第2話 新任と宙軍の引っ越し事情

 偵察艦のジャマンは艦齢30年の老朽船であり、もう5年もすれば、余程の事が無い限り廃艦処分にされるはずである。

 駆動機関も通信装置も良く整備されてはいるが、それでも故障は結構頻繁に起きている。


 今のところ巡視活動に支障を与えるような目立った故障はないが、行動の度になにがしかの不調は発生しているのが現状である。

 ジャマンは、全長50ヤール、最大幅12ヤール、最大高さ8ヤールで内部に二層甲板を有し、概ね先端が鋭く、平たい二等辺三角形の楔形形状を持った快速偵察艦として建造された。


 兵装は、50メガラスの収束ビーム砲4門のみが艦首に装備されている。

 駆逐艦程度までならば何とか太刀打ちできるが、巡洋航宙艦以上ともなればその防御バリアを破ることは難しいだろう。


 偵察艦の防御手段である重層シールドも、駆逐艦が持つビーム砲にかろうじて対抗できる程度でそれも複数の連続命中には耐えられないはずである。

 少なくとも敵と出会ったならば余程のことが無い限り、逃げの一手しかない。


 この辺境星系まで来られる敵艦は間違いなく駆逐艦以上の艦であるからだ。

 ペテロは25歳で宙軍大を卒業、巡洋航宙艦の少尉を2年務め、昨年中尉となってジャマンの艦長となった。


 中尉となったのは、同期の中でも早くも無く、遅くも無く、並みの昇進であったはずだ。

 宙軍大卒業生は、通常の場合、少尉を2年、中尉を3年やって大尉になる。


 それから次の少佐になるまでに5年程度はかかる。

 ペテロは現在28歳、基地長のジャック少佐は35歳である。


 ペテロはおそらくこの後2年ほどで大尉になり、小型砲艦艦長か駆逐艦副長になることになるだろう。

 そうして少佐からさらに上級の佐官級になるにはかなりばらつきがある。


 ペテロも余程の失態が無い限りは、退官までに大佐になれるだろうが、将官になるにはかなりの運と能力が伴わなければ難しいだろう。

 ペテロのように中程度の成績では特に難しい。


 ペテロは、宙軍大在学中に現在の妻であるベティと知り合い、前任地に赴任と同時に結婚し、一男一女をもうけている。

 上の子が2歳半の女の子、下の子は8カ月の男の子である。


 家族のためにも大過なく過ごし、ささやかな家庭の幸せを守りたいといつも願っている。

 ベティは宙軍大のあるカスケード星系の出身で、植民星としてはかなり古いグループに属し、人口も多く、共和連合中心部にもかなり近い距離にある。


 宙軍大はもともと人類発祥の地であるモーデス星系にあったのだが、モーデス星系が共和連合の中心星系としての役割を果たすにつれ、周辺星系の交通量が増大し、宙軍艦隊が駐留して活動するには不向きになってきたこと、宙軍の規模が拡大して地上基地の敷地及び係留施設である機動衛星が手狭になったことなどの理由から、宙軍工廠がモーデスから金属資源の豊富なカスケード星系に移されたことを契機として統合参謀本部ともどもカスケード星系に移転したのが140年ほど前のことである。

 未だに政治経済の中心地はモーデス星系にあるが、カスケード星系は軍都の色彩が濃い。


 但し、陸軍の本拠地はレマッロ星系にある。

 いずれにせよ人類種族を代表する星系の中心世界から、やや辺境のサーカス星系に赴き、更に辺境星系でもある過疎のケレンに赴任したことでベティも当初はかなり戸惑っていたものの、生来の明るさで隣近所の奥さん連中とも何とかうまくやっているようである。


