第5話 基盤異常とカムゲラギュスの秘事

 スティーブも真新しい艦内作業服に身を固めている。

 ペテロは、一旦手を休めて、艦橋内で作業中の乗員にスティーブを紹介した。


 その後で、スティーブは、ペテロに艦内整備の来歴簿を見て良いかと尋ねた。

 艦内整備の来歴簿は、艦橋内の端末からも観ることができる。


 こんな時に何故と思いながらも、新任のスティーブでは余り調査に役立たないだろうと判断し、了承を与えた。

 十分ほど経つと、スティーブが報告した。


「艦長、どうやら原因らしきものを見つけました。

 確認のためにちょっとした試験をしたいのですが宜しいでしょうか?」


「何?

 お前、来歴簿しかみていないんだろう。

 何で来歴簿から原因がわかるんだ。」


「はい、ちょっと理論は込み入っているのですが、・・・。

 本艦は30年前の建造で、当時の部品や材料が未だに多く利用されています。

 但し、老朽化したり、機能不全となったりした部品や材料は、既に製造中止となっていますので、新たな同等品と適宜交換されています。

 その同等品と言うのが曲者で、当初想定されていなかった機能を合わせ持つ部品が多いんです。

 艦にはそうした余分な機能の回路は不要なんですが、普及品ですのでそうした機能は製造過程で省略できずに残っているんです。

 オリジナルの部品を作るとなると単価が物凄く高くついてしまうので止むを得ず代替品を利用するわけです。

 で、かなりの確率でそうした不要回路同士又は不要回路と他の部品の必要回路が共振現象を起こしている可能性があります。

 とりあえず、来歴簿から見た限りでは、ライトニング社の電流増幅回路PT1034の基盤とベリーズ社の電圧補正回路U309R、それにゲイン社の重複リレー回路基板33761BGが怪しいですね。

 いずれも同じカイン社の重水晶発振装置を使用していますので、あるいは、共振現象の結果として夾雑周波数により重水晶に亀裂が入っている可能性があります。

 発信装置の機能低下により、不要回路のコンデンサーに過大な電流が流れてパンクし、リーク電流が流れている可能性があります。

 いずれも予備品があるようですので、取り敢えずこの三つを交換しては如何でしょう。

 それでリーク電流が止まれば、この三つの基盤の複合使用が原因と判断できます。」


 呆気にとられながらペテロが言った。


「スティーブ少尉、来歴簿を見ただけでそれがわかったのか?」


「ええ、ベテランの皆さんが探しても判らないのなら、最近交換した部品が原因じゃないかと思いましたし、それが原因ならばと、複合要因となりそうな基盤を推定したに過ぎません。」


「仮に、少尉の言う通りだとして、それが原因ならばまた発生すると言うことか?」


「ええ、1か月を超えると九分九厘同様の現象が発生すると考えられます。

 尤も、発生時期は回路の製造偏差により若干差ができますが、長く持っても半年を超えることは無いでしょう。」


「因みに、そいつを回避する方法はあるのか?」


「本来的には、設計から変えてしまうのが一番ですが、中央の経費節減の方針から見て先ず無理でしょう。

 特に本艦は老朽艦ですから、新造艦にかけるほどの整備費用は出ません。

 不要回路のコンデンサーを取り外してしまうことと、夾雑周波数の共振を防止するためのダンパー回路を新たに付加するのが一番簡単な対策になると思われます。

 その結果として何らかの形で電流や電圧に変化が生じるようならば、別途保障回路を設置するだけです。」


 物は試しと、手分けして早速三つの基盤を交換すると、てきめんにリーク電流が消え、少なくとも基準値以内の数値に落ち着いているのである。

 取り外した基盤の一つのコンデンサーは確かに半分焼け焦げて黒くなっていた。


 機関区域に居た二人も既に艦橋に上がって来ていたが、結果を見てペテロ以下全員の目が新任少尉に向けられた。

 リーク電流の発生が認められてから、半日以上も十名の乗員で探し求めていた原因を僅かに十分ほどで突き止めただけではなく、正常値に戻したのだから、これはもう尊敬に値する。


