第13話 余波

 夜遅くに関わらず、基地長は執務室に残っていた。

 ペテロは戦闘結果報告書を基地長へ提出し、帰還報告を簡単に済ませたが、基地長からは意外な指示があった。


「御苦労だったな。

 十分過ぎる戦果で正直なところ、星系本部も管区本部も驚愕きょうがくしているよ。

 で、ジャマンは帰ったばかりで気の毒なんだが、遺憾ながら司令本部からの派遣命令を伝えなければならん。

 カスケード星系に向けて長躯ちょうく航宙し、10日後の正午までに司令本部のあるサンワーズ基地に乗員全員が出頭せよという指令だ。

 通常なら順次下がってくる指令が、星系本部、管区本部をすっ飛ばして、直接このケレン基地に指令が来たよ。

 まぁ、前文に御定まりの賞詞しょうし文はついていたがな。

 本題はむしろ出頭指令の方だろう。」


「10日後って、冗談でしょう。

 カスケード星系までは、270光年ほども離れているんですよ。

 0.5光年の遷移では500回以上も繰り返して届くかどうかです。

 20日以上かかるじゃないですか。」


「あぁ、まぁ、普通の艦ならその通りだろうな。

 多分、途中はショートカットしてもいいということだろう。

 ジャマンの性能を勘案しての指令と見た。

 でなければ計算上は期日までには着けないからな。

 カスケードの軌道衛星には9日後の午後までにでも着けば、余裕で間に合う。

 余り時間は無いが、今晩は地上に降りて家族と過ごしてもいい。

 第一種礼装の準備ぐらいはしておけよ。

 明日午前中には出発してくれ。

 でないと俺が大目玉をくらうことになる。」


「ジャマンがいなければ運用計画が難しくなりますよ。」


「ああ、それもジャマンの道筋に有る管区から玉突きで応援派遣されることになっているから心配はいらん。

 俺も運用計画を楯に派遣を遅らせようとしたんだが、先に言われてしまったよ。

 残念ながら逃げ道はない。」


「でも、何だってそんなに急ぐんでしょうか?」


「うん・・・。

 ここだけの話にしておけよ。

 実は艦装本部でジャマンに取り付けた装置の実証試験をやっているらしいんだが、どうもうまく行かないらしい。

 スティーブの設計通りにしているらしいのだが、いずれの装置も満足に機能しないらしい。

 先日派遣されてきたジョーダン少佐とネリス中尉がやり玉に挙げられて難渋しているらしい。

 コルベスは既に第58管区に配属されてしまったから、ここでの航宙試験を実際に知っているのは中央では二人だけだからな。

 試験結果そのものが欺瞞ぎまんではなかったのかと疑う高官も出て来ていたらしい。

 だが、そこへ、この戦果情報だ。

 一気に風向きが変わってしまった。

 この実績から見て、大至急にでも宙軍艦艇に装備を取り付けたいが、艦装本部工廠ではどうにもならん。

 で、ジャマンを呼んで実際に司令本部の目の前で実証させ、その上で考案者のスティーブに製造にも参加させようと言うことになったらしい。

 次いでにと言っては何だが、今回の戦闘の表彰式典もあるようだ。

 まぁ、少なくとも十字彗星賞は貰えるんじゃないかと俺は思って居る。

 上手くいけば一階級特進付の銀鵄惑星賞も有り得る。

 何しろ帝国軍に25部隊しかない正規機動部隊の一つを殲滅したんだから、それぐらいの価値はある。

 少なくともこちらの被害は皆無だからな。

 だが、今のところ、宙軍司令本部でも今回の戦果は機密事項にして全く発表していない。

 ある意味でこれは異例の措置と言えるだろう。

 本来ならば戦時高揚策でイの一番に報道官が発表するところなんだが・・・。

 快速偵察艦がたった1隻で敵機動部隊を叩き潰したのに、その1日前には第105管区や第113管区で帝国軍との小競り合いが生じて、うちも帝国軍もかなりの被害を蒙った。

 まぁ、痛み分けというところだろうが、共和連合政府首脳もかなりの危機感を持っているようだ。

 今ここでジャマンのことが表沙汰になると、たちどころに議会や報道で、新兵器を出し惜しみしているんじゃないかと宙軍司令本部が叩かれる恐れすらもある。

 だからカスケード滞在は長くなるかも知れない。

 実のところ何時までに出頭せよとは指令に明記されているが、普通なら明記されるべき基地帰投予定が未定となっている。」


「そいつは、・・・。」


 ペテロは言葉を失った。

 スティーブが改装した装置は本物である。


 それは自分を含むジャマンの乗組員が一番良く知っている。

 だが、それを宙軍工廠が再現できないとは一体どういうことかと思うのである。


 仮にも共和連合圏内では最高水準の建艦技術と兵器製造技術を持っているはずの艦装本部直轄の工廠である。

 あるいはスティーブの手渡した設計図に誤りがあったのではないかと心配にもなる。


 たまたま偶然が重なった上に出来上がった代物であれば、カスケードに行っても再現はできないかも知れないのである。

