Ep.3 -魔王と勇者は天龍族を視察中:後編-

 エリスのその言葉に、私は驚きの声を零し、天龍族の若者達に向かう足を止める。

 …仲間想い?

「どういうこと?」

「その、人たちは…密漁の被害を減らそうと…してるんだ」

「勇者様、今回復魔法を…」

「うん…ありがとうフェルシー」

「―――ヒール」

 淡い黄緑の光がエリスを包んで、傷を癒やしていく。

「だから…その人たちは悪くない。…僕を殺す気も、無かったみたいだし」




「…ゆ、勇者様!ほんっとうに申し訳ございません!」

「いや…大丈夫ですよ、頭を上げてください」

「で、でも…」

「そもそも、この場合僕が勘違いされるような行動をしてたことが原因…ですよね?」

「い、いやぁ…」

「まさかとは思うけど…人族だから全部密猟者だ、なんて思ってたわけじゃないでしょうね?」

「い、いえいえいえ!、そ、そそそんな…」

 …すごく動揺してる。図星かしら。

 …まあ、でも、エリスは怒っていないみたいだし、これ以上詰めるのはやめておきましょう。

「…二度目は無いからね」

「は、はいぃ…」


「…勇者様、魔王様、先ほどのお詫び…と言っては何なのですが…1日だけでも泊まっていってくれないでしょうか?」

「らしいけれど…どうする?エリス」

「フェルシーも故郷でゆっくり過ごしたいだろうし、僕は賛成かな」

「じゃあそうするわ」

「えぇ、分かりました」


「そう言えば今更ですけど…天龍族って基本的に人間態で生活してるんですね」

「そうですな、その方が必要なスペースが小さく済むゆえ、日常生活の大半は人間態です」

「なるほど…」

 そして村長に案内されるがまま、宿へと到着した。




「…ねえ、エリス。少し、昔の話をしましょう」

「え?うん…良いけど…どうしたの?急に」

「いえ…気になる事があって」

「そうなんだ…」

「何故、エリスは私を倒さなかったの?」

「………僕、あの時さ…湧き出る殺意を抑え込むので、結構精一杯だったんだ」

「え?」

「…魔族の軍が、一番最初に攻めたのはどこだったか、覚えてる?」

「…エルノア…だったかしら」

 その侵攻で地図から姿を消した街、だったはず。

「そう。…そこが…僕の故郷。イスタの率いた軍に、僕の家族を皆殺されたんだ」

「………」

「僕が良く行ってたパン屋さんの人達も…仲が良かった友達も…みんなみんな、その侵攻で魔族に殺されたんだ。………ごめんね、こんな暗い話…」

「…続…けて」

「…だからさ、本気で憎んだ。ルーシーの事も、魔族の事も。でも、憎んでいがみ合ったところで、世界は平和にならない。…どっちかが、憎しみを断ち切らなきゃ。そう思ったから…、だから、剣を抜かなかったんだ。もし。剣先をルーシーに向けたら…攻撃してしまいそうで怖かったから…ね」

 ………。

「まあでも、今はルーシーの事本気で好きだけどね」


 …そう、あの時は…まだお互い、敵同士。


 …いがみ合って、殺し合っていた。


 …でも…今は…。


「…ごめん、ルーシー、先に…寝るね。…おやすみ」

「…えぇ、おやすみ…エリス」




 …言い表せない感情が、思考の中に渦巻く。


 隣には、いつもと変わらない寝顔で眠るエリス。


「………お…かぁ…さん」

「…っ」

 エリスのその寝言に、胸が締め付けられる感覚を覚える。


 …そう、これは罪なのだ。


 背負っていかなくてはいけない、罪。


「…エリス…涙が」


 窓から差し込む月明かりに、エリスの涙の粒が反射していた。


 ベッドのシーツに皺ができるほど、拳を強く握っていた。


 過去の私を、殺してしまいたい気分だ。




 ―――灰すら残さず焼いた。


 イスタからその報告を聞いたとき、当時の私は作戦の成功を喜んでいた。


 今幸せだから、いいかな。


 そんなふざけたことは言えなかった。




「魔王様、どうされたのですか?」

「…フェルシー」

 上手く寝付けなくて、エリスを起こさないようにそっとベッドから出てリビングのソファに座っていると、フェルシーが声を掛けてくる。

「…いえ…特に、何もないわ」

「…魔王様、飲み物、何か要りますか?」

「…今は、要らないわ」


 胸が締め付けられて、苦しい。


 エリスは、きっと私達の所為でとても辛い思いをした筈だ。


 それなのに、私たちに矛先を向けなかった。


 憎まれて当然。


 恨まれて当然。


 …嫌われて、当然。


 それなのに。彼は私を、私達を愛してくれている。


「ねえ、フェルシー」

「はい、なんでしょうか」

「エルノア…って、覚えてるかしら」

「はい。イスタルテが一番初めに壊滅させた都市であると記憶しています」

「…そのエルノアが、エリスの故郷らしいの」

「………そう…なのですね」


「そういえば、フェルシーはエリスと戦った時、なにか思ったことはある?」

「…当てられる攻撃を当ててきませんでした」

「それは、無力化するため?」

「いえ…確実に当たらない攻撃にだけ、明確に殺意を感じました。恐らくは、魔族への憎しみを抑えるためでもあるのでしょう」

「…本当に、優しいわね。エリスは」

 彼は魔族にも、人族にも、手を差し伸べる。勇者と言う者は、お父様が言うに最大の兵器。

 だけれど、今の私が思う勇者とは、皆に救いの手を差し伸べる者。たとえそれが、自分自身の大切な人を殺した相手だとしても。


――――――――

作者's つぶやき:エリスくんは優しいのでしょう…恐らく。

優しくない…という事はないと思います。それなりに優しく書けているとは思います。

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