アーシャの周りの人々
第5話
アーシャが店に薬瓶を並べ表の鍵を開けると、すぐに戸が開けられた。
「アーシャ、出来てる?」
駆けこんできたのは女の子。
可愛らしい顔をしているが、そのピンク色の髪はくるくると渦巻き、まるでストロベリーソフトクリームのようだった。
小柄なのと、その性格の所為で4、5歳に見られる事が多いが、実は9歳。
親がそろそろ落ち着いて欲しい、とため息をこぼす程のお転婆だ。
「おはよう、キャシー。出来てるわよ、もちろん」
アーシャはのんびりした様子でカウンターの奥に行く。
「アーシャ、急いでよぉ。早く、早く、薬出して」
キャシーはアーシャの背中を押し、カウンター越しに手を伸ばす。
アーシャは笑わない様に表情を引き締めながら、棚から大きめのガラス瓶を出した。
1日1度、2口服用。
10日分が入っている。
「はい、どうぞ」
「ありがとっ!」
キャシーはアーシャから瓶を受け取ると、すぐに蓋を開け、中身を一口飲んだ。
こくん、と薬が喉を通るとすぐに変化が。
ソフトクリームだった髪がすとんと落ち、腰まで届くストレートになったのだ。
「よかったぁ………」
キャシーは頭を触って、心底ほっとした顔をした。
もう一口飲むと瓶に蓋をしてカウンターに置き、ポケットの中をごそごそ漁る。
「……ぁれ?ない?………ぃや、こっちの………」
キャシーは焦った様にエプロンやスカートのポケットに手を入れ、着ていたマントをばさばさ振った。
アーシャはその様子を見る度に口元がほころぶ。
またマーサが持たせた薬代を忘れたのだろう。
「キャシー、もう良いわ。マーサはまたお金を預けたのね?要らないって、いつも言ってるのに」
マーサは自分が薬代を持ってきてもアーシャが受け取らない事を知っている。
だからいつもキャシーに持たせるのだが、それを彼女は忘れてくるのだ。
「違うの。今日は持ってきたの。しかも私が稼いだお金よ。一週間ママの手伝いして小粒銅貨もらったんだ。絶対アーシャに渡そうと思って、おやつ我慢したの。………ぁ、そうだっ!」
キャシーは肩から掛けていたカバンの中から筆箱を出し、その中から小さな銅貨を出した。
「ほらね。これで足りる?」
小粒銅貨は子どもの駄賃に使う硬貨だ。
飴玉やグミなど駄菓子を買うのにちょうどいい。
まぁ、いくら安い、と言ってもアーシャの作った薬の対価として、到底足りるものではないが。
だが、アーシャはお金にこだわっていない。
キャシーは10日ごとに朝早く店に駆け込んでくる。
頭の上のソフトクリームを誰にも見られない様に。
その愛らしい姿を目に出来るだけで、アーシャは満足なのだ。
それでも、ここでキャシーの申し出を断るのは酷だ。
代金を払う為に母親の手伝いをしたのだから。
誘惑に負けずに小粒銅貨を持ってきたのだから。
アーシャはキャシーの手から小粒銅貨を摘み取った。
「もちろんよ。これで……マーサのタマゴパンを買おうかしら」
「うん!ママのパン、美味しいよ。私、今日も手伝うんだ。だから、きっといつもより美味しいはずだよ」
キャシーは顔をほころばせる。
「じゃぁ、最近、お店のパンが美味しくなったのはキャシーのおかげだったのかしら?マーサに私の分取っておいてもらわなくちゃ」
「私が持ってきてあげる。アーシャはお店にいて」
キャシーはカウンターの前でぴょんぴょん飛び跳ねる。
キャシーはもうタマゴパンをアーシャに届ける気でいるのだ。
アーシャはその様子が可愛くて、頷く。
「じゃぁ、これがタマゴパンの代金。お使いよろしくね」
キャシーは小粒銅貨を握って、すぐに店を出て行こうとした。
「ぁ、カバンは置いて行っていいわ。戻ってくるんでしょう?」
「うん!」
キャシーは慌てて肩からカバンを外すと窓辺の小さなテーブルに置き、飛び出していった。
「転ばないようにねぇ………聞こえたのかしら?」
アーシャはカウンターを出て窓から外を見た。
ピンク色の髪はとっくに見えなくなっている。
子どもはこちらにも元気を分けてくれる。
「さ、私も元気出さなくちゃ」
アーシャは時計を見て、杖を出した。
一振りすると、5人も入ればいっぱいだった店内が広くなる。
さらにもう一振りすると、広いテーブルと椅子が10脚現れた。
「さ、今日は何人来るかしら?」
アーシャはカウンターに戻って、椅子に腰かけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます