トマト

 夏野菜祭りだ。

 テーブルに並んだ夕食を見て、芙弥ふみはそんな感想を抱いた。

 昨日、実家を出る際に幸久ゆきひさが持たせてくれたものだ。電車だからそんなに持っていけないと断ったら、「じゃあ、僕が車で送っていくよ」という話になってしまった。三日程度では、やはり物足りなかったのだろう。ここは甘えておこうと、幸久いわく近所の人からたくさんもらったお裾分けのお裾分けと共に、マンションまで送り届けてもらった。

「とうもろこしとご飯って、合うんですね。初めて食べました」

「ピーマンの肉詰めとも、相性いいかなって思ったんだ」

 炊き込みご飯はおにぎりにして冷凍しておくと、いざというときに重宝する。そのためいつも多めに炊くのだが、ケイの食べっぷりを見ていると、とうもろこしご飯は残りそうになかった。ご飯にしてみれば、炊きたてを存分に食べてもらえるほうが嬉しいに違いない。

 米と一緒にふっくら炊きあがったとうもろこしは優しい甘さをはらんでおり、厚みのあるピーマンは肉にも負けないくらい味がしっかりしている。きゅうりとトマトの胡麻和えに、なすと油揚げのお味噌汁。旬の野菜を食べると、身体が喜ぶ気がする。特に、夏野菜は色鮮やかで瑞々しく、見るからに美味しそうだ。太陽の輝きを浴びて、ツヤツヤピカピカと夏のエネルギーをはちきれんばかりに蓄えた実は、元気をくれるようだった。

 久々に、おかわりをしてしまおうか。

 ケイもまだ食べるだろうかと向かいを見れば、それまで勢いよく動いていた箸が止まっている。少し躊躇う素振りのあと、彼女の箸はトマトを掴んだ。ほとんど噛みもせず飲み込み、ぐっと一文字に口を引き結ぶ。

「もしかして、トマト苦手? こっちに入れていいよ」

 自分の小鉢を差し出す芙弥に、ケイが目を丸くする。

「なんでわかったんですか!?」

 美味しいものを食べているとき、どれほど表情が緩むか、彼女は自覚がないらしい。

「見てれば、わかるよ」

 そう答えると、ケイは照れくさそうに微笑んだ。が、それはあっという間にしぼんでしまう。

「お母さんは、たぶん知らないです」

 私がトマトきらいなこと。伏せた睫毛の隙間から、憂色が覗いた。

「ねえ、ケイちゃんのお母さんって、どんな人?」

「え? どんな?」

「私の母はね、思ったことをすぐ口に出しちゃうの。気に入らないことは気に入らないって言うし、嫌なものは嫌。人の好き嫌いも激しいのね。そんな母と長いこと友だちでいられるのって、すごいなと思うんだけど。似た者同士なのかな? それとも、正反対のタイプ?」

「どうなんでしょう。好き嫌いが激しいほうでは、ないかも。どっちかと言えば、なんでも好きになっちゃうタイプです。なんか、いつも楽しそうで」

「優しい?」

「……そう、ですね」

「トマトはいやだって残しても、怒られたりはしない?」

「しないですよ」

 最後だけは、即答だった。「なんですか、その質問」と、くすくす笑う。

「じゃあさ、いつか、ケイちゃんの口から言えるといいね」

 トマトがきらいなこと。そして、それ以外のことも。

 芙弥が含ませたものに気づいたのかはわからないが、ケイはふにゃりと眉を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る