第10話 偵察艦ジャマンの改装プラン
基地に戻ったジャマンは、専用格納庫ではなく、ドックに直行となった。
ドックに入って乗員が目にしたのは驚くほど大きな破損であった。
二等辺三角形状の底辺近く、艦尾付近の食糧倉庫から右翼端にかけて直径3ヤールほどの大穴が開いているのである。
幸いにして枢要部分の直撃は避けられたものの、あと数ヤールもずれていれば、機関区域の駆動機関に重大な被害を生じていたかも知れない。
目標も判らず
食糧倉庫、通路及び関連する電路に被害を生じたが、緊急遮断隔壁が有効に機能したお蔭で他の区画にはほとんど影響が及ばなかったのである。
ペテロは、報告書のデータが入ったLDメモリーを手に、ジャック基地長に帰投報告に行った。
顔を出すなりジャックに言われた。
「よう、上手く立ち回ったな。
偵察艦で宙賊船三隻をやっつけたのは宙軍でも初めての事だ。
表彰物だぞ。」
「はぁ、ですがジャマンが片づけたのは2隻までで、1隻は半壊程度の被害を与えたに過ぎません。
その1隻も隣の管区の巡洋航宙艦が間に合って始末をつけてくれました。
いずれにせよ、スティーブ少尉がいなければ、あれほど上手くは料理できなかったと思います。
予 想外に重武装の敵でしたから・・・。」
「おう、そうらしいな。
船橋区画を完全に破壊された宙賊船を調査していたうちのダーネルから先ほど連絡があったが、相手は120メガラス砲を装備していたらしい。
艦首付近に1基、艦尾付近に2基だ。
旋回砲塔付の代物だから偵察艦よりは機能は上だし、下手をすると駆逐艦でも食われるかもしれん。
応援に派遣されたのが巡洋航宙艦で良かったよ。
あれが駆逐艦だったら状況がわかる前に砲撃を食らっていただろう。
駆逐艦の重層シールドでは120メガラス砲には耐えられん。
ジャマンのシールドもダメだったようだな。」
「ええ、至近距離でしたし、相手がやけくそで照準もつけずに撃った一発がまぐれでシールドを貫通したようです。」
「何にせよ、宙賊相手では久方ぶりの快挙だ。
管区本部長が喜び勇んで先ほど長距離通話を掛けて来たばかりだ。」
第313管区本部のあるセロンまでは、15.7光年である。
亜空間通信による通話は30光年までは何とかできるが、膨大なエネルギーを必要とするため、宙軍で装備されているのは各基地、本部、司令部であり、艦で装備されているのは巡洋航宙艦以上の艦に限られる。
その通信利用も緊急の場合等各長が特に認めた場合以外は制限されているのが実情である。
30光年以上の遠距離通話は、途中に有る通信施設を中継することにより可能であるものの非常にロスが多く、中継地点が増えるたびに画面・音質共に劣化し、100光年を超えると実用に適さなくなる。
使用エネルギーの割に効率が悪いことから滅多には使われない。
駆逐艦以下の艦艇は、亜空間利用のバースト通信によるデータ通信に限られるのである。
バースト通信の場合、遠距離通信も可能であり、共和連合圏内であればどこであっても通信できる。
いずれの通信もほとんど時差無しに通信が行えることが利点である。
「いずれにせよ。
12発のビーム砲弾を実戦で使用しましたので、戦闘結果報告書を作成しました。
詳細はこの中に記載して在ります。
基地長の評価を加えて、星系本部へ上申願います。」
「わかった、預かろう。
手直しの必要があれば連絡する。
どうせ、暫くはドック入りだ。
ドックに入ったジャマンをモニターで確認したが、かなりの被害だな。
まず15日程度はかかるだろう。
少しは骨休みになるといいがな。」
「監督を兼ねる士官連中は仕方がないとしても、それ以外の乗員は交代で休みを取らせますが宜しいですか?」
「ああ、構わん。
士官連中も交代で休ませると良い。
但し、連絡の取れる状態にしておけ。
星系本部や管区本部から呼び出しがかかる可能性もあるからな。」
「了解です。
それとお願いがあります。
戦闘結果報告書とは別にスティーブ少尉から艦隊装備技術本部当てに上申書案が出されました。
内容が専門的すぎて、正直言って私の手に余ります。
基地長が目を通されて上申するかどうかご判断下さい。
必要であれば少尉に詳しい説明をさせます。」
基地長が目をぱちくりとさせながら尋ねた。
「艦装本部に?
一体何の上申だ?」
「ジャマンの装備の一部改装です。
何度聞いても理論は良くわかりませんが、これまでの重層シールドに代わる防御用装備、それに遷移直後の空間構造震による宙域センサーの擾乱防止装置、さらに50メガラスビーム砲弾の一部改造だそうです。
上申によって許可を得られれば、ドック中にそれらの装備を試験的にジャマンに取り付けたいと考えているようです。」
「ほう、それは・・・。
だが、そんなに簡単に改造ができるものなのか?
