第7話 宙賊 その一 

 スティーブが乗艦してから十日目、ジャマンは二度目の巡視行動に入った。

 一回目の巡視行動では、船長がスティーブと同じ当直に入って色々と教えようとしたが、その心配は不要であった。


 驚いたことにペテロよりも艦内機器の現状については知っていたし、操作方法も知っていた。

 担当する星系の状況も二人の准尉以上に把握していた。


 スティーブに訊くと、艦の整備来歴簿、航法図誌等全てを確認し、航宙日誌の全てを確認しているらしい。

 なおかつネットで最新情報を入手しているので、艦内の誰よりもジャマンの巡視する宙域の管内情勢に詳しいのである。


 操船指揮もとても新人とは思えないほど見事にこなしており、同直の軍曹達も少尉に心服しているようであった。

 通常であれば古参の軍曹達に結構いじめられるケースもあるのだが、スティーブに限ってはその恐れは先ずないだろう。


 その様子を見て一回の巡視行動でペテロがスティーブと一緒の当直に入るのをやめたのである。

 従って、今次行動からはスティーブは当直士官として一人立ちすることになっていた。


 今回の巡視宙域は、第313管区内では最も交通量の多い主要幹線である航宙路筋がある23星区である。

 商業用デズマン駆動機関では最大0.1光年毎の遷移を繰り返すことになるが、遷移後概ね1時間は、次の遷移エネルギー備蓄するため、通常空間を概ね毎秒30ギムヤールの慣性速度で移動することになる。


 商業船舶にとっては、これまでのところこの速度が最も経済的な速度と言われている。

 加速する場合も減速する場合も余り速度が高くない方が経済的なのである。


 但し、同じ移動経路と遷移地点を選ぶと、宙賊に狙われることになることから、各船で独自のランダムな経路と遷移距離を選択するようにしているが、宙族もそれを承知で網を張っている場合が多い。

 交通量の多い23星区は特に宙賊に狙われていることから、隣接する第312管区の35星区警戒艦と合同で重点警戒を実施しているのである。


 スティーブの同直は、カブス人のマール二等軍曹とビアク人のフィオード二等軍曹である。

 カブス人は、弱いテレパス能力を持っているため感応通信装置と宙域感応レーダーを受け持っている。


 行動二日目、管区境界近くでマール二等軍曹が6光秒ほどの距離に宙域レーダーの微小反応を捉えた。

 宙図には載っていない小惑星のような反応である。


 センサーから判断する限り精々5ヤールか6ヤールほどの大きさにしか過ぎないように見える。

 エネルギー反応が無いので船とは思われないのである。


 僅かに一つであるが万が一にでも商業船が秒速30ギムヤールで衝突すれば、大惨事になりかねない。

 マールは新任少尉に一応報告した。


 スティーブは、一瞬怪訝けげんそうな顔つきをした後、マールに確認した。


「速度は?」


「データから判断して精々毎秒70ギムヤール前後でしょう。

 主要推薦航宙路からはかなり離れていると思われますので、左程心配はないのかもしれません。」


「ふむ、一応、現在位置と速度ベクトルをデータとして残すように。

 場合により航宙警報を出します。

 それとまた同じようなものがあれば、報告願います。」


「同じようなものがあると?」


「うん、もしかすると同じ反応があるかもしれない。

 その場合は要注意だね。」


 さらに操舵担当のフィオード二等軍曹に指示した。


「速度このまま、右舷方3度、上方5度に舵を修正、5分後に0.03光年の遷移。」


 フィオードが人類種族にはわかりにくい怪訝そうな表情を見せながら復唱した。

 短距離の遷移を行う理由が判然としないからである。


 何か目的がある場合はともかく、通常の場合、当直時間に遷移を行うことは余りしないものである。

 一つには、遷移を行うことで空間構造震が発生することから、巡視の目が一時的にせよ奪われてしまうからである。


 しかしながら、宙軍では上官の命令は例えそれが新米の少尉が発した命令であっても絶対である。

 余程の理由が無い限り、それに違背することは許されない。


「速度このまま、右舷方位3度、上方位5度に修正、5分後に0.03光年の距離に遷移。

 セットしました。」


 5分後、ジャマンは短距離の遷移を行った。

 ジャマンは軍用のデズマン駆動機関を持っているので一気に0.5光年までの遷移が可能である。


 短距離遷移であればエネルギーの回復に1時間もかからないが、相応の充電が無ければ暫く十分な遷移が出来ないのは商船と変わらない。

 また、0.03光年の短距離遷移ならばほぼ10秒間隔で7、8回は連続することも可能であるが、移動距離の割にエネルギーを無駄に消費してしまうことになる。


 但し、商船にしろ、軍艦にしろ、航宙船が遷移するとデズマン駆動機関の副作用で空間構造震が発生するので、その空間構造震の大きさで船の凡その大きさがわかるし、エネルギー探知機の反応でおおよその船の種類がわかる。

