第2話
アーシャは捨て子だった。
森の奥で泣いていた所を、ある人に助けられた。
ある人とは、広い大陸の隅々まで知れ渡った高名な魔法使い。
名を、ガントゥ、と言った。
ガントゥは一目でアーシャが強い魔力を持っている事を見抜いた。
当時アーシャは2つか3つの幼子で、魔力を制御する術なぞ知らなかった。
制御される事のないその魔力は、時に両親や他の人を傷付けた。
アーシャの両親は、魔力を持つ彼女をどう扱って良いか分からなかった。
だから古来より伝えられているように、我が子を森に置き去りにしたのだ。
習わしと違うのは、その森が人里離れた森ではなかった事。
両親はワザと、同じく魔力を持つガントゥのいる森へアーシャを連れて行った。
それがアーシャの為に両親が出来る精一杯だったから。
ガントゥは彼女に自らが知る全てを教えた。
呪文や杖の振り方、月や星を見、風を読む方法。
水晶を覗き、未来を占う。
薬草の知識に、魔法薬の作り方だけではない。
歴史や大陸諸国の関係といった、一見魔法とは何の関係のないようなものまで。
ガントゥが教えてくれる全ては、アーシャの全てだった。
ガントゥに褒められる事は、アーシャの喜びだった。
アーシャはそれを次々に覚えた。
それはもう、砂地が水を吸うように。
今、アーシャが独り立ちして小さいながらも魔法薬の店を構えて暮らしていけるのは、この時ガントゥから教わった知識や技術のおかげだ。
アーシャがガントゥに引き取られて10年後、ガントゥは息を引き取った。
すでに魔法使いとしては一人前のアーシャだったが、一人で生きて行くには心許ない年でもあった。
ガントゥの葬儀は国を挙げて執り行われ、アーシャはその時初めて、ガントゥの素性を知った。
たまにガントゥを訪ねてくる人が、この国の王や大臣だった事も知った。
美味しいお菓子をくれるおば様は王妃で、遊んでくれる大好きな兄様が王子だという事も。
ガントゥは、国の宝だった。
国王は難問を解決する術を授けてもらうべく、ガントゥの元に通った。
王妃は他人に話せない他愛ない悩みを聞いて欲しくて、自らの父であるガントゥを訪ねた。
王子は世の様々を知りたくて、ガントゥに教えを請うた。
誰もが皆、ガントゥの死を惜しみ、悲しんだ。
だが誰もアーシャほど悲しんでいるようには、アーシャには思えなかった。
余りに悲しすぎて、アーシャは泣く事も忘れた程だった。
ガントゥの死はアーシャを取り囲む全ての事を一変させた。
まだ幼いから、という理由で、アーシャは城に連れて行かれた。
城では丁寧にもてなされた。
広い部屋を与えられ、美しいドレスや調度に囲まれた生活が、そこにはあった。
だが、アーシャの悲しみがそれらで癒される事はなかった。
アーシャは一人だった。
森にあるガントゥの家には、ガントゥがいた。
彼の元には人が来た。
彼らはアーシャと遊んでくれた。
話しをしてくれた。
が、彼らは城では“国王”であり“王妃”や“王子”だった。
“大臣”であり“衛兵”だった。
皆、アーシャの為に時間を割く事が難しかった。
誰もが自身の事に精一杯で、アーシャの事を気にかけられなかった。
ガントゥがいない今、頼れる者は己だけだったから。
一人でいるうちに、アーシャは病んだ。
食事をとらなくなり、寝ついてしまった。
そんな時アーシャを救ってくれたのが、クレア。
クレアはアーシャ付きのメイドの娘だった。
「あなた、魔法薬作れる?」
クレアがアーシャの部屋に忍び込んで来て、始めて言った言葉がこれだ。
アーシャは驚きながらも頷いた。
これまで自分と同じ年くらいの女の子と話した事がなかったからだ。
クレアはアーシャが頷いたのを見て笑顔になった。
「だったら、お願いがあるの。私の為に薬作って」
「え?」
「私、ニキビが酷くて………見ての通り、顔が真っ赤なの。すごく効く魔法薬があるってママに聞いたの。昔ガントゥに作って貰った事があるって………同じ物できる?」
アーシャは起き上がってクレアの顔をちゃんと見た。
確かに酷いニキビだ。
顔中に出来ている。
「出来るけど………材料と道具がない」
クレアは肩を落とし、残念そうな顔をした。
アーシャは急いで言葉を続ける。
「でも、森に帰れば……ガントゥの家なら全部揃ってる」
クレアは顔をほころばせた。
「だったら!すぐに行こう!心配しないで。誰にも見付からずに城を抜け出せるわ。私、抜け道知ってるの」
クレアに急き立てられ、アーシャはガウンに袖を通し、ベッドから降りた。
久しぶりに立ち上がったので、少し眩暈がした。
「……大丈夫?ぁの、やっぱり今日は良いや。あなたが元気になってからの方が……」
アーシャはクレアの手を握った。
「ううん。今行く。もうここには居たくない」
「だって……服も着替えた方が」
「平気。ガウン羽織ってたら寒くないから」
クレアはしばらく考えていたが、頷いてアーシャの手を引いたままドアに向かった。
「ぁ、私、クレア。あなたの名前は?」
「アーシャ……」
「そっか。よろしくね、アーシャ。もし……もし見つかっても、怒られる時は一緒よ」
クレアはにっこり笑って戸を開けた。
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