 ペテロは基地長への慣例の帰還報告を済ませた後、宿舎への帰途についた。

 基地はケレンの軌道衛星にあるが、家族の住む宿舎は無論地上にある。


 軌道衛星から軍用シャトル定期便で30分、ケレンの星都ケレンディスの一角に宙軍敷地があり、同じく宙軍敷地内の片隅にシャトルの離着陸場所があるのだ。

 ケレンは星系の政治経済の中心地ではあるのだが、宙軍星系本部は十年ほど前に1.7光年離れた星系内のダレック星に移転した。


 星系本部の基地となっていた軌道衛星が手狭になったことで、ダレックに新設された軌道衛星に本拠を移したのである。

 ダレックでは、軌道衛星自体の大きさも倍近くになり、なおかつ民間の使用する軌道衛星が完全に分離しているために、機密を保ちやすいという利点があって移転したのである。


 星系本部には駆逐艦2隻、小型砲艦2隻、偵察艦4隻が駐留し、ケレンよりも規模が大きいのである。

 しかしながら星系の三分の二を受け持つ星系本部の艦艇もまたさほど余裕があるわけではない。


 星系内を64の星区に分けて40を本部が24をケレン基地が受け持っているのである。

 ケレンが共和連合の勢力圏では最も辺境にある星系の一つなのである。


 ケレンから宙軍司令部のあるカスケード星系までは270光年余りある。

 前任地サーカス星系はカスケード星系から160光年、そこへ赴任するのに普通の旅客船を使ったならあちらこちらに立ち寄ることから二月以上はかかってしまう。


 そこで、遠方に赴任する将兵及びその家族を輸送するために移動時期にはそのために建造されたともいえる甲種兵員輸送艦が大いに活躍することになる。

 あちらこちらの星系に寄り道しながらではあるが、それでも20日余りでサーカスには到着できた。


 その間の航宙がペテロとベティのハネムーン旅行であった。

 そうしてサーカス星系からケレン星系への赴任時は、子供連れになっていた。


 赴任には17日かかったのである。

 仮にケレンからカスケード星系に転勤で戻ることになれば、その逆コースになるから丸々1か月はかかるだろう。


 どこにも寄らないとしても12日は間違いなくかかるのである。

 尤も、将官の赴任に際しては特快速輸送艦が使用されることがある。


 この特快速輸送艦ならば、2倍の速度でしかも最高の待遇で赴任が可能であるとは聞いているが、あいにくとペテロには当分高嶺の花であり、あるいは生涯便乗することなど叶わないかも知れない。

 何しろ共和連合圏内に10隻しかなく、異動期は無論だが、普段でも政府要人の輸送に使われているようだ。


 軍人であれば、少なくとも少将以上か、参謀本部で特に認められた場合でなければ原則として乗せないと聞いているからである。

 乗員は30名であるが、客の方は12名、若しくは、4家族又は4グループが定員と聞いている。


 将官クラスは、概ねカスケード星系あたりに居を構えているから、地方へ転勤する際はどうしても単身赴任が多い。

 そのため、異動期には、僅かに4人の将官だけを乗せて引っ越し荷物を運ぶことも有ったようだ。


 快速輸送艦の航宙士として乗艦したことのある先輩に聞いた話では、お偉いさんばかりが乗る艦のため気遣いばかり多くて割に合わない仕事の様だ。

 宙軍将兵ではなく、旅客船のボーイ兼航宙士といった役割だと言っていた。


 ペテロの宿舎は、ケレンディスの宙軍敷地内にあった。

 宙軍基地要員の他に宙軍海兵隊300名余りもケレンに駐在しており、同隊舎と宿舎も敷地にある。


 宙軍関係者はその家族を含めると総勢で千名を超える規模であるが、この規模の宙軍基地はどちらかというと小規模な方である。

 無論、家族を含めて数十人規模の本当に小さな通信基地も無いわけではないが、大規模基地になると数万をはるかに超える規模になるから、宙軍だけで一つの都市になるだろう。


 ペテロはペテロは新任少尉の事は束の間忘れて、家路を急いだ。


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