 宙軍の船は大きさに比べて明らかにセンサーで確認出来るエネルギー源が大きいからである。


 従って、宙軍艦艇が遷移すると一定の範囲の宙域内に存在する船にはわかってしまうことになる。

 ある意味で隠密行動には不向きというデズマン駆動機関のデメリットでもある。


 その一方で宙軍が近傍に存在すると言うプレゼンス効果も期待でき、防犯上からは望ましいとも言えるが、あいにくと宙賊を捉えるには誠に不向きである。

 宙族行為が発生した場合、できるだけ早く現場宙域に到達して、宙賊船の発する空間構造震を捉えることができれば宙族船を捕まえることも可能ではあるが、これまでのところ宙賊の方が上手く立ち回っており、宙賊船を拿捕した事例は極めて少ない。


 いずれにせよジャマンが遷移した直後は、自身が引き起こした空間構造震の所為でセンサー類がほとんど機能しない。

 空間擾乱じょうらんが収まるのに十秒ほどの時間を要するのである。


 擾乱が収まり、センサーが機能しだしてすぐに、マールが叫んだ。


「少尉、1.2光秒の距離にさきほどと同じような反応が有ります。」


「了解、それも位置とベクトルをデータ登録してほしい。

 マーカーでどれほど追跡できる?」


「マーカーでの追跡に数は問題ではありませんが、最大でもおよそ1光時の範囲です。

 特に物標が小さいので絶対にそれよりも小さい距離になります。」


「了解。

 一応今回の分も位置、針路及び速力をデータに入れておいてくれ。

 後で役に立つかもしれない。」


 スティーブは更に針路を変更し、5分後の短距離遷移を指示した。

 ジャマンがスティーブの当直になって三回目の遷移を終えて間もなくマールが叫んだ。


「少尉、3光秒に再度同じ反応。

 これはおかしいですね。

 ひょっとしてセンサーの故障かな?」


「いや、センサーの故障じゃない。

 通常と違う変化があると言うことだ。

 多分そのうちに判明するだろう。

 マール二等軍曹、航宙船の遷移反応に注意してほしい。

 これまで通過してきた場所のどこかに遷移反応があるはずだ。

 それまで慣性で航行する。」


 それから約1時間、少尉の意図が不明のままマールとフィオードは命令に従っていた。

 遷移探知機が反応した。


「距離1.3光時、船尾方向右13.3度、下向き24.8度に遷移あり、遠くてエネルギー反応は正確には測定できませんが、中型航宙船の模様。」


「了解。

 続いて遷移反応があれば知らせ。

 フィオード、進行方向そのまま、船首を反転させて只今の遷移点に合せ。」


 航宙艦船は慣性で航行する場合、船首方位を任意の方向に向けられるが、艦船そのものの進行方向は推進機関を駆動しない限り、メタセンターを基準に変動しない。

 但し、遷移を行う場合には、デズマン駆動機関の特性で常に船首方向にしか遷移できないのである。


 従って船首方位を反転した場合、遷移は進行方向と逆方向に行われる。

 商船は勿論の事、宙軍艦艇でも滅多に使用されない変則的な航法である。


 スティーブが指示した時、ジャマンの速度はおよそ毎秒35ギムヤールであった。

 快速偵察艦にとってはかなり遅い速力であるが、商船の速力がおよそ30ギムヤールであるため、通常の哨戒中の速力は概ね30~40ギムヤールなのである。


フィオードが少尉の指示に従って船首方位を合わせた途端、マールが驚いたように言った。


「船首方向1.31光時付近にさらなる遷移あり、構造震の大きさからみて同じく中型航宙船並みと思われます。」


「遷移の出発点は判るか?」


「距離があって正確な測定は難しいのですが、およそ0.05光年ほどかと思われます。」


「ふむ、では本艦の最初の遷移点付近だろうな。

 あるいはもう一度か二度あるかもしれない。

 こんどは近いだろうから遷移の出発点を見逃さないでくれ。

 それがあったらイエロー警報を発令する。

 それから針路このまま、合図で、直ちに遷移できる様1.3光時の遷移を準備。」


 数秒でフィオードが設定を行った。

 遷移ボタンを押せば、前方1.3光時に遷移することになる。


 イエロー警報は、船長の昇橋を促す警報である。

 それがレッド警報になると総員配置の臨戦態勢になる。


 5分も経たないうちに再度の遷移反応があった。

 センサーに出発地と到着地の両方が示された。


 通常、出発地若しくは到着地は、いずれか近い距離の反応で紛れてしまうことが多いのだが、どちらも本当に近い距離ならばセンサーで探知できるのである。

 その範囲は精々数光日である。


「遷移反応あり、発0.03光年付近、着1.29光時付近。」


 その瞬間にスティーブは「遷移」と叫び、同時にイエロー警報のボタンを押した。

 その上で、マイクを手にした。


「ダレス二等兵曹、急ぎ船橋まで。」

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