すれば納品が可能な業者の名を教えます。

 そこでは間違いなく入手が出来ますけれど、ごく小さな会社ですので、仮に大量生産をするのであれば、宙軍で少しテコ入れをしてあげなければいけないかも知れません。

 予め申し上げておきますが、それら企業の技師たちは職人気質かたぎの人間です。

 先ほど名を上げた大企業が下請けに使おうと思ってもまずなびかないと思いますよ。

 宙軍からまさか出入り業者に、軍機の一部でもある生産者の名が漏れるとは思えませんけれど、調達部の方に釘を刺しておいた方が宜しいかと思います。

 仮に御用達業者の一部にそのような動きが有れば、僕がMPに調査を依頼することになります。

 因みに生産者と僕とは非常に親しい仲です。

 癒着ゆちゃくではないですけれど、友人である僕には彼らも悩みを簡単にしゃべってくれますからね。」


「ふむぅ、私もネリス中尉も畑違いだが、調達にそんな疑惑があるのかね。」


「疑惑と言うほどのものではないですが、多少の御接待で口が軽くなる人はいるようですね。

 たとえば入札予定価格を少し漏らすだけで、関連企業は大儲けができます。

 それと、長年の取引実績という奴が、事実と異なる過大な信用を産んでいるんです。

 業者が良かれと思ってなした改良は、必ずしも宙軍にとって改良にならず、むしろ改悪になっている場合もあります。

 工廠は関係業者にも秘密としている多数のブラックボックスを持っていて、基盤のみ、あるいは回路のみを特注していますが、それらは時として業者の都合で規格が替えられている場合があります。

 業者にとっては良かれと思ってしたことかもしれませんが、納入された回路や基盤が当初の設計と異なるために、他の基盤や回路と干渉しあって予測不能なループ回路となったり、共振現象を起こしたりします。

 すぐにわかるような場合は問題がないのでしょうが、長時間の運転により支障が発生した場合、それが業者の回路によるものなのか他の回路の老朽化が原因なのかが曖昧になります。

 往々にして壊れるのは古い方の回路ですから・・・。

 ジョーダン中佐は確か企画部の方と承知しています。

 実施するのは非常に難しいかもしれないのですが、できれば実物で長時間稼働した場合に障害が起きないかどうか、あるいは既に使用している回路との干渉がどの程度あるのかを、新たな部品を調達する際に設計段階でのシミュレーションで予測するなどの手法を取りいれられると良いと思います。

 さもなければ新鋭艦はともかく、艦齢10年を超えた既存艦に重大な障害が発生する可能性があります。」


「具体的な事例があるのかね。」


「ジャマンでは新型、旧型の回路が寄せ集まって各種装置ができています。

 そのために干渉や共振現象が頻繁に起きて、誤作動が生じてアラームが鳴るので、行動の度に乗員が艦内を走り回っています。

 ジャマンの様な艦齢の船はさほど多くはないのでしょうけれど、古い船は多分どこも同じですよ。

 原因は明らかで、基盤回路そのものが業者の都合で変えられてしまったことによる弊害です。」


「ふむぅ、今すぐには対応できんが、何とか対策を講じるようにしてみよう。

 仮にそうしたことが原因で重大なトラブルが起きたりすれば大変だ。」


「ジョーダン中佐、実例なら既にある筈です。

 五年前に起きたメルヴィルの事故はご存知ですね。」


「メルヴィル?

 ああ、試運転中に操船ミスで無人の惑星に墜落した巡洋航宙艦だな。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る