新たに大規模工事をするとなると予算的にも難しいが・・・。
特にビーム砲弾なんぞは規格品だから改造ができるとも思えないぞ。」
「少尉の話では、既に必要な装置の試作は終えており、若干の手間はかかるようですが比較的簡単な取り付け工事で装備できるとか、その改造仕様書も添付されています。」
「わかった。
だが、戦闘結果報告書が先だ。
君らが帰投する前に、星系本部を通じて管区本部から催促の連絡があった。
今日中には星系本部に上げなければならん。
乗員全員取り敢えず今日のところは、ドックハウスで待機していてくれ。
手直しが必要になった場合は連絡する。」
ペテロはドックに戻った。
ケレンにあるのは、艦隊装備技術本部ケレン支部地方分遣隊に帰属する小規模ドックであり、常駐の技師は二人だけである。
機密事項に触れない限り、工事の大半は専門業者の請負で実施するが、場合により乗員の手伝いも必要となる。
今回の場合、艦の秘匿事項に触れるような工事はほとんどないが、艦体表層の溶接修理だけは技師と乗員の手で行う必要がある。
艦隊表面を覆っている素材は、民間では入手できない素材だからである。
修理用のベンデリック鋼材は、艦体装備技術本部ケレン支部から直接送られてくるはずである。
そこに在庫がない場合は、管区本部の艦装本部地区工廠からの手配になるだろう。
数時間後、基地長から戦闘結果報告書がそのまま星系本部に上申された旨通知があった。
その際、スティーブの改装上申書の件は明日まで待ってほしいと付け加えられた。
◇◇◇◇
翌日の午後、スティーブが基地長に呼ばれた。
「君の上申書を一応読んだが、理論と技術の専門的な話は、俺にもよくわからん。
だから、単刀直入にこの改装の目的と予測される結果だけを聞こう。
どんなメリットがある?」
「はい、現在搭載している重層シールドの役目はビーム砲等の武器に対して一定の遮蔽効果を狙っていますが、物理的な攻撃に対しては効果がありません。
また、ジャマンのような小型艦ではシールドに回されるエネルギーに限りがありますので、今回のように100メガラスを超えるビーム砲には対抗できませんし、例えば高エネルギーの弾道弾が来れば、外装のベンデリック鋼材の耐久力だけで防ぐしかないんです。
今後開発が予想される近接兵器として、高速度で発射される鋼球にも対応できるシールドでなおかつ100メガラス以上のビーム砲にも対抗できるものが必要と考えました。
試験的に装備しようとするのは、そのシールドです。
艦体表面に一定距離で小さな突起状の装置を組み込んで、相互にリンクさせた上で歪曲重層空間を励起させれば艦体表層にシールドが張れることになります。
予測では300メガラス以上のビーム砲でも対抗できるのではないかと考えています。」
「300メガラスというと新鋭戦艦の主砲クラスだぞ。
それに対抗しようとしたら、どでかい動力源が必要だろう。」
「いえ、この装置の特徴はさほど動力を必要としないことに有ります。
歪曲重層空間の発生に必要な動力は、多分、現状の重層シールドの半分のエネルギーで済みます。」
「ふーん、物理的破壊力への対抗はどの程度できると予測しているんだ?」
「取り敢えず、ジャマン程度の質量が光速の1割程度で衝突した際に艦体を保護できるのではないかと考えています。
但し、その際に生じる衝撃力や慣性力の中和までは考えていません。
それを考慮しようとすると多分ジャマンの三分の一ほども改造する工事が必要になりますので、今はできません。」
「ふむ、・・・・。
それから、遷移後に生じる擾乱の補正装置とは、どの程度の代物だ。」
「補正装置では、デズマン駆動機関の重力異常で発生する空間構造震そのものは止められません。
ですが、その発生位置及び質量が概ねわかれば、補正は可能です。
これまでは、センサーそのものが機能しなかったので、おおよその位置は測定できても質量が測定できなかったんです。
で、通常の三次元空間ではなく、四次元あるいは五次元の空間でならば三次元空間の構造震に関わらず測定が正確にできるだろうと考えています。
これまでのセンサーはそのままで、新たに上位高次元センサーの機能を併せ持たすことを考えました。
これにより、如何に離れていても遷移の出発点と到着点が把握できるようになると考えられます。」
「うん?
三次元で機能するものでないとすれば、つまりは一切の遅れがなく遷移と周辺状況の確認ができるということか?」
「はい、現在のセンサーは、亜空間を利用していますので距離により多少時差が発生しますが、新たなセンサーは実時間での現在位置が測定できるようになると考えています。
但し、ビーム砲については、現状のままでは光の速度の限界を越えられませんので、これまでどおりの予測に基づいて狙いをつけることが必要です。」
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