第4話 偵察艦ジャマン

 基地長に別れを告げ、ペテロはスティーブを伴って基地長執務室を出た。


「基地の事務方には挨拶はしたのかね?」


「はい、4時間前にはここに着いていたので事務の方には挨拶を済ませています。」


「赴任後の手続きは?」


「それも済ませています。

 正式のIDカードだけは明日にならないと発行できないそうですが、取り敢えず仮のIDカードを貰っています。」


 二人は、事務室を出て入り口に達した。

 入り口通路には三台の浮揚台車が連結した状態で置かれている。


 スティーブが台車の操作パネルに触れると、二人の後を台車が自動で付いてくる。

 台車にはAI機能があり、スティーブを認識してついてくるのである。


「ところで少尉、宙軍大の卒業式はまだの筈だが、お前さん、ちゃんと卒業できたのか?」


「はい、卒業よりも先に赴任先が決まってしまいましたので、私一人が学校長から卒業証書を頂きました。

 卒業式は無いのですが、一応卒業はしています。」


「そうか、・・・。

 本人に聞くのも何だが・・・。

 何でここに配属されたか知っているか?」


「欠員があって、取り敢えずそうした配置に希望のある者の中から適任者と思われる者を配置したのだろうと推測しています。」


「まぁ、そうなのだろうが・・・。

 じゃぁ、お前さんは配置先でここを希望したのか?」


「いえ、場所は特に指定していません。

 最前線の快速偵察艦を第一希望で出しました。」


「フーン、・・・。

 通常、偵察艦には新任少尉は配属しないのが慣例なんだが、それを承知で希望を出したのか?」


「はい、そのような慣例があるのは承知しています。」


「それでも出したのは、何故だ?」


「取り敢えず初めての仕事に着くのに大勢の中に埋もれるよりは、少人数の配置で何ができるのかを見極めたかったからです。」


「確かに偵察艦は少人数だからな。

 ある意味で慣れたもので無ければ務まらない。

 その意味で仮にお前が危険に陥っても誰も手助けはしてくれないぞ。

 左程の余裕はないからな。

 皆の足を引っ張るようなら降りてもらうことになる。

 全員の命を懸けるわけには行かないからな。」


「はい、それは十分承知しています。

 皆さんに迷惑をかけないよう精々頑張ります。」

 

 いくつもの隔壁を抜けて、二人はジャマンが入っている格納庫に向かう昇降機へ辿り着いた。

 軌道衛星は、円柱構造である。


 左程大きな円柱ではない。

 直系800ヤール、高さが1200ヤールであり、軸芯を中心に外郭が回転して遠心力により内部に擬似重力を産みだしている。


 ケレンの重力は、母星モーデスよりもやや大きい1.02Gであるが、軌道衛星内は0.6G相当の擬似重力となっている。

 無論のこと、軸芯に近づくにつれ遠心力は弱まるし、航宙艦又は航宙船が出入りする格納庫ベイは軸芯部にあって回転させていないので、基本的に無重力である。


 円柱の外殻部には大出力の要塞砲を装備し、軌道要塞を兼ねている。

 但し、当該要塞砲部分は陸軍機動歩兵隊管轄となっている。


 艦船の出入りは、統合参謀本部宙港管制部ケレン支部事務所が管理している。

 ここの軌道衛星の格納庫ベイは一端が宙軍用、もう一端が民生用で使われている。

 

