Ep.6 -魔王と勇者は闘病中の女性と出会う:前編-

「朝から散歩をするのも、たまにはいいわね」

「そうだね」

 私もエリスも、今日はいつもよりも早く起きたから散歩に出ている。

 まだ朝焼けの空、平原を吹き抜ける風が心地よい。

「…ん…?ねえルーシー、あれ」

 その平原を歩いていると、エリスがふと足を止めてそう言う。

 エリスの指の延長線上に目をやると、魔獣に囲まれている一人の青年が目に入る。

「助けに行こう、ルーシー」

「えぇ、そうね。【疾走強化スプリント・エンハンス】」

 走力強化の魔法を掛けて、青年の方へと走り出す。



「グルゥッ!」

「あがっ…っ!」

 逃げようとした足を爪で引っ掻かれる。足に猛烈な痛みが走って、その場に倒れてしまう。

「ガルルル…!」

 『絶対に獲物を狩る』と言わんばかりの鋭い眼光を俺に向けて、その狼達はジリジリと俺の方へとじみ寄ってくる。

「ひぃっ!?やめろぉ!やめてくれぇ!」

 その狼達の1頭が大きく口を開けて、俺の方に飛び込んでくる。顔を守るように腕を前に出して、恐怖のあまり目を閉じてしまう。

 ―――嫌だ、死にたくない!アンナの病気に効く薬の材料がやっと手に入ったのに…!

「嫌だぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 ―――…あ、あれ…?俺…生きて、る?

「…よっと…。大丈夫ですか?」

 片目を薄く、ゆっくりと開ける。俺を食おうとした狼は、俺の前に立つ少年の前に倒れていた。

「怪我、してるわね。回復魔法をかけるから、じっとしていて」

 後ろから聞こえてくる、少し大人びた女性の声。

 俺の体が淡い黄緑色の光に包まれて、足の傷は無かったかのように元通りになっていき、痛みも引いていく。

 その間、少年は周囲の狼達と戦っていたが、終始少年の方が優勢だった。


 暫く戦った後、実力差を察したのか、狼達は逃げ去って行った。



「すまない…本当にありがとう…」

「いえ、お気になさらず」

 …この草…確か…。

「あの、この草は?」

「あぁ、これか?これは吸魔草ドレインリーフだ。…俺の嫁が、魔力疾患を患ってな」

 魔力疾患…。

 体の許容量を超えて、魔力が過剰に生み出されることによって、様々な症状を引き起こす疾患…よね。死に至る可能性も十二分にあるはず。

 それに治す方法はまだ、見つかっていない…。

「魔力疾患で発生する膨大な魔力を、吸魔草ドレインリーフから作った薬で吸収してんだ。…毎日毎日、苦しそうなアンナに何かしてやりたいからな…」

「…そうなんですね。…また魔獣に襲われたら大変ですし…もしよかったら、僕達がついて行きましょうか?」

「いいのか?ありがとうな」

「いえ」

「…っと、名乗ってなかったな。俺はロカだ」

「えっと、僕がエリスで、こっちが僕の嫁のルーシーです」

 …なんだか、改めてエリスから嫁と言われるとなんというか…少し嬉しいわね…。




 無事にロカさんを家の前まで送り届けて帰ろうとしたら、ロカさんが『お礼をさせてくれ』と言ってきたので、家にお邪魔させてもらった。

「すまないが、少し待っててくれ…アンナに薬を飲ませるのが先だからな」

「…あの、もしよろしければ…アンナさんの容体…僕達にも見せていただけませんか?」

「…あぁ、分かった。ついて来てくれ」

 ロカさんについて行って、ロカさんの家の二階、アンナと書かれた掛け看板のドアの前に着く。

「アンナ、入るぞ」

 ロカさんはアンナさんの部屋の扉をノックをした後、ドアを開けて部屋の中に入る。

「は…はぁ…っ…はぁっ…」

 ベッドに横になって、苦しそうに、不規則に息をしているアンナさんが目に入る。

「…これで少しはマシになるはずだ…アンナ、薬だぞ」

 ロカさんがベッドで横たわったままのアンナさんのすぐ横の床に座り、吸魔草ドレインリーフを乾燥させた粉末…吸魔剤ドレインサブスタンス。魔力を一定量吸収する薬をアンナさんの口の中に入れて、水を含ませて、薬を服用させる。

「…はぁっ…は…はっ…はぁ………ぁ…」

 息苦しそうな呼吸音は次第に静かになり、アンナさんがゆっくりと目を開く。

「アンナ…」

「………ロ…、カ…」

 アンナさんは少しだけせき込んだ後に、ゆっくりとロカさんの名前を呼ぶ。

「…ルーシー、取り敢えず二人きりにしておこう。ロカさん、僕達は一階にいますね」

「あぁ…すまない」




「…ねえ、エリス。…アンナさんの容体…あれはもう、魔力疾患の末期症状…よね」

「そうだね…」

 あの容体ではもう、助かることは無いだろう。

 吸魔剤ドレインサブスタンスで症状を和らげたとしても、それはあくまで進行を遅らせただけで…。

「…ロカさんは、気付いてるのかな?」



「…なあ、アンナ」

「どうし、たの…ロカ…?」

「…本当に、助からない、のか?」

「えぇ…この薬も…ただ進行を遅らせてるだけに……過ぎないんだから…」

 咳混じりの声で俺の疑問に答えるアンナ。

 分かってる、分かってるさ。もう助からないってことぐらい。でも…納得したくねぇんだ。

「悪い…アンナ。俺…ちょっと外の空気を吸ってくる」

「…えぇ、いってら…っしゃい、ロ、カ…」

 咳をしながら、俺を微笑んで見送ってくれる。苦しいはずなのに、笑顔で。


 一階に降りる。俺を助けてくれた二人を無視して、俺は外へと逃げるように出ていく。

 アンナが死ぬかもしれない。今は、その現実から逃げたかった。


――――――――

作者's つぶやき:魔力疾患、かなり恐ろしい病気みたいですね。多分あれですよね、息をしたら気管支や肺が途轍もなく痛むとか、そんな感じですよね。苦しんだ先にあるのが死って、些か可哀想だなぁ、と。

そう思いますね。吸魔剤ドレインサブスタンスも、本文中にある通り進行を遅らせるだけで、直接的かつ効果的な対処法ではないんですよね。

副作用とかを考慮せずに例えるのなら…抗がん剤、ってところでしょうか。


あ、闘病経験が無いので主観で執筆しています。温かい目でご覧ください。

――――――――

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