第9話 話が違う
謁見室で俺たちを待ち受けていたのは、やはり豪勢な服に身を包む若い男、アルバート王子その人だった。
「お初にお目にかかります、アルバート王子。この度、貴殿の護衛を務めさせていただくことになりました、救世主の荻原魁斗と申します。どうぞ、お見知りおきを。」
俺はアルバート王子の前に着いてから間髪置かずに、丁寧に挨拶を述べて頭を下げた。
しばらくの間、沈黙が場を包む。アルバート王子は、挨拶をされたというのに、一言も発さずにいる。
「……王子? どうかされましたか?」
異様な沈黙に違和感を覚えたレオンさんが恐る恐る声をかけてみると、ハッとしたようにアルバート王子が口を開く。
「ああいや、こういうの慣れてないと言うか、俺の方が緊張しちゃってたと言うか……歳の近い相手にこんな態度で接されると、何だか変な心地だな。」
「……なるほど。そういえば、王子は陛下の付き添いなしの謁見は、今回が初めてでしたね。」
「まあ、そういうわけだ。カイト……だったな? 心配をかけたようなら悪かった。俺はアルバート=セウル・カナリアス、カナリア王国の第一王子だ。よろしく頼む。」
「はい、よろしくお願いします。」
何だか、思ったより軽い感じの人だった。いくら若い王子とはいえ、王族というものの型がある程度作られていて、厳粛な雰囲気があるものだと思っていた。俺の先入観というやつが過ぎていたのだろうか?
「今何歳だ?」
「え? まだ17ですが、そう遠くないうちに18になります。」
「奇遇だな、俺この前18になったばかりなんだ。それじゃあ俺たち同い年か!」
「そ、そうですか……」
この人、本当に王族なのだろうか?
俺が先入観との違いでは済ませられないほどの違和感に襲われていたところで、レオンさんがため息をついた。
「王子。此度の謁見、王子が覚悟を決めたと伺って取り決めさせていただいたのですが、そのお言葉、偽りではございませんよね? 彼は依頼の真意に勘付きつつあります。最早、猶予はございません。手早く本題に移られた方がよろしいかと。」
「……わかっている。繕うのはやめだな。」
レオンさんに声をかけられ、アルバート王子は神妙な表情を浮かべた。口調や声色も、先ほどまでとは別人のように変わっている。
「オギワラ・カイト。」
王族たる気高さや威厳を醸し出す彼の気概に圧され、俺の身体は自然と固まっていた。
……その先の言葉を聞くまでは。
「俺に、異性と共に暮らす自信をつけさせてほしい!」
「……え?」
◇レオンサイド◇
「話が違うじゃないですか、レオンさん!」
「ま、まあ落ち着いて……」
「落ち着けるわけないですよ! こんなの、俺に頼むようなことじゃないでしょ!?」
「それは……」
誤算だった。これ以上ない誤算だった。
まさかカエデさんが、あれだけ後押ししてやったというのに、まだ何も行動を起こしていないとは思わなかった。
王子がミレーナ様とのことで悩まれている最中に飛び込んで来た、救世主を連れて来て欲しいとのアンフロイ王からの要望。これを好機と考え、もう既に関係が進展していると思い、王子の申し出を承諾した矢先、まさかこんなことになるとは。
「どういう見方をしてこんな行き違いが起こったかを問い詰めるつもりはありませんが、とにかく俺と佐倉さんは、ミリィとライトの親役として助け合っているに過ぎません! それを異性との同棲生活を送っている先輩として、王子の不安を取り除くための相談役を兼ねて護衛に付けさせたって、どういう風の吹き回しですか!?」
結果、こうして僕は、どうにか謁見を乗り越えてくれたカイトくんから散々に言われているわけだ。
「……本当に申し訳ない、僕としても全くの誤算だったんだ。どうしても僕には、カエデさんが君を選んだことに他意がないとは思えなかった。」
「そうですか……まあ、確固たる否定材料もありませんし、これはもう仕方ないですね。問題は、もう引き返せないことです。ここまで来て取り下げなんてするわけにはいかないですからね。」
彼の言う通りだ。もう後戻りはできない。ここまで来たら、最後まで上手くやり通すしかない。何か手を打たなくてはならない。
「カイトくん、恋愛経験はある?」
「いいえ。勉強も運動も卒なくこなせる程にしかできなかったので、モテたことなんてありませんよ。」
そんな君が、今で王国随一の雷系統魔法の達人であることはどう説明すればいい? と聞き返したくなったが、グッと堪えることにした。
魔法というのは、その複雑な原理の理解と精密で正確なイメージが織りなす技だ。並々程度の学で極められるものではない。きっと彼は、本当はすごく頭がいいのだろう。彼がそれに気が付いてないだけか、向上心を保つために、己にそう言って聞かせているに違いない。どちらにせよ、彼は天才だ。
そんなことを考えていると、目の前に座る本人から思わぬ不意打ちが飛んできた。
「というかレオンさん、ルミノアさんと付き合ってるんだし、一人でどうにかできませんか?」
「なっ!? 何でカイトくんがそれを!?」
動揺を隠せず、つい叫んでしまった。
おかしい。カイトくんの前では勘付かれるようなことはしていないはずだ。なのに、どうして知られているんだ!?
