入道雲を追いかける

きづき

夕涼み

 時折吹く生ぬるい風が、肩にかかった髪を持ち上げる。

 冷房に晒されつづけた体でも、それを涼しいと感じられるのだから不思議だ。

 いつの間にか、ずいぶん日が長くなっている。会社を出るころには夜一色の平日と、カーテンも開けないまま終える休日との繰り返しで、気がつかなかった。

 休日出勤とはいえ、夕陽を浴びながら家路をたどれることに、芙弥の心は躍った。

 せっかくなら、駅前で何か買ってくればよかったなと思う。公園のベンチで、商店街のコロッケを片手にビールをあおる。最高の夕涼みだ。

 想像上の自分を羨みながら、芙弥ふみはマンションへと歩みを進める。

 冷蔵庫にはビールのストックが入っているし、早く帰れたのだから夕飯はつくったほうがいい。萎びかけた食材たちで簡単にできるものはないだろうか。

 ひとつふたつと浮かびかけた案が、スマートフォンの振動で霧散した。

 画面を確認すれば、母からの着信だった。

「もしもし?」

「あ、もしもし、芙弥? ちょっと急なんだけど、明日って暇?」

 嫌な予感がする。予定はないが、今日の分まで思いきりだらだらしたい。それを暇と言われれば、そのとおりなのだが。

 なんと答えようか迷っている芙弥をよそに、話は続いてしまう。

「おばあちゃんが足を捻っちゃってさ。今、あたし、おばあちゃん家にいるのよ」

「え!? おばあちゃん、大丈夫?」

「ああ、それはね、全然。たいしたことないの。でも不便だろうし、それで転んで頭でも打った日には一大事でしょ。そんなわけであたしが行けなくなっちゃったもんだから、芙弥に頼もうと思って」

 ほっと胸を撫でおろしたのも束の間。「悪いんだけどさ」と、申し訳なさのかけらも感じられない軽い口調で、母は言った。

「ちょっと、魔女の子を預かってくれない?」

「…………うん?」

 吹き抜けた風の温度が先ほどより下がった気がして、芙弥はぷるりと身震いをした。

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