喫茶店
2 喫茶店
「本当に、ここ……?」
目の前のビルと、地図アプリを見比べる。
それは、都心によくある乱立した雑居ビルの一角で、ひときわ窮屈そうに佇んでいる。ビルの周囲に視線を巡らせると、郵便受けの奥に伸びる階段が目に入った。
おそるおそる上がった先には、コンクリートの壁とは不釣り合いな木の扉がどっしりと待ち構えていた。どうやら、待ち合わせの喫茶店はここで合っているらしい。
薄暗い照明、扉と同じ重厚な木造テーブルや椅子が並ぶ店内に、客の姿は一人だけだった。
こちらに向けた背を流れる、長い銀色の髪。
「ケイちゃん、ですか?」
近づきそっと声をかける。
「チヅルさん……? はじめまして、ケイです」
「はじめまして。えっと、千鶴は私の母で……私は、娘なんです。あ、屋代芙弥です」
「ヤシロフミさん」
「はい。ええと」
昨日、母から送られてきた画像を、ケイに見せる。
「あの、これが私の母で、ええと、こちらの方がお母様、ですよね?」
どうしても、たどたどしくなってしまう。この現状に、芙弥自身ついていけていないせいだ。
こちらの世界に魔法使いが来ることは珍しくない。街中で見かけることもあるし、大学の同級生にもいたはずだ。ただ、芙弥の人生にはかかわりがなかった。まさか、母に魔女の友だちがいるとは。さらに、その娘を預かることになろうとは。
思わずため息が漏れそうになったタイミングで、初老の男性がメニューを差し出してきた。カフェラテを注文し、ケイに視線を戻す。
「母が急用で来られなくなっちゃって、代わりに私が」
一瞬、きゅっとケイの眉根が寄る。が、すぐに表情を失くし「わかりました」と頷いた。
今週は芙弥の家に泊まってもらうこと、土曜日には母のもとへ送り届けること、平日は仕事で家にいられないことなどを順に説明しながら、芙弥は目の前の少女をまじまじと見つめる。
突然の予定変更に、狼狽えたり戸惑ったりする様子はない。かといって、人間界への滞在にわくわくしているような顔でもない。切れ長の目から感情は窺えず、声も態度もただ静かだった。何歳なのだろう。中学生と言われても大学生と言われても、納得できる。
「ヤシロフミさんのお家までは、列車ですか?」
「そう、電車です。あの、芙弥、で大丈夫ですよ」
「あっ、ごめんなさい。フミさん」
しまった、という顔は、ケイの印象を少し幼くした。大学生ではなさそうだ。
「母からお金をもらってます。こちらの通貨に両替も済んでいるので、列車やごはんのお金は、そこから使ってください」
「ご丁寧に、ありがとう」
金銭面がどういう約束になっているのか母に確認しておかなければ。頭の中にメモしつつ、今日のところは自分が出そうと思う。屋代家の事情でケイを振り回してしまうお詫びだ。
「ごめんなさい、こちらの都合でいろいろ変わっちゃって」
改めて謝罪をすれば、「大丈夫です」と、ケイは初めて笑みを浮かべた。
本当に、何歳なのだろう。尋ねてみようかと思ったが、やめた。200歳などと言われたら今後どんな態度で接したらいいかわからない。
彼女の手元にあるブラックコーヒーを視界の端に捉えながら、芙弥はすっかり冷めたカフェラテを口に含んだ。
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