 いみじくもダレスがそれを言葉にした。


「なかなかやるにゃん。

 新しい少尉は。

 それに、ダッカム語もビアク語も流暢に話しぇるし・・・。

 あたしにょ、好きにゃタイプだにゃん。」


 それを聞いてカブス人のマールが聞いた。


「スティーブ少尉、カブス語は話せます?」


 スティーブは、何かを早口でしゃべった。

 マールが驚きながらも応答した。


 さらに二、三度の応答が有った後、マールが標準語で言った。


「驚いたねぇ。

 人類種族の通訳でもスティーブ少尉ほどはカブス語を上手く話せはしないと思うよ。

 まるでカブス人だ。」


 他のカブス人二人もうなずいた。

 但し、彼らの頷きは、頭を上下する代わりに横に振るのだが・・・。


 ノルデン人のブマスとムレディア人のヘッテが同時に母国語で何かをしゃべった。

 すると微笑みながらスティーブは最初にノルデン語で、次にムレディア語でそれぞれに応じたのである。


 もちろん、他の者には何を話したかはわからない。

 だが、すぐにブマスが一際目立つしかめっ面を、ヘッテが泣きそうな目つきで長い耳をぴくぴくと動かしたのに気づいた。


 どちらも上機嫌の時にだけ見せる表情である。

 どうやら二人の異人類種族はこの艦に来て初めて母国語で話し合える相手に巡り会えたようである。


 地上の宿舎では家族が待っているし、基地内の同僚艦にも一人か二人の同種族はいるのだが、各艦の行動が交代制となっているので。中々会う機会も少ないのである。

 それにしても標準語を含めて6か国語を流暢に操れる者は少ないはずである。


 そうして宙航士としても非凡な才能を見せた。

 ジャマンには、少なくともこれまで電子部品から相性を見分けられる者は居なかったし、代替品同士の組み合わせで不調が発生する等初めて聞いた話である。


「よし、じゃぁ、これ以上上陸許可を遅らせる理由は無いな。

 スティーブ少尉、悪いができるなら暇を見つけて予備の基盤で改良を加えてくれ。

 今日の当直は、ダレスだな。

 ダレス、当直中に行うべき仕事をできるだけ少尉に教えてやってくれ。

 明日からの当直者も同じ、本人の希望でスティーブ少尉は、暫くの間、船内居住をする。

 何かと便宜を図らって欲しい。

 では、只今より上陸を許可する。

 次回行動は、5日後、3日行動の予定だ。

 その間に2日間待機の日があるが、これまでどおり基地待機中は1時間以内に船に戻れる体制で近場にいてくれ。

 行動日の巡視する星域は、いつも通り出港直前まで不明だ。

 俺は、基地長に原因の特定と正常に復帰した旨報告してから地上に戻る。

 以上だ。」


 ダレス以外の乗員は、早速それぞれの部屋に戻り、帰り支度を始めた。

 その間、スティーブは、ダレスから基地当直の仕事について教えてもらっていた。


 ダレスは、船内外のモニターでスティーブ少尉以外の乗組員が下船したのを確認すると、すぐにスティーブにすり寄ってきた。

 のどをごろごろ鳴らしながらである。


 ダッカム語でスティーブに告げた。


歳若としわかそらの騎士、スティーブ殿。

 貴方の麗しき匂いは我が家の芳香壇ほうこうだんあがめるに相応しい。

 我が衷心ちゅうしんよりその芳香に敬意を払います。

 貴方は異種族ながら、我が名を教えるにふさわしき人物。

 心に留め置かれよ。

 我が名は、ダーレァスィゥ・ディアルレニャヌ・ブレイショアナ・クレソッシス・ブレアノゥラデッセなり。」


御身おんみの名を教えられし栄誉に勝るものなし、我が祖先に誓って、大いなる謝辞を御身に申し上げる。

 御身の由緒ある正しき名が他の者に我より告げられる恐れはなく、御身の名は我が心の中に深くとどめ置くことを、カムゲラギュス神の名において誓うものなり。」

 

 標準語でダレスが叫ぶ。


「わおぅ、驚きぃ。

 ダッカムにょカムゲラギュスにょ秘事まで知っているにゃんて・・・。

 じゃぁ、正規にょ名を明きゃす意味も知っているにゃぁ?」


「そうだね、詳しいことは知らないが、正規の名を明かす意味は、内なる者として家族に紹介する意味合いがあると聞いている。

 多分、君たちの仲間の一人として受け入れられたと言うことかな。」


「ええ、しょうにゃのにゃ。

 私にょ友は、貴方にょ友でもあるにゃ。

 貴方にょ真にょ友にゃら、しょにょ人も友として受け入れるにゃ。

 でも、本当に、スティーブにょ匂いはいい匂い。

 残念だにゃぁ。

 スティーブがダッカム人にゃら今すぐにでもみさおを上げるにょににゃぁ。」

 

 そう言いながら、全身をスティーブに摺り寄せて、喉をごろごろ鳴らしているダレスである。

 それから暫くは二人の間で標準語とダッカム語が入り混じった会話が始まった。


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