第3話 新任少尉スティーブ
十日後、偵察艦ジャマンは、巡視行動を無事に終えて、軌道衛星に戻った。
その際に、基地近傍になって航路管制で入港待機を指示されたのだが、基地の予備格納庫から滑り出て来たのは特快速輸送艦XM08号であった。
事前に情報は得ていなかったのだが、どうやらジャマンの行動中、基地に重要人物が来ていたらしい。
移動時期には早すぎるし、ケレン基地に将官の赴任は考えられないからである。
おそらくは所用を済ませカスケードに戻るところなのだろう。
その出港で待機を命じられたのかとペテロ艦長は納得した。
定係地である格納庫に無事に入港し、一時間後ペテロが帰還報告のために基地長室に赴くと、基地長室には
ペテロがノックをして部屋に入るとソファから立ち上がって、ペテロにきびきびとした動作で敬礼をなした。
慌てて答礼をするペテロである。
実のところ、ここしばらく敬礼なんぞ受けたことが無いし、基地長にもしたことが無いのだ。
最初に赴任した時に、基地長から堅苦しい敬礼の挨拶はせずとも良いと言われたからである。
無論、儀典などの特別の場合は省くことはできない。
あくまで基地内だけの特例に過ぎないのだ。
目の前の人物は電子ファイルに付属していたホロ映像で見た顔である。
ペテロから見ても実物は中々ハンサムな男である。
基地長も立ち上がって言った。
「ペテロ艦長、君もホログラムで顔を知っているだろうが、紹介しよう。
本日より君の部下になるスティーブ少尉だ。
少尉、こちらはTR1803号艦長のペテロ・ウィズリー中尉だ。」
少尉が言った。
「本日着任しましたスティーブ少尉であります。
宜しくお引き回しの程お願いします。」
「こちらこそ、宜しく頼む。
少人数の中での欠員ではなかなか大変でね。
君の到着を待っていた。
宿舎の方の手配は済んだかね?」
「宿舎は用意されているようですが、独り身ですので差し支え無くば、当分の間船内居住を許可願います。」
いきなり思いがけない申告にペテロが返事を躊躇しているとジャック少佐が言った。
「まぁ、二人とも座りなさい。」
ペテロとスティーブは、ソファに座った。
宙軍の古き慣例で新任者は、三か月間船内居住をすると言う時代があったが、昨今ではそうした慣例を続けている基地は無いと聞いている。
ペテロが少尉で着任した巡洋航宙艦でもそうした慣例はかなり前に取りやめていた。
その意味で少々戸惑いがちなペテロが言った。
「まぁ、君さえ構わないのであれば、船内居住は許可するが、本艦は大型艦ではないから
航宙中はともかく、停泊中の食事はどうするつもりだ?」
「必要な食材は、軌道衛星の中でも入手できるようですので、許可さえいただければ艦内で
「うーん、・・・。
停泊中は当直しか残らないんだが、それでもかまわないのか?」
「はい、必要ならば当直を適宜交代しても構いません。」
ペテロは頷くしかなかった。
「基地長、本人の希望ですので許可したいと思いますが、宜しいですか?」
「あぁ、構わない。
船に慣れるには一番手っ取り早い方法だろう。
尤も、慣れるまでの暫くの間は、停泊当直をスティーブ一人にするのはやめておいてくれ。
手違いがあってもいけない。」
「はい、了解しました。
一応、定例の帰還報告だけ申し上げておきます。
TR1803号、管内第21星域の巡視行動中特異動向は認めておりません。
艦内設備については、配電盤に基準値以上のリーク電流表示が認められた件が1件、厨房機器でディスポーザーの作動不良が認められた1件以外はありません。
ディスポーザーに付いては、部品交換で正常になりましたが、リーク電流の方は、現在も艦内で調査中です。
目下のところ、原因は不明です。
乗員の調査で原因が突き止められない場合は、外部業者に委託するつもりです。」
「ふむ、確か三か月ほど前にも同じようなことがあったな。
あの時はどうしたんだったかな?」
「前回は、調査中に突然正常値に復帰したので業者手配はしておりません。」
「危険なレベルなのか?」
「いいえ、基準値を僅かに上回る程度で、現時点で船体及び乗員に危険が及ぶとは考えておりません。
但し、どこかに問題があるのは確かですので、放置しておくと危険なレベルになる可能性も否定できません。」
「わかった。
三時間以内に船内での調査結果を私に報告してくれ。
その結果如何により、次長のドルースに業者の手配をさせる。」
「了解しました。
お手数を掛けますが、宜しくお願いします。
ところで、XM08号が来ていたようですが、どなたか基地の視察にでも来られていたのですか?」
ジャック基地長は苦笑した。
「まぁ、将来は重要人物になるかもしれんな。
スティーブ少尉を載せて運んできた。」
「えーっ、・・・。
まさか、新任少尉の赴任に特快速輸送艦を使ったと?
