錬金術

「本当に? どこか、行きたいところない?」

 明太子を白米ごと味付け海苔で巻きながら、芙弥ふみはもう一度ケイに尋ねる。

 手軽だからという理由で朝食はいつもはパンを選びがちだが、今日は朝からご飯を炊いた。どうしても米の気分だった。原因が、昨日のホットケーキパーティーにあるのは明らかだ。

 味噌汁の塩味が身体に沁みるのを感じつつ、今日の予定についてケイに相談したが、特に希望はないと言う。

 遠慮しないでね。気遣いから添えた言葉も、逆効果だったらしい。すみません、と彼女はうなだれた。

「ううん、全然。謝んないで」

 一カ月も日本に滞在するのだから、それだけやりたいことがあるのだろうと思っていた。しかも、ケイはしっかり下調べをして計画を立てそうなタイプだ。その彼女がなんの目的も持たないということは、アドウィンシーでは日本の観光情報が手に入りにくいのかもしれない。

「あとで、ぱっと行けそうな観光スポット、調べてみようか。本屋さんで旅行雑誌を買ってみてもいいし」

 芙弥の提案に、ケイは浮かない表情のまま、おずおずと切りだした。

「あの、旅行、という感じじゃないんです」

「え?」

「こちらの人が、どういう生活をしているのか知るため、というか」

「学校での、実習みたいな?」

「そういうわけじゃないんですけど」

 少し待ってみるが、続く言葉は出てこない。何か事情があるのだろうか。どこまで立ち入っていいのかわからず、芙弥も口をつぐむ。

 そんな空気を察したのか、ケイは慌てて顔を上げた。

「あの、だから、大丈夫です。どこか出かけたりしなくても、こうやって一緒にごはん食べたり、フミさんとしゃべったり、それで充分楽しいです。家だと、ひとりのことが多いから。お父さんもお母さんも、仕事ばっかりで」

「研究職なんだよね?」

「はい。あんな研究して、意味あるのかなって思いますけど」

 ケイが視線を落とし、目玉焼きに箸を入れる。

 半熟の黄身が、どろりと皿に漏れ出した。

「錬金術って、あるじゃないですか」

「金を生むとか、不老不死とか、そういうの?」

「そうです。さすがに不老不死はないですけど、がらくたから金をつくるみたいに、火の妖精の力で水魔法を使うとか」

「妖精の力? 魔力だけで、魔法が使えるわけじゃないの?」

「あ、簡単なものは魔力だけで発動します。大がかりな魔法のときに、放出した魔力と引き換えに妖精の力を借りるんです。でも、妖精にも好みの場所や魔力があるので、誰もがどこでも自由に魔法を使えるってわけじゃなくて。そういう制限を無くすための研究、らしいです」

「それって、すごいことじゃない?」

 説明する口調は、心なしか誇らしげだった。

「そう、かもしれないですけど、実現できなきゃ意味ないです」

 だから、きっと本気で思っているわけではないのだろう。

「そんなの、何百年かかるかわかんないのに」

 呟くケイの声が、空っぽの茶碗にぽとりと落ちた。

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