第5話 間男はどっちだ?【ざまぁ】
妻が自殺をした。
不倫をして裏切っていたくせに、バレた瞬間に罪悪感に耐えきれずに死を選んだのだ。
不倫相手よりも僕を愛していると言っていたくせに、僕と息子の陸を愛していると言っていたくせに、なんて無責任な——……。
「パパ、ママは? ママに会えないの?」
「陸……今はママには会えないんだよ。寂しいかもしれないけど、今はパパと一緒にいような」
まだ甘えたい盛りな年頃だというのに、泣きじゃくりながら縋ってきた陸を抱き締めて、僕は顔を埋めた。
その後、僕は莉里那の不貞の相手、誠二のことを調べた。
驚くことにそいつは、以前に父親の会社へ融資をしてくれた銀行員だった。そいつ自身にも家庭があり、莉里那と変わらない歳頃の娘もいて、孫も何人かいるとか。
殺意が芽生えた——……。
殺してやりたかった。
莉里那の状況を知らない奴は、変わらず会いたいと連絡を寄越してきたので、僕はこう送ってやった。
『会って話がしたいです。部屋まで来てくれますか?』
そして僕は、誠二という男と対面することとなった。
全部ハッキリさせよう。そしてキッチリと制裁を受けてもらおう。どんな理由があったとしても、許されることではないのだ。
何も知らずにチャイムを鳴らす誠二。
僕がドアを開けた瞬間、身構えて逃げようとしてきたので、腕を掴んで引き止めた。
「逃げるな、卑怯者。お前が莉里那とデキているのは知ってるんだ。悪いことをしている自覚があるなら、ちゃんと償え」
「くっ、貴様ァ……! 私はカド銀行の次期重役だぞ! こんなことをしてタダで済むと思うなよォ!」
「それならアンタがしてきたことを全部、世間に明るみにしてやろうか? 悪いが全部証拠は残してあるんだ。何度も何度も妻を嬲りやがって……! 僕や妻だけじゃない、お前のせいで息子の陸も! どれだけツラい思いをしているのか分かっているのか!」
明らかに分が悪いのはお前の方なんだ。
怯むことなく誠二に話し合いを勧めた。そもそも示談で済ませるつもりはないけれど、コイツの出方次第では一番最悪な方法は免じてやってもいいとは思っていた。
観念した誠二は、渋々と部屋の中に入り、リビングへと入っていった。
水に流してと言っていたものの、結局コツコツと証拠を集めていたことが結果的に役に立った。おかげで胃に穴が開きそうなほど痛みをうけてしまったが。
そんなことよりも、なぜ莉里那とコイツが?
すると莉里那が頑なに守っていた理由を、この男はペラペラと語り出した。
「ことの発端はお前の父親の事業だよ。お前のオヤジへの融資、あれは元々お前のお袋さんに頼まれてゴーサインが出たんだ。お前のお袋さんは俺とデキてたんだよ」
目の前のがぐらんと揺れて、今にも倒れそうなほど不快だった。この男、莉里那だけでなく母にまで手をつけていたのか……!
「でもお前のお袋が病気になって、融資を切ろうとした時、お前の妻が私に頼み込んできたんだよ。『自分が身代わりになるから、このまま融資を続けてほしい』ってな」
「——は?」
何だ、それ……?
そんな話、何も聞いていないぞ?
そもそも融資を受け続けなければならない程、父の会社は成り立たないのか?
