第5話

 相手を大事に思うがために、イレギュラーなことが今回は起きたけど。

 でも、それでも大事にしてくれる人と出会えるだなんて、とても奇跡でしかない。

 こんなにも相手を大事にしてくれる人と出会えてよかった。そう実感していると、電話では話した彼のお母さんがやってきて、改めて自己紹介した。

 態度が気に入られたのか、お母さんはずっと慧くんによく似た笑顔で会話をしてくれた。



「こんなにも可愛らしい彼女が出来ただなんて。電話でも思ったけど、しっかりした人じゃない。慧? 絶対逃がしちゃダメよ?」

「それ、さっき宣言した」

「あら、やるじゃない」

「あ、あの……わがまま言ってすみません」

「いいのよ。あ、うちにも是非遊びに来て? お父さんにも紹介したいわ」

「は、はい」



 まだ付き合い立てなのに、家族公認みたいになってしまった。だけど、慧くんのお父さんは登山事故で数年前に亡くなってしまっていて、実際に紹介されたのは……彼が退院してから実家にお邪魔した時の、仏壇の写真だったけれど。



「山に入ったら雨に降られて……地盤が崩れて、そのまま落下したんだ」

「……それでも、雨が好きなの?」

「最初は嫌だった。けどさ、嫌だったのに……一周忌の時に窓の外で雨が降ってるのを、ずっと見てたんだ。父さんを殺した雨なのに、静かで穏やかで……だから、全部を悪いもんだと思うのをやめたんだよ。正義にはしてないけど」

「……そっか」



 私にはそんな辛い過去はない。

 ないけど、今の慧くんを形作ってきたものを共感出来る『心』はある。慧くんがどれだけ辛い思いをしてきたか……全部は共感出来なくても、彼自身を事故で失うかもと思ったあの瞬間の痛みとリンクさせたら、少し理解出来た気がした。エゴかもしれないが、私にとって慧くんは何よりも大事だから。雨上がりの匂いを好きになってくれた存在以上に、彼を愛していたから。

 それと、今日もたまたま雨の日だった。ぽつぽつ、とガラス窓に付く水滴は細かく綺麗だが、どこか切ない。

 止む時間は数時間後の夕方だ。夏の湿度と相まって、雨上がりのいい匂いもするだろう。仏壇にもう一度、慧くんと出会わせてくれたことのお礼を告げてから……二人でお母さんとランチを作る手伝いをした。

 ささやかだが、雨の日の穏やかな過ごし方だと嬉しくなり……そこから、うちの家族ともお付き合いをすることになって、大学卒業を機に本当の家族になった。

また雨の日に慧くんからプロポーズをされたのだ。雨のカーテンが開けたあの瞬間、婚約指輪を準備していたのにもたつく彼の慌てようが可愛かったのを覚えている。

 結婚式は六月のジューンブライトよりも雨の日のために狙ったが、本当にそうなるとは思わず。

 参列者は憂鬱だと思ったようだけど、主催の私たちはとても嬉しくて……披露宴終わりに雨が上がってから、衣装を汚さないように気をつけて雨上がりの匂いを堪能しに行ったのだった。

 むせかえる、空と緑の幸せな匂いを嗅ぎに。

 そして、雨の軌跡から生み出される空のカーテン……『虹』が見えた時は夫となった慧くんと大声で笑い合った。

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雨上がりが好きの種類 櫛田こころ @kushida

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