第9話 宙賊 その三
「これより偵察モードに入る。
動力を最小限に落とせ。」
フィオードが偵察モードの緊急ボタンを押すと、艦橋内が一気に暗くなり、ほの暗い赤い天井光のみになった。
余分なエネルギー消費を抑えるため不要な電源が全て落とされ、発電機も停止されて、バッテリー駆動となる。
船は慣性航行となり、圧縮ガスの放射により多少の操船は可能だが、長時間の操船と急速な進路変更などは望むべくもない。
10秒後には新たに出現した船のデータが表示された。
USI表示が無く、やはり宙賊船と見込まれた。
ジャマンの左45度、下方23.4度方向に有って、距離0.21光秒、速度120ギムヤールで貨物船ベラ号方向に向かっている。
そのデータが、間もなく微小点に変わった。
マールが報告した。
「少し大きな中型貨物船程度、エネルギー度350GE、間違いなく商船ではありません。
少なくとも駆逐艦の半分くらいの動力を持っています。
その反応が消えましたが、微小反応は残っています。」
その間にも、ジャマン前方にいた筈の宙賊船が1.06光秒ほどの距離にまで近づいている。
その報告を聞いて、暫し考慮していたスティーブであったがやがて言った。
「艦長、二隻を同時に砲撃はできません。
近い方を砲撃し、しかる後に短距離遷移で遠い方の砲撃を実施したいと思います。」
「ふむ、また4門斉射か?」
「はい、相手の武器、防御力が不明ですので、一気にけりをつけるにはその方法しかありません。
おそらく、向こうはジャマンの正確な位置は判っていない筈です。」
「うむ、長引けばベラ号を守る立場の我々の方が不利になるな。
隣の星系からの応援が来てくれると助かるのだが・・・。
このままで行くと、ベラ号に追いつかれるのは、遠い距離の宙賊船でも30分以内か。
ベラ号の遷移から何分だ?」
「ベラ号が遷移してから12分少々です。
おそらく次の遷移まで少なくとも40分はかかるとみて良いでしょう。」
ペテロは即断した。
「わかった。
スティーブの判断に任せる。
このまま指揮を執れ、必要に応じて私が指示をする。」
「了解しました。」
スティーブはマールに細かい指示を出した。
最初に行ったのは艦首方位の変更である。
無論駆動機関は使用せず、艦首と艦尾にある高圧ガスのジェットで向きを変えるだけである。
その上で、大枠の短距離遷移点を決定した。
あくまで暫定であり、実際には直前に変更する可能性がある旨示唆した。
その上で、近い距離にある宙賊船の進路上に艦首を向けたのである。
また、4門斉射と同時に、動力を回復し、急速転舵、短距離遷移を実施する旨伝えた。
舵と遷移点入力は同時にできないので、バーンズ二等准尉を遷移の担当とした。
一方で、マーシャル一等准尉には第4武器管制についてもらった。
最初の斉射はダレスが行い、斉射直後に管制指揮を分離、各砲塔は艦首尾線を軸に0.05度だけ円周外側に向けることにした。
同じく同時発射となるが、各砲塔管制がスティーブの号令で一斉に発射ボタンを押すことになる。
スティーブは、転移直後に相手の位置を確認しないまま発射すると予め言い置いた。
転移直後の発射であれば余程正確に艦首方向に宙賊船が存在することが第一条件である。
その位置確認を三人のカブス人に委ねたのである。
発射後は、砲塔の向きを元に戻し、再度ダレスの管制に委ねることとした。
マールは、手近にある微小点の位置確認に没頭した。
最初の一撃が外れれば、ベラ号が危ういことになるからである。
仮にベラ号を人質に取られればジャマンも下手な動きが出来なくなるので責任は重大である。
マールは電子計算機の予測結果を踏まえて、モニターに宙賊船の予想進路を映し出した。
相手が速度を減じたり針路を変えたりしないことが前提である。
ジャマンの進行方向はそれまでの慣性で宙賊船とは離れる方向に動いているので余計に複雑な計算が必要であるが、電子計算機はその面倒な計算をこなしてくれた。
既に0.3光秒ほども離れているが、レーザー砲の射程としては十分に近い。
その時がやってきた。
モニター画面の艦首尾線と予測針路が重なる直前、スティーブが「発射」と叫んだ。
ダレスが即座に斉射のボタンをおした。
艦体がビリビリと震えた時にモニターの画面上で正しく予測位置と針路が重なった。
すぐにスティーブが指示を出した。