「そ、そんなに大声出さなくても……この前魔法訓練の時、ルミノアさんがボロ出したんですよ。それで調子に乗った女子たちが少し問い詰めたら、簡単に白状したんです。」
ルミノアの悪い癖だった。昔から詰められたら弱いくせして、すぐボロを出して起点にされてしまう。隠し事が苦手だと捉えれば可愛く思えるかもしれないが、たまに余計なことまで口走りそうになるのだから困ったものだ。早く治してほしい。
「はぁ……で、僕がどうにか出来ないかって話だったね? もちろん、やってはみたさ。でも、魔王を倒す旅の中で芽生えた恋だったからか、参考にはならなかった。」
「結局、俺に賭けるしかないということですか……」
まさしくその通りだった。ルミノアのトラウマを完全に打ち破った彼に無理なら、他に手はない。カイトくんは多方面において僕が持ち得る最後の切り札と言える。
「……わかりました。保証はできませんが、最善を尽くします。」
「面倒をかけて本当にすまない。助けが必要なら、遠慮なく言ってくれ。元はと言えば、こちらのまいた種だ。支援は惜しまない。」
この言葉が、無意識のうちに出た建前だということは容易に想像がついた。勘違いから巻き込んでしまったのは確かだが、この件が知られてしまっては騎士団のメンツに関わる問題になる。
責任はこちらにあるから、彼に乗り切ってもらうしかない。
きっと本音はそんなところだろう。
嫌な見方をすれば、今この場において、僕と彼は王子を詐欺にかけようとしている共犯者のようなものだ。
「ありがとうございます。じゃあ、早速一つ、お願いしていいですか?」
僕の胸の内を知る由もないカイトくんは、素直に頭を下げて、ある申し出をしてきた。
◇佐倉楓サイド◇
「そういうわけで、この状況をどうにかして乗り切るためには、カエデさんの協力が必要不可欠なんだ。」
いやいやいや待って待って待って。
レオンさんが魁斗くんを選んだ理由が、友好国の王女様との同棲を間近に控えて、不安を抱えている王子に、同居生活の経験がある先輩としてのアドバイスをして、不安を解消させるため? その一部始終を説明したってことは……
嫌な予感がする。
「まさか、私が魁斗くんを好きなことをバラしたんですか!?」
「そこは安心してくれ。彼には気づいているようなそぶりもなかった。」
その言葉を聞いて、ホッとした。ちゃんとした覚悟が決まった時に、自分の口から直接伝えることは絶対に譲りたくなかったから。
しかし、安心はレオンさんが続けた言葉で一瞬のうちに消え去ってしまった。
「でも、もしも本当に想いを伝えるつもりがあるなら、早くしないとマズいかもね……」
「それ、どういうことですか?」
「僕から協力を惜しまないと言った時、彼が真っ先に頼んできたことが……たった今彼が参加している、他の護衛との配置や手はずの取り決め会議の間に、君を説得して、恋人役としての協力を取り付けることなんだ。まだ可能性の話でしかないけど、カイトくんはこの関係を、本当にただの親役同士として終わらせる気になりつつある。」
それを聞いて、彼の魂胆が嫌でもわかってしまった。
20日後にカナリア王国を出発すれば、少しの間私と離れることになる。互いに様子を知ることができなくなる。捉え方を変えれば、私に悟られずに、自分の気持ちに無理やり踏ん切りを付け、本心を覆い隠すための化けの皮を作ってしまうにはこれ以上ない好機とも取れる。
「この旅の前に、思いもよらないところから転がり込んできた厄介ごとを尤もな理由として味方につけ、私を説得して、恋心を押し殺す前に最後に良い夢を見せてもらおうってことですね?」
「あくまで可能性の話だ。また、僕の勝手な思い違いかもしれないよ。」
