第8話 宙賊 その二

 遷移は瞬間的に行われる。

 未だ遷移の擾乱が続いている中で、ペテロ艦長がブリッジに飛び込んできた。


 そのすぐ後にダレスが飛び込んで来る。

 ペテロが言った。


「何だ、何があった。」


 スティーブが落ち着いた声で応答した。


「多分、宙賊船です。

 時間と位置からすると狙われているのはヤブロンとケレンの間を結ぶ定期貨客船ベラ号、一方の宙賊船は当面2隻と思われますが、他にもいるかもしれません。」


 遷移から約10秒を経過して、マールが報告した。


「前方0.2光秒に航宙船反応、USI信号から貨客船ベラ号と確認、速度毎秒28ギムヤールで前進中。

 更にベラ号の前方約1.2光秒及び本艦後方約1.1光秒にそれぞれUSI信号を発しない中型航宙船各1隻、商業船にしてはエネルギー反応が大きすぎます。

 駆逐艦の4分の1ほどもあります。

 なお、本艦後方の不審船は急加速を開始した模様です。

 6G程度で加速中。

 宙賊船の可能性大です。」

 

 USI信号を発しない船は不審船として宙軍から発砲されても文句を言えない。

 通常の商船であれば、身元を明らかにするために必ずUSI信号を自動発信しているのである。

 

 万が一の故障時のために通常の商船では2基の予備機を備えることが義務付けられているのである。

 それに普通の商船の場合、6Gの加速度を掛けることはありえない。


 高速客船ですら4G止まりである。

 唖然としているペテロ艦長を前に、スティーブが言った。


「ダレス二等兵曹、武器コンソールにつけ、全砲門発射準備。

 準備できたら知らせ。」


 ジャマンの50メガラスビーム砲は、別名光子魚雷とも呼ばれている。

 直径は60ミル、長さは3ヤールもある円柱状のエネルギー弾を砲塔に装填、内部に封じ込められたプラズマ状素粒子を一気に収束放射することにより、巨大な破壊力を発するものである。


 射程距離は10光秒程度。

 それ以上の距離では、急速に拡散して威力が弱まり、20光秒の距離では8分の1にまで打撃力は減退する。


 ジャマンの場合、当該エネルギー弾を16発保有している。

 艦長が何も指示できないでいる間に、スティーブは次々に指示を繰り出した。


 マールには、所属不明船の動静を追尾するためにマーカーをつけさせ、フィオードには前方1.4光秒ほどにいて、ベラ号に反航している所属不明船に艦首を向けさせた。

 後方にいる不審船よりも前方の不審船の方が近く、接近速度も速いからである。


 ジャマンの方は、その間もほとんど後ろ向きに進行しているからベラ号から遠ざかることになる。

 偵察艦のビーム砲は、角度にして3度までの狙いの修正はできるものの、ほぼ艦首方向にしか撃てないのである。

 ほどなくダレスが報告した。



「ビーム砲全門発射準備完了。」


「了解。」


 スティーブは予備のモニタースクリーンを操作しながら言った。

 マールが認識した感応レーダーの情報が三次元ホログラムでモニターできるのである。


 ベクトル表示でそれぞれの進路速力が表示される。


「前方の不審船は秒速70ギムヤール、相対速度約100ギムヤールで急速にベラ号に接近中です。

 間もなくベラ号は20メガラスビーム砲の射程距離に入るかと思われます。

 艦長、前方の不審船を砲撃しても宜しいか。」


「砲撃?」


「ベラ号が撃たれれば、かなりの損害を見込まねばなりません。

 10メガラスビーム砲ですら、ほとんど装甲のないベラ号の船体を撃ちぬくことは簡単です。

 貨客船に非常用の救命艇はありますが、訓練を受けていない旅客ですので、空気を失いつつある状況で迅速な避難は到底期待できません。」


 少なくとも宙賊船に武器が装備されているのは判っている。

 20年前の情報ながら、当時は10メガラスビーム砲が装備されていた。


 ペテロは逡巡しゅんじゅんしたが、すぐに頷いた。


「わかった。

 発砲を許可する。」


「了解。

 ダレス、前方1.37光秒の不審船予測針路に照準。

 照準が出来次第、4門斉射となせ。」


「4門斉射ですか?

