琥珀糖

5 琥珀糖


 玄関で靴を脱ぎ、まずはキッチンへ直行。手を洗ってから湯沸し器のスイッチを入れ、その間に着替えを済ませる。カップ麺を選び、調理方法を確認し、麺の準備とタイマーのセットが完了したと同時に沸騰した湯を注ぐ。

 最低限の時間と労力で夕飯にありつくための動きが身体に染みついている。

 ケイは、先にレトルトカレーを食べたと言っていた。洗い物まで終わらせてくれている。手のかからない子だけに、甘えている自分が居たたまれない。

「ケイちゃん。これ、おみやげ」

 いそいそと麺をすする残念な大人の姿から少女の意識をそらすべく、芙弥ふみは電車の待ち時間で買ったお菓子をケイに手渡した。

「おみやげというか、お礼かな。昨日、すごい魔法を見せてもらったので」

「あんなの、ぜんぜんすごくないですよ。こっちでは、大きい魔法は使えないようになってるんです」

「どうして?」

「先生は、治安維持のためって言ってました。あ、日本へ行くための講習会があって、そこで。放出する魔力値が規定を超えないように、この減力器が制御しているらしいです」

 ケイが、両手首のリングを揺らす。小指の幅ほどしかない銀のプレートは、鈍く部屋の明かりを反射している。

「昨日、ぽわーって光ってましたよね? あれは、ケイちゃんの魔力を、吸い取ってたってこと?」

「吸い取ってるかはわからないですけど、魔力に反応して光るそうです。周りからも、魔法を使っていることがわかるようにしてるみたいで。大きな力を使おうとすると強く光るから、警告にもなるって習いました」

「だから、ずっとつけてたんですね」

「はずせないようになってるんです。私には、必要ないのに。……あの、昨日の光、すごく弱々しかったじゃないですか。私、最近うまく力を使えなくて。だから、本当にぜんぜんたいした魔法じゃないんです」

 あの、でも、と言い淀むケイの言葉を、首をかしげることで促す。「これ、もらってもいいんですか?」窺うように、彼女はお菓子の紙袋に手をかけた。

「もちろん。開けてみてください」

「魔石?」

 ケイが瓶を持ち上げ、鉱石のようなかけらを光に透かす。淡く色づいた結晶は、涼しげだ。

「琥珀糖っていう、お菓子です」

 大人になるまで、食べたことはなかったと思う。それなのに、琥珀糖を見ると懐かしさを覚えるのはなぜだろう。

 おもちゃのペンダント。海で拾った貝殻。プレゼントを飾っていたレースのリボン。ラムネのビー玉。キラキラしたシール。外国の硬貨。クッキー空き缶でつくった宝箱から取り出しては、うっとりと眺めていた。あのときにも似た気持ちを抱く。

「お菓子? 食べられるんですか?」

「食べられますよ」

 ケイが選んだのは、檸檬色のかけらだった。先端ををそっとかじり、ぐっと一文字に口を引き結ぶ。それは、どういう顔なのか。

 問う前に、「やわらかいんですね」と意外そうな声が上がった。ずっと甘い。幼子のように独りごちる姿は新鮮で、芙弥は思わず吹き出す。

 もっと一緒に過ごせていたら、他にもいろいろな表情が見られたのだろう。残された時間が、いやに少なく感じられた。

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