いや、これはきっと真実だろう。もちろん、明確な根拠はないけど、どうしてもこの予想が嘘だとは思えなかった。というよりそれは、初めから疑いようのない事実として私の脳に刻み込まれた気がする。このまま終わらせちゃダメって、心の中で、もう一人の私が叫んでいる。
「奥手になっても良いことなんてないのに、怯えてばかりで、ほんとバカみたい。結果がこれじゃ、どうしようもないじゃん……」
気づいた時には、吐き捨てたように本音が溢れていた。
レオンさんが魁斗くんを護衛につけるという王子の考えに賛同してしまったのは、私の気持ちを知ってしまっていたからだ。この状況を招いたのは、思い違いをしていたレオンさんではない。レオンさんの想定が思い違いとなった原因である、私の臆病さのせいだ。
「……カエデさん、これから僕が話すことをよく聞いて、そしてよく考えるんだ。」
レオンさんが、打って変わって真剣な口調で私に語りかける。
「これから言うことは、前に他の救世主……君たちの言うところのクラスメイトが悩んでいた時、一緒に相談に乗っていたカイトくんが言ったことの受け売りに過ぎない。でも、僕が真理だと心から信じられて、今のカエデさんにも、かけられるべきだと思う言葉だ。人間の人生は幾つもの選択の上にあるものだから、次々に選択を迫られる中で、どの選択が正しいかを考える暇なんてないし、そもそも他人の人生を正しいと言える人なんていない。ならば、正しい選択か、間違っている選択かの基準は世間が決められるものじゃないから、正しい選択は存在しないことになる。ならば、どうすればいいか? 結局、人生がどういうものだったかは、本人がどのように振り返ったかで初めて決まるから、すべては自分次第で、選ぶ前から正しい選択はない。だから、自分がした選択を、後から正しかった選択にしてしまえばいい。そしたら、その選択は正しい選択だったことになるから。」
「後から、正しかった選択に……」
考えたこともなかった。これまでずっと、正解は必ずあると思っていたから、今の話を聞いて、ハッとした。
とても斬新で、だけれどとても理に適った考え方だと思った。確かに、自分の人生が正しいかどうか、それは自分で決めるものだ。なら、選ぶ前から迷っていたところで意味はないんだ。だって、今はまだ正解が存在しないんだから。
「捉え方は人それぞれらしいけど、僕はこの話を聞いた時、『もし迷ったら、この先の人生で正しかったと胸を張れる選択をすればいいんだ』と思った。だからね、カエデさん? 君は今日からの20日間を、カイトくんの恋人役をただ演じることで乗り切ってもいいし、役の型を飛び出して、本当に恋人になってもいいんだ。大事なのは、その選択を、後から君が『誰に対しても正しかったと言える選択』にできるかどうかにある。彼が殻に閉じこもることを自分への報いとして受け入れるというなら、僕はそれを拒まない。すべては君次第だ。」
後から私が、誰に対しても正しかったと言える選択に……
私は、私が今するべきことは、これまでの選択が正しかった選択だと言えるかどうか、判断することだと思った。
私は今までずっと、ただ怯えて、想いを伝えることから逃げてきた。
それを正しかったとするなら、彼の恋人を演じ切ることで、想いを伝えずに逃げるべきだし、間違っていたとするなら、ここで彼に本音で向き合わなくてはならない。
考えれば考えるほど、今この時も、私は重大な分岐点へ向かいつつあるんだと、そう思わざるを得なかった。
勉強も運動もそこそこな俺が、異世界で片想い中の女の子にスキルレベル上げに協力させられる話 一般通過ゲームファン @ittsugamefan
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