とある宙軍将校のとんでも戦記 

@Sakura-shougen

第一章 第313管区ケレン星系区

第1話 偵察艦T R1803艦長ペテロ・ウィズリー中尉

 共和連合宙軍偵察艦TR1803号艦長ペテロ・ウィズリー中尉は、1週間後に赴任してくる新任少尉の話を基地長から聞いて、さすがに戸惑いを隠せなかった。


「何でそんな奴がうちの艦に?」


 上司に対して随分な口の利きようであるが、基地長自身がざっくばらんな男でそう言った口調を普段はむしろ部下に対して奨励しているのである。

 むろん儀式など部外者がいる場合は相応の儀礼で臨むことになる。


 赴任当初はペテロも丁寧な口調であったものが、1年も経つと礼節なんぞはどこかへ飛んでしまって無いも同然であった。

 基地長であるジャック少佐は、そうしたぞんざいな口調よりもむしろペテロが口にした言葉そのものが自分の考えだったから、思わず苦笑しながら言った。


「さぁてな、統合参謀本部の人事方針が俺にわかる筈もあるまい。」


「だって、うちのジャマンは新鋭艦じゃないし、宙軍大新卒者の配属は巡洋航宙艦以上が普通でしょう。

 優秀な奴なら、これまでは新鋭戦艦か弩級戦艦への配属と相場が決っています。」


「まぁ、そうだろうな。

 だが、何故かは判らんが、今度は違った。」


「なんてこった・・・。

 宙軍大で首席をとった奴が俺の部下だなんて・・・。

 どう扱えばいいんですか。」

 

 基地長であるジャック少佐には統合参謀本部に同期の友人がおり、そのつてで新任少尉の更なる情報を入手していたが、目の前のペテロのうろたえぶりを見るととても話すことはできなかった。

 人事部カーメル少佐の情報では、新任の少尉は宙軍大創設以来の秀才であるらしい。


 ジャック少佐の同期卒業者で最も優秀な男はガリソンであり、その卒業時の成績は38科目で総計3,238点。

 その成績で同期ではただ一人宙軍大学校長賞を貰ったのだが、話題の新任少尉の成績は、実に3,795点であったようだ。


 つまりは、ほとんど全ての学科において満点を取った男である。

 唯一、満点ではないものが通信実技であるのだが、これも実のところ急病で実技試験を受けられなかったためのものであるらしい。


 予定通りに受けられなかった場合は、いかなる事情であれ追試験の成績から5点が差し引かれることになっているのだ。

 つまりは実質的に全ての学科において満点の成績を残した男であるのだ。


 因みにペテロの成績は2.714点、ジャックで2,928点である。

 宙軍大の成績は、少なくとも卒業後十年は付いて回ると俗に言われている。


 新任少尉が宙軍、陸軍を通じて初めて統合参謀本部長賞を貰ったことは、いずれわかることではあるが、今は黙っていた方がいいとジャック少佐は判断した。


「さぁてな、お前の部下であると同時に俺の部下でもあるんだが・・・。

 まぁ、普段通りにするしかないだろう。

 今回病気で降りたエディソンの代わりが即勤まるとも思えないが・・・。

 一月もあれば慣れるだろうさ。」


 エディソン・マクレガー一等准尉は、宙軍兵卒から特任士官になった叩き上げの男であり、年齢は34歳、ペテロよりも年上の経験豊富な優秀な男であった。

 エディソンの持病のが悪化して、遂に乗船不可の診断が下されて下船したのが十日前のことである。


 そのため、基地長経由で穴埋め人事をお願いしていたのである。

 ペテロの指揮する偵察艦TR1803は11名乗り組みであり、長期行動は難しいが通常二、三日の予定で第313管区ケレン星系区にある基地周辺宙域の警戒に当たっている。


 尤も、管区司令部の指示で、他の基地又は隣接する辺縁星系に派遣されることもあるが、それでも五日以上になることは滅多にない。

 もともと11名で24時間体制の勤務は厳しい。


 艦長を除き三名ずつの立直で三交代、一人は食事造り等雑用に回さなければならない。

 そんな中でベテランの古参准尉が抜けるとなれば大打撃である。


 エディソンを下船させてすぐに、偵察艦TR1803通称ジャマンは、二日の巡視行動に出たが、当然のように艦長が当直に入らなければならなかった。

 この基地には余分の人員などいない。


 5隻の偵察艦と小型砲艦一隻の配置であり、基地職員は基地長と副長を除いて事務方7名が居るだけである。

 同様にぎりぎりの定員である他の艦から応援を求めることも出来ないし、操船などしたことも無い事務方を乗艦させることも出来ないのである。


 宙軍大の卒業式はおよそ一月後であり、それまで待てば玉突き人事で誰かが来るだろうとは思って居たが、その宙軍大卒業式前にまさか新任少尉が配属されるとは夢にも思って居なかった。

