第12話 不審な船団と戦闘
スティーブ少尉の当直もあと半時間ほどで終わるころ、当該スクリーンの端に複数の遷移点が生じた。
ジャマンから15光年ほども離れており、少なくともケレンの管轄外の宙域である。
だが当該宙域は、共和連合の圏外でもあると同時にハーデス帝国の圏外でもあって、目立った星系はない宙域である。
人類の生存に適さない星系が2、3あるだけであり、それも存在するのが変光星とガス状惑星のために価値がないとして両方の勢力から無視されている宙域なのである。
そこに複数の船団が現れるというのは、ある意味で異例の事である。
未だ遠すぎて船団の種類は不明である。
いずれにしろ注意を促すために黄色のマーカーを付けて、次直に引き継ぐことにした。
管内の一番近い宙域で凡そ12光年、隣接星系の宙域で凡そ9光年ほども距離がある。
1時間毎に0.5光年の遷移を繰り返したとしても、ケレン星系まで少なくとも24時間程度、隣接星系で18時間ほどは要する距離である。
少なくとも7光年まで接近してくれば船団の陣容も艦種も判明するだろう。
船団の隻数は遷移データから見て8隻である。
スティーブが付けたマーカーは、次の直に引き継がれ、8時間後に昇橋したスティーブに再度引き継がれた。
その時点での船団位置は、ジャマンから12光年であるが、ケレン星系の外縁を8光年ほども離れたコースをたどっているようである。
しかしながら、現在謎の船団が通過している宙域も、船団が向かっていると推測される宙域にも通商できるような星系は存在しないはずである。
少なくとも現在も活動中の調査船からの4年前の報告ではそうなっている。
そうして通常の商船では8隻もの船団を組んで移動することは先ず無いことであるし、一回あたりの遷移が0.5光年であることは、軍の活動と見て間違いないだろう。
少なくとも船団が出現した最初の宙域から逆針路でまっすぐ航跡を延ばすとハーデス帝国の版図でも辺境にあたるマーカル星系がある。
九分九厘帝国宙軍の遠征艦隊であろうと推測された。
4時間のスティーブの当直中にもその動きに変化はなく、更に辺縁に向かっているように見えた。
夕食時に艦長には謎の船団の動きを報告しておいた。
ペテロは、スティーブに意見を求めた。
「仮に帝国軍の派遣艦隊として狙いは何だと思う?」
「このまま向きを変えずに遠ざかれば調査艦隊の可能性もありますが、途中で向きを変えるとすれば、目標はケレン星系のモレスデンではないでしょうか。
あそこには共和連合でも10指に数えられる重金属鉱床の惑星があります。」
モレスデンはケレンから2.3光年にある恒星であり、その三番惑星と四番惑星には重金属のレアメタル工場がある。
人類居住可能惑星ではないが、豊富な重金属の鉱床が露出しているために、共和連合の金属採掘会社が数社入り込んで採掘を行っている。
殆どが自動化された機械で行われているため、駐在作業員は100名に満たないが、鉱石運搬船は頻繁に出入りしている星区なのである。
これまでのデータでは、常時2隻ほどの鉱石運搬船が軌道衛星に係留して荷役を行っている。
戦略的に重要な意味合いがあるとは思えないが、地上に有る施設を破壊され、軌道衛星を破壊されたならば、かなりの経済的損失になるだろう。
復旧には10年以上の歳月を要するかもしれない。
「ふむ、その可能性が高いかもしれんな。
ところで少尉、ジャマンが移動するとして、ここからモレスデンまではどの程度の時間がかかる?」
「約5光年離れていますので、通常の航宙ならば10時間、新たに付加した装置を活用すれば約44000光時ですので、100分の1秒に0.1光時の遷移を連続すれば、1秒間に10光時の移動が可能ですので凡そで4400秒、1時間と12、3分で到達できる可能性はあります。」
「なるほど、・・・。
では余裕をみて船団が星系境界から2光年の位置まで接近したなら、発動しよう。
基地にも一応の情報を入れておく。
今のジャマンならば8隻は対応可能な隻数だろう。」
「ええ、まぁ、相手の大きさにもよります。
超弩級戦艦8隻なら少々無理が有るかもしれません。」
「それでも至近距離から新型弾を食らえば超弩級戦艦でも持つまい。
少なくとも2000メガラスのビーム砲はこれまで存在しないからな。」
「油断は禁物です。
うちと同等のシールドを持っていれば一撃での破壊は難しいかもしれませんからね。」
「まぁ、それならそうで尻に帆かけて逃げるしかないな。
少なくとも敵はジャマンの持っている連続遷移が可能な装置は持っていないはずだ。
もし持っているならば今の時点で使っているはずだからな。」
その後の8時間で情勢が変わった。
船団は針路を変えたのである。
ケレンディスから最も遠い境界辺縁を目がけている。