 偵察艦に過ぎないジャマンに一つあれば良いというものではない。


 良い装備で有ればあるほど宙軍全体に行き渡らなければ、今後とも帝国との境界周辺での被害は増えるだけであろう。

 ましてや全面戦争になれば、その被害は半端なものではない。


 愛する家族と離ればなれになったままでの長期間の派遣滞在はぜひとも避けたいところである。


「どうやら、中央が呼びたいのはスティーブ少尉が本命のようですが、最悪の場合、少尉を置いてくることも覚悟しなければならないですかねぇ。」


「まぁ、それもあるが、・・・。

 ジャマンの乗組員全員が分散させられることも考えておいた方がいいだろうな。」

 

 少し考えてからペテロが言った。

 

「それは、スティーブ少尉が工廠に新型装備製造の道筋をつけた場合、当該装置の使い方について熟知している者を各地に分散配置するということでしょうか?」


 ジャック少佐は頷いた。


「いくら新型の装備でも使い方を知らない者に与えては犬小屋の宝石だ。

 装備と同時に使いこなせるように訓練をしなければならんだろうな。

 そのための訓練教官要員が絶対に必要だろう。

 熟練した操舵員、通信員、砲術員のいずれもが必要になるし、何よりも指揮する者が必要だ。」


「指揮する者と言っても、我々はスティーブにほとんどを任せていましたから・・・。」


「それでも実戦で間近にその一挙手一投足を見ていた者の経験は大きい。

 俺がジャマンに乗っても、新装備での戦闘指揮は絶対にれん。

 だが、今のお前なら見よう見まねでできるだろう。

 スティーブ以外の二人の准尉も同じだ。

 どうせ、カスケードまでは結構な日数がかかる。

 期限に遅れては困るが、途中で訓練をして行くがいい。

 場合によっては連携訓練も必要かもしれない。」


「色々と宿題が有りそうですが、スティーブ少尉とも良く話してみます。」


「ああ、それがいいな。

 奴ならシミュレーションぐらい何とかするだろう。」


「え、・・・。

 何でそんなことを?」


「何だ、知らないのか?

 今流行りの戦闘シミュレーションゲーム『コンバットΩ』の製作者は、スティーブらしいぞ。

 何でも、カンブリオ大学在学中に造ったらしいが、実によくできている。

 当時の最新鋭艦とよく似た性能の宙軍艦艇多数が出てきてそれぞれの艦長になったり、艦隊指揮官になったりしてプレーができるんだが、各シーンをクリアするのが非常に難しい。

 補給面や人事配置なども考慮しながらでないと前に進まないゲームだ。

 ミドルスクール1年のうちの坊主がはまっているよ。

 ホログラムが実に綺麗でね。

 息子の話では、発売から5年経つが、今でも『コンバットΩ』を超えるゲームは出現していないそうだ。」


「シミュレーションですか・・・。

 なるほど、帝国艦隊の情報を仕込んで、新たな装備の共和連合艦隊の構成で、シナリオでの訓練をすれば、一応の訓練は可能ですね。

 でも、そんなに簡単にシミュレーション・システムができるとは思えないですけれど・・・。

 プログラムって結構面倒みたいですよ。

 私の友人にプログラマーがいますが、最近のゲームは画面解像度も高い上に仮想モードで実物と同じ動きをさせるのに苦労するそうです。

 背景や環境にもよるらしいんですが、一人の人物が百歩動くシーンを作るのに1カ月掛かりのプログラムになるとか。」


「まぁ、そんなことはの俺とお前が話をしてもらちが明くわけもない。

 餅は餅屋だ。

 スティーブに頼んで、できないものはできないと諦めればいいだけの話だ。

 まぁ、とりあえずはさっさと船に帰って、乗組員に明日の話をして解散しろ。

 出港したら暫くは戻れんぞ。」

 

 ペテロはため息をついてから、立ち上がり、基地長室を出た。

 船に戻って、乗組員にカスケード派遣の話を伝え、基地帰投は何時になるか不明と伝えると、一様に乗組員は「えーっ」という声を上げた。


 だが、乗組員も軍の規則は十分承知している。

 一旦出された指令は、余程のことが無い限り撤回はされない。


 ましてや、今回は中央からの直接指令である。

 偵察艦艦長である中尉どころか、普通は管区本部長の中将でも逆らえないのである。


 不承不承ながらも全員が了解し、ペテロは上陸許可を出すことができた。

 明日の出港予定は1130である。


 ペテロは艦を出る前に9日後の5月25日昼過ぎ必着でサンワーズ基地に到着するための航宙路の選定をスティーブに頼んでおいた。

 基地長との話でスティーブと相談する件はあったが、明日の出港前若しくは航宙の間に時間があると思い直してペテロは艦を後にした。


 時刻は夜の9時を少し回ったところである。

 幸いにして、今日の当直は独り身のダレスであり、スティーブも上陸の予定はないと言っていた。


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