「動力復帰。
急速転舵。
方位、左65.3度、下方2.1度、船首方位が定まり次第4Gで増速。
遷移準備、遷移点D313.2、F204.5、B3512.3に変更。
転舵終了、加速開始の合図で、遷移を実行。
武器管制分離は終わったか?」
「分離完了。」
「各砲塔、艦首尾中心線を軸に0.05度外側に、遷移直後に発砲する。」
慌ただしい数秒が過ぎて、最初にマールが復唱した。
「方位修正完了、加速開始します。」
「短距離遷移。」
スティーブが再度怒鳴った。
バーンズが即座に遷移ボタンを押し込んだ。
おなじみの遷移の際に生じる空間擾乱が身体で感じられたが、即座にスティーブが怒鳴った。
「各砲塔、発射。」
4人の担当が一斉にボタンを押すが、必ずしも一致はしていない。
最大で0.2秒ほどの差がついた。
カブス人たちが一斉に言った。
「前方の宙賊船に命中した模様。」
「エネルギー拡散度は約100メガラス、2発が命中の模様。」
「宙賊船のエネルギー反応は復帰、エネルギー度は120GEまで下がっていますが、未だ健在と思われます。」
「ダレス、目標に狙いをつけろ。
斉射の要なし。」
「了解。」
数秒でダレスが復唱した。
「狙いはつけました。
いつでも撃てます。」
その途端に再度の遷移による空間構造震が発生した。
スティーブが即座に反応した。
「加速停止、動力遮断、偵察行動に入れ。」
艦橋内に再度赤い天井灯だけが点った。
誰しもが宙賊船の新たな出現を予想していた。
狂おしいほどの不安の中で擾乱が消えた。
マールが喜びの声を上げた。
「遷移してきたのは味方です。
MUSIを確認、第312管区所属のCR192巡洋航宙艦です。」
その喜びも束の間、ジャマン艦体に大きな衝撃が走った。
ジャマンが砲撃を受け、艦体が被害を受けたのだ。
すぐに被害状況をセンサーで確認した。
スティーブが艦長に報告する。
「艦尾付近に損傷。
倉庫区画です。
保存食料が壊滅したようです。
航行及び戦闘に支障なし。」
マールが更に報告する。
「手負いの宙賊船にやられました。
めくら滅法撃ったのが運悪く当たってしまったようです。
四方八方にむけて発砲していましたが、今は巡洋航宙艦に気づいて、そちらに発砲しています。
発砲エネルギーから推測して、どうやら100メガラス級のビーム砲2門を備えているようです。」
宙賊船は駆動機関でも故障したのか針路速力はそのままである。
そんな船は巡洋航宙艦にとっては標的以外の何物でもない。
数秒後に巡洋航宙艦から200メガラスのビーム砲が宙賊船に放たれ、一瞬のうちに宙賊船は粉砕された。
ジャマンは動力を復帰させ、巡洋航宙艦に後始末を頼んで、急速転舵の上、ベラ号の推測針路に遷移した。
ベラ号は健在であった。
もう一隻の宙賊船はジャマンの斉射により艦橋部を破壊され、完全に機能を失っていた。
さらにベラ号前方にいて最初にジャマンが砲撃した宙賊船は全くの残骸と化していた。
ベラ号と通信を交わし、乗客乗員に異常がないことを確認したのち、基地宛に速報を入れた。
基地からは、8時間後に僚艦TR2012号が現場着予定と伝えてきた。
ジャマンは航宙に支障なければ、それまで現場待機の上、僚艦と会合したなら基地帰投せよとの指示があった。
待機中付近宙域に宙賊の生存者がいないかどうか探索を行ったが、それらしき反応はなかった。
余裕があれば、艦橋部を破壊された宙賊船を調査したかったが、あいにくとジャマンが受けた被害に対する応急措置に意外と時間をとり、調査時間が取れないままに、ジャマンは基地帰投の途に着いた。
ビーム弾も残弾4発である。
これ以上何かあれば、艦も持たないだろう。
基地には遷移を6回繰り返し、およそ9時間で到達した。
待機中及び帰投途中、乗員には戦闘結果報告書を作成すると言う大仕事が待っていた。
基地、管区司令部、宙軍本部、統合司令本部宛に出さなければならない報告書であり、宙賊とはいえ、多数の人命を奪った戦闘の結果報告であるから慎重な言葉遣いが必要だった。
無論、艦橋内の録画データや観測データなどもそのまま添付されることになる。
少なくともジャマン乗組員にとっては初めての戦闘結果報告書であった。
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