境界辺縁から僅かに30度向きを変えて3度の遷移を行なえば、モレスデン近傍に至るのである。
どうやら帝国軍はモレスデンを隠密裏に急襲する意図の様である。
前回と同様、駆逐艦だけの構成かどうかは不明であるが、8隻編成で駆逐艦のみの構成と言うのは珍しい。
むしろ航宙空母を中核とした打撃艦体の可能性が非常に高いのである。
この場合、航宙空母1隻、巡洋戦艦1隻、巡洋航宙艦2隻、駆逐艦4隻が帝国軍の標準である。
この規模でケレン星系に侵攻されたなら、従来の配備艦では到底対応できないはずである。
行動3日目、基地長の了解を得て、ジャマンはこの侵攻船団に対応することになった。
隣接星系からの応援は難しかった。
第312管区の巡洋航宙艦は折悪しくドック中であったし、行動中の駆逐艦以上の艦で最も近傍に位置している艦でさえ26光年ほどの距離に有り、到着までに13時間以上を要するのである。
その時点では、敵船団はモレスデンまで8時間強の距離に有ったからである。
その一時間後、ジャマンは新装備の動力源を使って連続遷移を開始した。
周辺宙域では空間構造震が1時間以上に渡って連続したが、幸いにして居住星系への影響は全くなかった。
無論、ジャマンが影響のない航路を選んだ所為でもある。
共和連合歴1034年5月12日午前8時36分、ジャマンはモレスデンから12光時離れた宙域に到達していた。
この宙域は、仮に敵船団がケレン星系に針路を変更したとしても対応可能な位置であった。
その3時間後、敵船団はモレスデンから1.7光年の共和連合領域内に侵入し、領域侵犯が確実になった。
ジャマンの観測では、やはり航宙空母1隻、航宙戦艦1隻、巡洋航宙艦2隻、駆逐艦4隻の陣容であり、USIの反応はなく、共和連合宙軍のものとは明らかに異なるものであった。
ジャマンはレッドアラートを発令し、基地長にはバースト通信で戦闘開始を告げた。
相手が領域内に侵犯して二度目の遷移に合わせて発動した。
次の敵船団遷移は、モレスデンから0.7光年の距離になる。
ジャマンが連続遷移に入ると、15分で到達、数秒の索敵を行った直後に攻撃に移った。
短距離遷移で、敵艦まで1光秒の間近に迫って、新型ビーム砲弾を放つのである。
敵艦は巨大である。
駆逐艦で概ね全長150ヤールほどであるが、巡洋航宙艦では200~300ヤールもあり、航宙戦艦では350~450ヤールを超えるものもある。
全長500ヤールを超える航宙戦艦を弩級戦艦、同じく700ヤールを超える航宙戦艦を超弩級戦艦と称している。
航宙空母は更に巨大で全長は優に800ヤールを超える。
質量から言えばジャマンの数百倍になるだろう。
しかしながら、航宙空母は戦艦並みの防御力は備えていない。
その主たる役割は、搭載機の利用による遠方からの攻撃能力に有って、航宙空母そのものが適性軍艦と砲撃等で渡り合うことは想定していないのだ。
従って巨大な航宙空母は、巡洋航宙艦程度の防御力しか持っていないのである。
ジャマンから3秒間隔で発射された加速ビームは文字通り巨大な敵艦を切り裂いた。
2000メガラスを超える圧倒的火力の前に、最初に航宙空母が構造中心線を巨大なエネルギーの奔流に貫かれ、艦載する航宙戦闘機が、弾庫が、そうして動力機器が誘爆して一瞬の間に粉砕されたのである。
その3秒後に航宙戦艦が、次いで巡洋航宙艦2隻が相次いで撃破された。
帝国軍側は何が起きているのか一切わからなかった。
至近距離での遷移は、実視覚でさえ歪める強烈な空間構造震を引き起こす上に、異様に連続する構造震が周囲の状況確認を全く不可能にしていたのである。
最後の駆逐艦が爆発して一方的な戦闘は終了した。
ジャマンが1発目のビーム砲を発射してから、8隻の敵艦が姿を消すまでに30秒とかからなかった。
圧勝であった。
ジャマンは、基地に速報を入れるとともに、付近宙域で生存者の確認に当たったが、同宙域は無数のデブリが拡散していて、その確認作業を困難にさせた。
ジャマン自体はシールドで覆われているので少々のデブリが当たっても支障にならないが、一方で仮に生存者がいても救助信号を発していない限り、ジャマンに確認する術がなかったのである。
それほどにデブリは無数にあった。
統合参謀本部から指令を受けて急遽仕立てられた調査船団がやって来たのは戦闘が終わって36時間後の事であり、基地の指示により、調査船団が到着するまでジャマンはその宙域に留まった。
ジャマンでは、最初の12時間で捜索活動は終了し、残りは専ら戦闘結果報告を作成する時間に費やされた。
戦闘自体は極めて短いものであったが文章にすると結構な分量になる。
ジャマンが基地に帰投したのは、出港から5日目の夜半の事であった。
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