嘘でしょう。」
「こんなことで嘘をついても何もならないだろうが・・・。
宙軍大それに陸軍大を含めて、初めての統合参謀本部長賞授与者に対する特典らしい。
今回限りらしいが、スティーブ一人を運ぶためにXM08号がケレンにやって来た。」
ペテロは絶句した。
宙軍大卒業生に与えられる栄誉ある賞は三つある。
学業成績優秀者として表彰される宙軍大学校長賞は、卒業時の成績が全科目80点以上で平均点が85点以上、即ち38科目合計が3,230点以上の者に与えられる。
ペテロの同期には該当者が一人もいなかった。
次に、訓練成績が抜群で有った者、実技訓練10科目で平均85点以上を上げた者に対して、宙軍司令本部長賞が授与される。
これはかなりの運動能力と機敏さを兼ね備えたものでなければ取れないのだが、宙軍大学校長賞ほど難しくは無く、ペテロの同期でも一人貰った者がいる。
但し、その男は学業面では常に落第すれすれであり、訓練科目を除く学科28科目中16科目について、追試験を受けてかろうじて合格点に達して卒業できた口である。
だから、この賞については必ずしも自慢にはならない賞である。
最後に統合参謀本部長賞があるが、これはハードルが高すぎてこれまで誰も取ったことのない賞である。
38科目で全科目90点以上を取らなければならず、なおかつ平均点で95点以上、合計で3,610点以上を取らねばならないのだ。
だが、目の前にいるスティーブは、その難関をクリアした傑物ということである。
首席卒業生と言うだけで難物であるのに、統合参謀本部長賞を取った男が自分の部下になるとはと、ペテロは思わず深いため息をついていた。
スティーブにXM08の乗り心地を聞いたところで自分が乗れるわけでもない。
ペテロはスティーブに目をやった。
「ジャマンに行くかね?
今なら、上陸許可を出していないから全員が船に居る。」
「はい、お願いします。」
「荷物は?」
「取り敢えず、軌道衛星のポーターから台車を借りて、搭載したままです。」
「荷物は多いのか?
必要なら手伝いを呼ぶが・・・。」
「浮揚台車で三台分です。
船までの搬送は台車でできますが、船内に運び入れる際に一人か二人手伝いが有れば助かります。」
浮揚台車はさほど大きくはないが、それでも三台分となるとかなりの量である。
尤も、宙軍で貸与されている制服や機材だけでも軽く一台が埋まってしまうほどの量になる筈である。
例えば宇宙服などは、大学で身体に合わせて造ったものをそのまま現地赴任にさいして持ち歩くのが普通である。
身長や腕、足の長さなど個人差が激しい品物であり、自分の命を守るものであることから保守整備も基本的には自分で行わねばならないのだ。
共用の宇宙服も無いわけではないが、宙軍将校ならば余程の事情が無い限りは、共用の宇宙服を使いたがらないものだ。
無論、自分の宇宙服は決して人に貸し出したりもしない。
そうして宇宙服はかなり
そういえば、先ほどペテロが宙軍事務所に入る際、入り口脇に荷をほぼ満載した三台の浮揚台車が停まっていたことを思い出した。
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