第4話


顔が変わる程酷かったニキビが急に消えた事で、ニキビに悩む人からクレアは問い詰められた。

アーシャに作ってもらった事を言えば、自分が城から連れ出した事がバレてしまう。

クレアはその返事に困って、アーシャに泣きついた。


「アーシャ、どうしたらいいと思う?食事を変えた、って言っても信じてくれないの」


アーシャが作る不味い薬を飲んでから、クレアは息を吐いた。


「そっか………たくさん寝る、とかは?お昼寝してるのって言ってみたら?」

「言えないわよ。そんなの嘘だってすぐバレちゃう」

「そうよねぇ。昼間はお針子見習い頑張ってるんだもん。寝てないの、ばればれよねぇ」


アーシャは椅子に深く座ると腕を組んで目を閉じ、考え始めた。

クレアはその様子をじっと見ている。

2分も経たずにアーシャは目を開け、にっこり笑った。


「いい事思い付いた。私、薬を売る事にする」

「は?」

「クレアが私のお客さん第一号ね。私が町に買い物に出た時に、偶然知り合った事にすればいいわ。余りにニキビが酷いから、見かねた私が魔法薬を作ってあげたって事よ。どう?」


クレアは目を丸くした。


「今から薬を作るわ。それをその人達に売って金貨をもらうの。楽しそうでしょう?」

「だって……そんなことしていいの?」

「いいに決まってる。ガントゥだってクレアのママに作ってあげたんだから。私がして悪いはずない、でしょう?」


アーシャはクレアの返事を待たずに調薬室に向かった。

出来上がった薬を瓶に詰め、カゴに入れてクレアと一緒に家を出る。


「値段はどのくらいにするつもり?」


クレアの問いにアーシャは首をかしげた。


「そうねぇ………2本で小粒銅貨1枚、とか?」

「え~~!!安すぎよ。それじゃぁこのカゴの中身全部売っても、パン半斤が精々だわ」


それに玉子が一個ね、とクレアは頭を振った。


「パン半斤あれば2日は食べられるわ。それに玉子は庭にいる鶏が産んでくれる。明日も売って、明後日も売って………お金を貯めてベーコンやソーセージをたまに買うの」


アーシャは嬉しそうに歩く。


「野菜や薬草の畑もあるからお金を使う事はほとんど無いの。ガントゥがいた時からそうだったし、いなくなっても一緒のはずよ」

「アーシャ、女の子の楽しみ知らないの?」

「え?」


クレアの言葉にアーシャは首をかしげた。


「ドレスは?リボンやレースは?美しい細工の小物にきれいな色の口紅。そういうモノを欲しいと思わない?」

「別に……食べていければいいもの」


それはもちろん、興味がない事はない。

特に、城での生活はそれまでアーシャが知らなかった事ばかり。

クレアが言ったドレスやリボンや様々なモノは身の回りにたくさんあった。

だが、そのどれもが自分に合わないような気がして、苦しかった。

食事だって、毎食のように祭りの時のようなご馳走がテーブルに並んでいた。

が、広いテーブルに一人で座りそれを食べても、ちっとも美味しくなかった。

アーシャはパンとチーズだけでいいから、誰かとおしゃべりしながら食事したかったのだ。


「アーシャって変わってるわ」

「そうかな?」

「そうよ!私がアーシャくらい可愛かったら、自分をとことん磨きあげて、玉の輿に乗る事を夢見るわ」

「玉の輿?」


アーシャはその意味を知らなかったのに、クレアは目を輝かせた。


「一番高い目標はアーサー様よ。次は……領主の息子かしら?」

「兄様がどうかしたの?」


アーシャは知ってる名前が出てきて、ドキドキした。

高い目標って?


「アーシャ、玉の輿の意味知らないの?つまり、アーサー様に見染められて結婚するって事よ」


アーシャはしばらくクレアの言葉を頭の中で吟味した。

そして。


「え~~!!それはダメっ!クレアは兄様と結婚しちゃダメっ!!」


アーシャは足を止め、叫んだ。


「絶対ダメなんだから。分かった?」


クレアはその勢いに頷く。

そして気付いた。


「アーシャ、アーサー様の事、好きなんだ?」

「え?何の事?」


アーシャは自分が何を言ったのか気付き、急いで歩き出す。


「へぇ、そうなんだぁ。アーシャはアーサー様と結婚したいんだぁ」


後ろから、からかうような声が追いかけてくる。

アーシャは、恥ずかしいような腹立たしいような気分を抱えたままズンズン歩く。


「アーシャ、耳まで赤いわよ。どうしたのぉ?」


アーシャはくるっと振り向いた。


「クレア!それ以上からかったら、今までの薬の代金払ってもらうから!それに………それに城を抜け出したのはクレアの所為だって、おじ様に言い付ける!」


それを聞いたクレアは顔色を変え、慌ててアーシャの元に走った。


「それだけは止めてっ!王様に怒られるのは構わないけど、ママに怒られるのは嫌なのっ!」

「モリーに?」


普通は国王の方が怖いんじゃないの?