 1門でも大丈夫では・・・。」


「いや、宙賊は何らかの防御措置を講じている可能性もある。

 一撃でとどめを刺さなければ後方の不審船に対応できない。

 外すなよ。」


「了解です。」


 僅かの時間をおいて、ダレスが言った。


「照準完了、4門斉射。」


 途端にジャマンの艦体がビリビリっと震えた。

 強烈なエネルギー弾の斉射である。


 その反動が艦体にも当然にある。

 その余韻が覚めやらぬうちに、スティーブは慣性航宙のまま急速回頭を命じた。


 ジャマンが未だ回頭中の間に、マールが報告した。


「先ほどの砲撃、命中の模様です。

 少なくとも1000メガラスのエネルギー反応を捉えました。」


 不審に思った艦長が尋ねた。


「何故、命中を確認しないまま反転したのだ?」


 光子魚雷とはいっても光の速さを越えない速度で移動する。

 少なくとも弾着までに1秒半はかかるのである。


 その間に標的に進路を変えられたなら狙いが外れる。

 外れたならベラ号を危険に晒すことになりかねないからである。


 スティーブが言った。


「仮に前方の宙賊にのみ対応していれば、後方から襲撃して来る宙賊に対応できません。

 それに仮に外れても、前方の敵は狙われているとわかれば、直進できなくなり迂回行動をとらざるを得ません。

 まして斉射による200メガラスのエネルギーは敵を脅すには十分です。

 上手くすればそれだけで前方の宙賊は逃走を開始するでしょう。

 宙軍の探知システムは秀逸であるため、かなり広範囲の宙域を探査できるし、エネルギーの探知も容易ですが、商業航宙船の場合は左程の能力を必要としない汎用型です。

 20年ほども前の話ではあるものの、たまたま宙軍艦艇が撃破した宙賊船は宙軍払い下げの探知装置を備えていたことが判明しています。

 その当時でおよそ4世代ほど前の装置だったようですが、それでも汎用の探知装置よりはかなり性能が良いものであったそうです。

 従って宙賊船は、現時点でも闇ルートで入手可能な払い下げの探知装置を使用している可能性が高いと推測されています。

 帝国軍に対する新型装置の性能秘匿の必要もあって、ある時点から宙軍払い下げの装置は重要な部分を破棄して業者に渡すようにしており、なおかつ、宙軍工廠で少なくとも10年保管してから払い下げを行っています。

 仮に彼らが入手できる最新の払い下げ装置を代用品で再生して活用しているとしても、宙軍の1割程度の探知能力しかないと見込まれます。

 ジャマンの探知装置は最新型ではありませんが、それでも2年前に換装されたシステムであり、偵察艦の装置としては極めて優秀な装置です。

 その装置で中型航宙船を正確に確認できる範囲は、概ね10光秒、最大で30光秒分の範囲ですが、その距離では誤差が大きいことがわかっています。

 従って、現在略船首方向1.78光秒の標的である未確認航宙船が宙賊船であっても、慣性航行を継続しているジャマンの位置を正確に把握している可能性は極めて低いと思われます。

 しかも二隻目の遷移直後にジャマンが遷移しているために、遷移後の擾乱で遷移位置そのものが探知されにくくなっているはずです。

 こちらが優位な体制に持ち込むには、反航しながら相手に気づかれないように接近するのが一番です。」


「ふむ、なるほど慣性航宙のまま近づくわけか?」


「はい、相手針路にほぼ真向かいになったら、全ての動力源を最小限に落として距離1.4光秒まで慣性航行をしたいと思います。

 尤も、先ほどベラ号前方の敵を攻撃したために、相手に気づかれた可能性もあります。」


「わかった。

 レッドアラート発令。

 総員臨戦態勢となせ。」


「了解。」


 レッドアラート発令後3分で全員が艦橋に揃い、それぞれの席に着いた。


 その間も艦長に代わって次々にスティーブが指示を出した。


「イェール、ヨードル、前方の宙賊船の動静を二人で探れ、レーダー反応は、少なくとも距離に比例して表示時間が遅れている。

 イェールは精密観測、ヨードルは距離に応じて、現時点の推定位置を割り出せ。

 時間経過と相手の動静に合わせて、補整したものをモニターに表示してくれ。

マールは、先ほど狙った宙賊船の動静確認を優先、なお、第三の宙賊船出現に留意、その上で、第一報を基地及び隣接管区の警戒艦に通報。

 内容は、次の通り。

 宙賊船らしき複数の不審船発見。

 二隻を23星区、D314F207付近にて発見。

 そのうち一隻に砲撃を実施し、命中は確実なれど、詳細は未だ不明。

 残存不審船一隻なるも更なる宙賊船の出現可能性もあり、レッドアラート発令中。

 宙賊の狙いは、ケレン星系向け中のベラ号。

 本艦、ベラ号の警護のため応戦にあたる。

 詳細後報する。」


 イェールとヨードルの観測結果に合わせて、スティーブが細かい針路修正を行っているが、二人の古参准尉の方がその矢継ぎ早の指示に戸惑っているぐらいである。

 マーシャル一等准尉が砲撃補佐、バーンズ二等准尉が操船補佐、通信補佐につき、ヘッテとブマスは第二、第三の武器管制装置についた。


 本来、ダレス一人で操作は可能ではあるが、各一門ずつの個別標的を狙う場合には、操作できるものが居た方がいいのである。

 4門を独立して使う場合、マーシャル一等准尉も第4管制装置につくことになる。


 ペテロは、当面の指揮をスティーブに任せた。

 間違った指示を与えた場合は、即座に修正すればいい。


 これまでの経緯を取りまとめる作業は、バーンズ二等准尉が受け持った。

 船橋内のモニター録画及びデータから報告書を作成し、同時に進行中の作業の記録も行うのである。


 ペテロは、艦長席にあって悠然と構えていた。

 宙賊とやりあうのは初めてではあるが、信頼できる乗員がいるので不安は無い。


 イェールが叫んだ。


「前方の宙賊船、センサー反応が消えました。」


「マール、先ほどの微小反応のイメージをイェールとヨードルに伝えてくれ。

 おそらく、反応が消えたあたりに、それが有る筈だ。」


 数秒後、三人がほぼ同時に言った。


「微小反応あり、速度毎秒120ギムヤールで直進中。」


「それをマーカーで追跡、モニターに表示してくれ。」


 言った途端に構造震があった。

 ジャマン艦内でも空間の歪みが発生し、一瞬、肉眼での視覚映像が歪んで認識されたくらいだからかなり近い距離への遷移である。


 0.5光秒以内の距離でなければ発生しない現象である。

 スティーブが怒鳴った。


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