「お前の妻は、お前を家庭を守るために身を差し出したんだよ。健気っていえば健気だけどよォ? 実際は私に惚れ込んだ可能性も高いんだがな。証拠を残しているなら分かるだろう? 莉里那は私に抱かれている時、本当に淫乱でエロくなるんだ。何度も何度も中に」
「黙れ、この糞野郎。テメェがどれだけ卑屈で最低な野郎なのかがよく分かった」
だが、ちゃんと話してくれた分だけ温情はかけてやろう。
その言葉に誠二は安堵の表情を見せていたが、それはお前の基準であって、僕基準の社会的抹殺をやめる気は毛頭なかった。
「今、この場で滅多刺しにして
「ま、待て! そんなことをしたらお前だってタダでは済まないぞ? そもそも私がクビになったらお前の父親の会社の融資だって!」
「母や莉里那を犠牲にしてまで続ける事業じゃない。俺が父に話して引導を渡してやるよ」
その言葉に青褪めてガタガタと震え始めたが、開き直ったのか誠二は負け惜しみのように最低なことを口にした。
「お前が息子だと信じて育てている子供だがな! そいつは俺の子だ! 俺と莉里那の関係はお前らが結婚する前から続いているんだからな! どうだ、愛していた息子が他の男の子だって知って! 苦しいだろう、悲しいだろう? 全部、全部、馬鹿みたいに思えてくるだろう‼︎」
——一瞬、あまりの非道さに言葉を失ってしまったが、僕は大きな溜息を吐いて、誠二に事実を突きつけてやった。
「莉里那は普段、ピルを服用していたようだ。万が一、お前の子を孕まないようにとな」
「な……っ! けどそれだとお前とも子供はできないだろう? 現に子供がいるってことは、俺の子の可能性だって!」
「陸は俺の子だ。ちゃんとDNA鑑定もしている。病院にも問い合わせたんだが、丁度陸が出来た頃、彼女は頻繁にアフターピルを処方してもらっていたらしい。お前との子供を妊娠しない為にだよ」
彼女が言っていたように、莉里那は僕を愛してくれて僕の子を産んでくれたのだ。
コイツはずっと陸を自分の子だと信じていたようだが、騙されていたのはコイツの方だったのだ。
「随分、莉里那に金を貢いでいたようだけど、残念だったな。地獄に堕ちろ、この糞野郎!」
その後、誠二は銀行をクビになり、家族からも見放され孤独な身となったようだ。それどころか不貞を許しきれなかった家族が、毎日のように暴力を振るい、サンドバックと化したとか……。
一方、僕らの方も無傷とはいかなかった。
近所にも莉里那の不貞の噂が広まってしまったし、陸も影口を言われていじめられるようになってしまった。
そして全てを知った父も事業を廃業にし、自己破産を選択した。
ちなみに誠二が言っていた融資の件は、最初の数年だけで、実際は甘い汁を吸うために誠二が
そう、莉里那はただ誠二と母の不貞の生贄に差し出されただけだったのだ。
そして僕も職場に莉里那が自殺をしたことが知られてしまい、以前のようには過ごせなくなってしまった。
だから僕らは全部をリセットして、誰も知らない場所に移り住むことにした。
幸い、非常階段から飛び降りて重傷を負った莉里那も、一命を取り留め日常生活にも支障がないほど回復をした。
陸も母親に甘えることができて、とても幸せそうだった。
だが当の本人は、いつも申し訳なさそうに俯いて歯を食いしばりながら、謝罪の言葉を口にしていた。
「私……っ、真人さんのことをずっと裏切っていたのに。もう、あなたに合わせる顔がない」
確かに、いくら時が経ってもあの日の莉里那の声は忘れられそうもない。
それでも僕は、莉里那の手を取って歩き続けたいのだ。
「僕は君と、陸の成長を見守り続けたいんだ。それはきっと僕らにしか出来ないことだし、それが一番だと思っている」
「でも、私は」
「きっと陸が大きくなった頃には、僕も君を許せるようになっていると思うはずだ。僕に対して申し訳ないと思うならば、ずっと僕らの傍にいてくれ」
その言葉に、彼女は我慢していた感情に耐えきれず、崩壊したダムのように泣き喚いた。
そもそもことの発端は僕の両親が原因なんだ。責めるどころか感謝して償わなければならないのだ。
「愛してるよ、莉里那。僕には君が必要なんだ」
「真人さん……っ! ごめんなさい、本当にごめんなさい」
強く固く抱き合った僕らが気になったのか、離れていた場所にいた陸もそばに来て、三人でギュッと抱き合った。
「これからは秘密ごとはなしにしよう。どんなことでも相談しあって、共に解決していこう」
そう、これは僕らの再構築のお話。
以前のように妻のことは愛すことはできないけれど、僕らは再び家族となって歩むことを選んだ。
後悔する日も訪れるだろう。
別れれば良かったと思う日も来るだろう。
だが、これが僕の選んだ
———……★ 完
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