「ウチのママ強烈なのよ。もしその事がバレたら、大勢の前でお尻叩かれちゃうわ。それも1週間は椅子に座れないくらいに」


クレアは本当に震えた。

その様子がおかしくて、アーシャは気分がすっとした。


「じゃぁ、約束よ。私はその事を言わない。クレアも兄様の事は言わないでね」

「分かったわ。約束する」


その後、二人は手を繋いで森を出た。


クレアがアーシャを連れ出した事など、とっくの昔に王は知っていた。

森の外には衛兵が隠れるようにいて、昼夜を問わずアーシャの出入りをチェックしていたからだ。

森の外では付かず離れず、彼らがアーシャの護衛をしていた。

他国、特に隣国の者から彼女を守る為だった。

当然、クレアが毎日薬を飲む為に森に出入りするのも、彼らによって王に報告されていた。

王は事の次第を推察し、クレアの身辺調査をし、彼女を咎めずにいた方が益は多い、と判断した。

二人はそんな事とは知らないまま暢気に町に行き、クレアが紹介した娘に薬を売った。


薬は評判を呼び、次から次へと客は現れた。

ガントゥにその気は全くないにしても、力なき普通の人が、ガントゥほどの偉大な魔法使いにニキビ薬などの魔法薬を作ってもらうのは恐れ多かった。

それでなくともガントゥが城下町の外れにある森に住んでいたのは、他人とのむやみな接触を避けるため。

クレアの母がガントゥに薬を貰えたのは、彼女の余りに酷いニキビを見兼ねた王妃が口を聞いてやったからだった。

町の人は、ぃや、国中の人間は、病気になっても民間療法で何とかやり過ごし、怪我をしても自然治癒に任せていた。

医者もいるにはいたが、ほんの少し他の人より知識がある、というだけで、大した事が出来る訳ではなかった。

ガントゥの薬を手に出来る人間は、限られていた。


だが、アーシャになら、ニキビ薬だけでなく風邪薬や水虫の薬なんかでも頼める。

幼い女の子、という事と、間にクレアが入ったので、話しやすかったのだ。

町に来て薬を売る、というアイディアも良かった。

しかもアーシャは自分で薬を改良する。

不味くはあるが値段は安いし、なにより効く。

少しずつではあるが飲みやすくなっていく、良く効く薬は、客を増やした。


遠い村からも噂を聞き付けた人間がアーシャの薬を求めて、城下を訪れた。

彼らは森に入る前に衛兵に誰何(すいか)され、追い返されてもいた。

だから彼らは、ただひたすら森の傍でアーシャが出てくるのを待った。

王はその事を聞き、アーシャに町の中に店を構える事を提案した。

アーシャはそれを喜んだ。

もちろん、生活は森の中。

だが町の中に店が出来れば多種多様の薬を置けるし、急な依頼にも応えられる。

色んな人と会える。


「ただし、店にも魔法をかけなさい。アーシャに危害を加えようとする人間が店の中に入れない様に」

「はい、おじ様。……ぁの、一つ魔法を加えても良いですか?」


アーシャは王に聞いた。


「店と森の家を繋げたいんです。そうすれば移動の時間も減らせるし、魔法薬の材料や作る為の道具を引越ししなくていいでしょう?」

「どうやって?」

「調薬室の奥とお店の奥に戸を作って、その戸を繋げるんです。その方が勝手がいいと思います」

「なるほど。いいだろう」


王は頷いた。


「その戸は私しか通れないようにします。森からは一歩も出ない様にして……出入りは店から。そうすれば森を見張る必要はなくなるでしょう?」

「なんと。知っておったのか?」

「はい。町で見覚えのある人に良く会ったから。おじ様付きの衛兵の方達ですよね?」


ガントゥが生きている時に森で会った事があります、とアーシャは事もなげに話す。


「おじ様、私、ガントゥから色んな事を教えてもらいました。自分の存在がどういう意味を持つのかも。私、自分の身は自分で守れます。そうする事もガントゥの教えです」


アーシャの言葉に王が否を唱える事はなかった。

ガントゥが死んで1年。

アーシャは立派な魔法使いだった。






.2012.5.25

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