 おそらくは異例の人事であるはずだ。


 これまで欠員のまま二回の巡視活動に出たが、予定では新任少尉が赴任してくるまでにジャマンはもう一度三日間の巡視行動をしなければならなかった。

 この次にジャマンが入港した時には、新任少尉が着任しているはずである。


 おそらく、新人教育は、艦長自身がしなければならないだろう。

 他の二人はいずれも准尉であり、特任士官であって宙軍大卒業生ではない。


 しかもその二人が大事な当直士官であるのだから、余計な任務を課すわけにも行かないのだ。

 つまりは、しばらくペテロが新任少尉と同じ当直に入って指導をしなければならないと言うことである。


 基地長のジャックは、その期間がほぼ一か月と言ったのである。

 一か月あれば、少なくとも四回から五回の巡視行動がある。


 その間に艦の全てを把握するのは普通の新任少尉ならば先ず無理である。

 多少気の利いた者でも普通ならば二カ月や三カ月はかかるものだ。


 ペテロ自身の経験でも、新任少尉で着任したのは巡洋航宙艦だったが、艦の全容を把握し、上司や部下の機微きびを把握するまでに半年以上かかったものである。

 だが、一方でジャック少佐は一カ月で独り立ちさせよとペテロに婉曲えんきょくに告げたのである。


 巡洋航宙艦には艦長である中佐以下250人からの乗員が乗っているのだから、顔と名前を覚えるだけでも結構かかるものである。

 偵察艦はその点人数が少ないが、ある意味で共和連合が凝縮された世界でもある。


 所謂人類種族は現状で三名だけである。

 通信担当のカブス人が三名、砲術担当のダッカム人が一名、操舵担当でムレディア人、ビアク人、ノルデン人が各一名である。


 これらはモーデスを母星とする人類種族が植民版図を拡大する中で出会った異人類種族であり、いずれも人類に比べ文明がやや遅れている種族であった。

 共和連合に組み込まれて以来、人類種族の支援を受けて、今ではれっきとした航宙種族となっている。


 但し、自前で恒星間航宙船を建造できる異人類種族は極僅かであり、ほとんどが人類種族から購入した中古船を使っているのである。

 何らかの形で宇宙に進出できた異人類種族は共和連合の構成種族として、宙軍の編成にも相応の負担をなした。


 その場合、経済的負担は難しいので主として人的資源の供給である。

 かくして共和連合の宙軍艦艇は人類種族と異人類種族の混乗が進んだのである。


 一応船内で通用する言語は、共和連合標準語であるから意思疎通に支障はないし、食べ物についても汎用常用食があることで、人類種族の食事であっても。あるいは異種族の食事であっても、乗員が食することができるから問題は無いのだが、それでも各種族の禁忌や性向などは混乗化が始まって百年余を経た今でもお互いに不明の部分も多いのである。

 新任少尉が乗艦することで人類種族は四人、それが全員ジャマンの士官なのである。


 これまで異人類が共和連合宙軍偵察艦の士官になった例はない。

 巡洋航宙艦以上になって初めて、異人類の士官の例があるだけである。


 宙軍大は異人類種族にも門戸を開いているのだが、今のところ合格者は出ていないようだ。

 何せ応募者が採用人数の500倍を超える狭き門だから、異人類が合格するのはかなり難しいのである。


 従って、今のところ異種族の士官は中小型鑑では特任士官のみであるが、弩級艦には異人類の佐官クラスも存在するので、優秀な者も居ると言うことではある。

 ペテロ艦長は、基地長から渡された新任少尉の身上調書の紙面に再度視線を移した。


 新任少尉の名前はスティーブ・ロンド・ブレディ。

 共和連合暦年齢で23歳の男性である。


 宙軍大は、普通大学の卒業生から進学するケースが多いのだが、スティーブもその例である。

 履歴調書によれば、スティーブは、マケドアン星系の主星であるクルードで生まれたようだ。


 マケドアン星系のカンブリオ大学を卒業し、大学院に2年在籍、その後宙軍大に入ってきている。

 因みにカンブリオ大学は、共和連合の人類種族の間では名門大学の一つとして名が知られている。


 宙軍大では飛び級制度は無く、丸々三年も在籍しなければならないから宙軍大にスティーブが入った時は20歳の筈である。

であれば、飛び級を重ねて大学に進学した口であろう。


 カンブリオ大学に入学したのが16歳、四年制大学でありながら二年後に18歳で大学を卒業、大学院も20歳で終業している。

 大学院は、通常三年若しくは五年であるのだが、中退とは記載されていない。


 その意味は、何らかの博士号を取得して、大学院も修了している可能性が高い。

 取得資格の欄に記載されているのは、宙軍内部の資格のみであるが、記載欄に収まり切らず、末尾にその他と記載されている。


 ハードコピーでなく、電子ファイルならば、全ての資格情報が記載されているだろう。

 ただ、紙面に記載されている資格だけでも宙軍では最上級の資格であることがわかる。


 格闘術特上級や射撃特上級などを取得しているから、少なくとも頭でっかちの秀才ではなく、軍人としてもかなり優秀な人物であることが伺える。

 因みに射撃では三種類の銃器を用いて、各百発の射撃で、平均95点以上の得点を取らねば特上級は貰えない。


 航宙術はAAAの資格を持っているから、かなりの確率で超弩級艦の艦長にもなれるだろう。

 因みにペテロはAACであり、艦長になれるのは巡洋戦艦までである。


 弩級艦や超弩級艦には宙航士では乗れても航海長や砲術長では乗れない資格なのである。

 そもそもAAAの資格を有する者は宙軍全体でも百人に満たない筈である。


 その内24名が現存する超弩級艦の艦長になっており、34名が既に艦長を歴任後、将官になって参謀本部勤務になっている。

 更に残り40名ほどが未だ現役の宙軍士官で艦長候補として控えているはずである。


 宙軍大卒業生は毎年800名を超えるが、AAAの資格を取得できる者は精々一人か二人であり、ペテロの同期には居なかった。

 スティーブの身長1.32ヤールは、人類種族としては大きい方であるが左程大きいと言うほどではない。


 体重65モンドも身長に比べ重いわけではない。

 おそらくは中肉中背の痩せ型の男をひとまわり大きくした体形と言っていいだろう。


 銀髪、碧眼はマケドアン星系では、比較的珍しい特徴である。

 マケドアン星系に隣接するガレンド星系には同じような特徴の種族が多数居住しているから、あるいはその系列の縁者かも知れない。


 読めば読むほど何故これほど優秀な男が辺境星系の偵察艦にしか過ぎないジャマンに赴任してくるのかが分からなくなる。

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