第6話


店のドアが開いて入ってきたのは賢そうな顔をした男の子。


「おはようございます、アーシャ先生」

「おはよう、リック。先生は要らないって何時も言ってるでしょう?」


アーシャは苦笑しながら、本から顔を上げた。

が、リックは何も言わず、椅子に座る。


「アーシャ先生、昨日の宿題してきました。見て下さい」


カバンからノートを出し、広げる。

あくまで自分の姿勢は崩さない。

リックは10歳。

キャシーとはほんの一つしか違わないのに、来年キャシーがリックのようにならないのは目に見えている。

きっと二人は対極にいるのだ、とアーシャは思っている。

アーシャはテーブルに向かい、ノートを見ながら笑顔になった。


「………はい、良く出来ました。リックにはもう少し難しい問題の方が良かったかしら?」

「ぃえ。でも今日はそうして頂ければありがたいです」


アーシャはいつも笑いをこらえるのに懸命だ。

その子どもらしくない口調は父親譲り。

リックの父はアーサー付きの衛兵の一人。

衛兵だから腕っ節は強く、荒っぽい事も得意だが、一方である程度の教養も必要とされる。

アーサーや、時には国王とも話す為、その態度も口調も落ち着き、洗練されているのだ。

リックはその父を尊敬し、いつかは彼と共に働きたい、と願っている。

が、荒っぽい事はどうも苦手なようだ。

最近では文官として働く事も視野に入れ始めた。

文官となるには、多くの知識と先を読む知恵が必要となる。

だからリックは、アーシャが出す宿題もきちんと家で終わらせてくる。

日々新しい事を学び、蓄える事にリックは力を注いでいた。


「では、今日はこの問題の解き方を勉強しましょう」


アーシャはリックのノートに問題を書く。


「先生、自分で解いてみていいですか?」

「えぇ、もちろんよ。頑張って」


リックは筆箱から羽根ペンを出し、アーシャが用意していたインク壺に突っ込んだ。


「おはようございまぁす」


しばらくして店に入ってきたのは、ビル。

4つになる花屋の息子だ。


「アーシャ、宿題するの忘れた。ここでやっていい?」

「えぇ。リックの隣に座って」


ビルは椅子を引きながらリックのノートをちらっと見て、目を丸くした。


「アーシャ、リックのノート、呪文が書いてある」


アーシャはくすくす笑いながら頭を振った。


「違うわ。あなたにはまだ教えていない文字よ。あなたがリックくらいの年になったら……多分、分かるようになるわ」


ビルは、ふーん、と言いながら手に持っていたノートを広げた。


「さ、宿題して」


アーシャはビルにインク壺を渡した。

アーシャの店に来る子ども達は貧しい家庭の子が多い。

ノートはもちろん、羽根ペンやインクなどはアーシャが用意したものだ。

誰でも気兼ねなく来て欲しい、というアーシャの気持ちだ。


「え~~っと………これが“A”………これが“B”………」


ビルは言葉を口にしながらノートに書いていく。

アーシャはその様子を見ながら幸せな気分になる。

その後、子どもの数はぼちぼち増え、1時間もすると用意した椅子は埋まった。

お使いから帰ったキャシーも戻って来てノートに向かっている。


アーシャは午前中、2時間程店で学校を開いている。

薬を買う客も出入りし、結構忙しい。

学校に来る子ども達の年齢はもちろん、学んでいる事も習熟度もバラバラ。

リックのように朝から昼まで勉強しっぱなしの子は珍しく、集中力がもたず、あっという間に帰っていく子も多い。

家庭の事情というヤツも相まって、入れ替わり立ち替わり。

今日は席が埋まったが、半分埋まらない事もある。

それでも。

アーシャはこの学校を辞める気はなかった。

この学校はアーシャと町の人を結び付けてくれた。

アーシャが学校を始めたきっかけはキャシーの母、マーサの一言だった。

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