 昇降機で軸芯ローターの接触面まで移動、そこから静止している格納庫部に移動するためのシャトルに乗り換え、格納庫に入る。

 このシャトルは軸芯ローターの円周を弧状に移動する水平方向エレベーターに相当し、そこから分離して航宙できるものではない。


 宙軍用の格納庫は直系300ヤール、奥行き250ヤールの円柱構造の中に7つの格納庫ベイがある。

 常時使用しているのはドックを含め5つである。


 残り二つは予備であり、派遣されて来た艦や連絡艦の使用に供される。

 艦隊規模の派遣の場合は、周辺で衛星軌道に乗り、搭載シャトル又は基地の輸送シャトルにより交通を確保するしかない。


 徐々に弱くなった擬似重力が、格納庫にシャトルが接続した瞬間に無重力になる。

 慣れない者は、往々にして最初の一歩で宙に浮いてしまって、床に戻れずにじたばたすることもあるのだが、幸いにしてスティーブは無重力にも十分慣れているようであった。


 足元は弱い磁力の靴で床に吸い付いている。

 ゆっくりとした動きで、艦の入り口に二人は向かった。

 

 無論、AI付きの浮揚台車も支障なくついて来ている。

 艦の入り口には複数のエアーロックがあり、一つ目でエバレット装置による人工重力が0.3Gに、二つ目で0.6Gとなる。


 そこから二つ目のエアーロックを出ると1Gの艦内となる。

 ペテロは、通路にある指令装置で新任少尉が着任、乗艦したことを通知し、フィオードとダレスの二人を呼び出した。


 フィオードはビアク人、ダレスはダッカム人であり、いずれも正式な名前はペテロには発音しにくい。

 ダッカム人の言葉は摩擦音が多くて発声が難しいし、ビアク人の言葉は抑揚と歯茎音が同様に難しい。


 従って、共和連合標準語の中で一番良く似た音声で仮の名前とし、艦内ではそれで通っているのだ。

 ビアク人は胴回りが太く、樽に手足を付けたような種族だが、体格は大きく、1.6ヤールを超える身長と140モンドの体重を持っている。


 1.8ヤールの天井がビアク人のお蔭で随分低く見えるものだ。

 一方のダッカム人は猫に似た種族である。


 数多くの異人類研究者が、ダッカム人は類人猿から進化した生物であることを認めているが、同時に猫の遺伝子が何処かで混じったものと判断している。

 ダッカム人種族は、平均して身長は1.15ヤールに届かず、体重も41モンドに満たない小柄な体格であるが、柔軟な身体を持ち、敏捷な動きができる。


 特に跳躍力と走力に優れているのだが、ジャマン乗員のダレスは性別から言うと女性になる。

 艦内では唯一の女性であるが、同種族は居ないので少なくとも性的な問題は生じていない。


 ダッカム人とビアク人は正しく両極端の凸凹コンビである。

 やや甲高い声でダレスが言った。


「艦長、お呼びでしゅか。」


 ダッカム人人特有の訛りで摩擦音が多く、聞き取りにくい標準語ではあるが、ここ1年でペテロはその発音にもなれた。

 ダレスの傍らに興味津々きょうみしんしんといった様子のフィオードが、少尉を見つめている。


 二人とも灰青色の艦内作業服である。


「ああ、紹介しておこう。

 新任のスティーブ少尉だ。

 スティーブ少尉、向かって左がビアク人のフィオード二等軍曹、右がダッカム人のダレス二等兵曹だ。

 フィオードそれにダレス、二人で、少尉の荷物を運び込むのを手伝ってやってくれ。」


 公共通路は別として、セキュリティ維持のために艦内の居住通路に台車は入れないことになっているのである。

 艦への訪問者も宙軍関係者以外は通常の場合、保安区域内にある公共通路及び接見室以外は入れないようになっている。


 従って、修理業者などが入る場合は、特別の保安措置を講じなければならない。

 ペテロが外部委託をできるだけ避けている理由の一つでもある。


 フィオードとダレスが揃って言った。


「了解、艦長。」


 台車を保安区域の境界を示す赤いラインぎりぎりまで移動させ、少尉と二名の乗組員は荷物を少尉の居住室へと運び始めた。

 ペテロはそうした姿を横目に、艦橋へと向かった。


 艦橋では、マーシャル一等准尉を中心に5名があちらこちらの計器盤を外してリーク電流の原因を探っていた。

 もう一人のバーンズ二等准尉は1名の乗員を連れて機関区域で同じく調査中の筈である。


 機関区域は狭いので大人数が入ることはできないのである。

 ペテロは、艦橋に入るなり、マーシャル一等准尉に声を掛けた。


「状況はどうだ?」


 マーシャル一等准尉は首を振りながら言った。


「お手上げです。

 計測装置がほとんど役に立ちません。

 リーク電流の部位を特定できないんです。

 まるでゴーストのようです。

 ある特定の区域に異常表示がでて、その区域で調査すると別の区域の表示が出るんです。

 いたちごっこでキリがありません。」


「機関区域は?」


「バーンズからも今のところ特定できないとさっき連絡が有ったばかりです。」


「そうか・・・。

 基地長からは3時間の猶予を貰った。

 後2時間ほど頑張ってみてくれ、それで原因がわからなければ業者を呼ぶ。」

 

 マーシャルが渋い顔で言った。


「こんな症状は初めてですからねぇ。

 例え業者でも原因を特定できるかどうか・・・。

 彼らだってうちの艦の機器にさほどに詳しいわけじゃないですよ。

 特に宙軍工廠が開発した機器は、仮に古いものでもブラックボックスになっていますからね。

 彼らよりも、うちの通信科員や砲術科員の方が余程詳しい筈です。」


「そりゃまぁ、そうだろうが、不安材料を抱えたままでは危ない橋は渡れない。

 特に、徐々に戦域が拡大しているからな。

 いつここや隣接区域に敵が出現するかわからない状況だから・・・。」

 

 共和連合は、ハーデス帝国軍と対峙している現状に有って、特に境界宙域付近ではかなりの局地的戦闘が発生しているのである。

 今のところ、双方が激しく相手をなじるだけで全面的な戦争には至ってはいないのだが、いつ戦争が勃発してもおかしくない状況なのである。


 いずれもハーデス帝国軍の越境侵犯が戦闘の原因であり、そのたびに共和連合が押し返しているのだが、徐々にその戦闘被害と侵犯宙域は拡大しつつあるの。

 共和連合とハーデス帝国軍の軍事力は今のところ何とか拮抗しているが、そもそも物量的には駆逐艦以上の戦闘艦では、6対10の比率で共和国連合の方が圧倒的に少ない。


 何とか技術的優位で互角に渡り合っているのだが、総合戦闘力の比較では7対10で、やはり共和連合に分が悪いのである。

 総力戦になれば、共和連合が不利なのは間違いがない。


 特に、紛争宙域がこれ以上拡大すると共和連合の防衛力に穴が空く可能性もある。

 何しろ宙軍の7割近い勢力が紛争宙域周辺に張り付いているのだ。


 ケレン星系はそうした紛争地域からかなり遠距離にあり、一般的には戦略的価値が乏しいと見られているから統合参謀本部もさほどにケレン星系を重視はしていない。

 しかしながら、1か月前に同様に重視されていなかった第209管区のリッセンド星系に駆逐艦3隻を主体とする敵艦隊が突如として出現、共和連合の小型砲艦1隻と偵察艦2隻に甚大な損害を与えて逃走した事例が発生し、ペテロにも大きなストレスとなっている。


 紛争宙域の中心からの距離だけで言えば、ケレン星系も似たようなものであるからである。

 敵が防衛力の弱い星系を狙いだしたのであれば、ケレン星系にとってもかなり脅威になるのである。


 それにもまして、そうした紛争の合間を縫って宙族が活動を活発化して来ているのも頭痛の種である。

 ケレン星系及びその近傍でも過去1年で2件の宙族襲撃事件が発生しているのである。


 作業服に着替えたペテロも加わって、艦橋内での調査を進めていた。

 やがてフィオードとダレスが艦橋に戻り、少し時間をおいてスティーブ少尉も艦橋に姿を現した。


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