第3話 優しい人

「ルミノアさん、大丈夫ですか?」

 俺はとりあえず、ステラさんから聞いたルミノアさんが好きだという庭園で、彼女の傍に座っていた。

「は、はい……何とか、落ち着いて来ました……。」

 よかった。さっきよりもだいぶ良くなって来ているようだ。この様子なら、何とか会話はできるだろう。

「この庭園、好きなんですね。ステラさんに聞きました。」

「それで、ここに連れて来て下さったのですね。ここに来ると、不思議と心が落ち着くんです。」

 何だか、わかるような気がする。王城にある庭園の一つとだけあって、当然とても豪華な庭園だ。かといって完全に王族だけが立ち入っていいような雰囲気なのかと言われると、そうでもないような感じで……何というか、丁度いい。貴族にとっても、庶民にとっても丁度いい雰囲気。そんなものがあるような気がする。

「あの、カイトさん。少し、私の話を聞いていただけますか?」

 ルミノアさんが口を開いた。

「はい、いいですよ。」

「ありがとうございます。実は私、これが二回目なんですよ……。」

「二回目……と、いうのは?」

「前にも一度、鑑定の儀で相手の方の意識を飛ばしてしまったことがあるのです。その時も、姉がここに連れて来て、慰めてくれたんです。先ほど、みなさんに不信感を抱かせないよう、陛下は気を利かせて『拒絶反応だ』と仰っていましたが、本当は私個人のミスなんです。あはは、国内の白魔道士の頂点である聖魔導士がこんなことしちゃっただなんて、聞いて呆れますよね?」

「ルミノアさん……。」

 本人は軽く笑い飛ばしたいつもりなのだろうが、本当は、とても重く受け止めているのだろう。ルミノアさんの表情には自責の念がはっきりと浮き出ている。

 こんな時、どうすればいいだろうか?

 そう言えば、ステラさんが対処法を言ってたような……。

 確か、「ルミノアさんが自責の念を感じているようであれば、手を握って、優しく言葉をかけるといい。」……だったか?

 とりあえず俺はルミノアさんの手を取り、優しく、包み込むように握る。

「ルミノアさん、あなたは十分凄い人です。俺はここに来て、ルミノアさんに出会ってからまだ一、二時間くらいしか経ってませんが、それでも十分、確信をもって言えます。俺たちをこの世界に召喚したり、同時に30人以上の人の脳波を整えたり、何百年も前に他人が見たもの、聞いたことをあれだけ鮮明に映し出したり……ルミノアさんはきっと、ルミノアさん自身が思っている以上に凄い人なんです! だから、もっと自分に自信を持ってください!」

「でも、私は同じ過ちを、二度も……。」

 ああ、何となくわかった。何が彼女をそこまで追い詰めているのか。

 彼女は、前にも同じように失敗したのに、何も変わっていない自分に負い目を感じているんだ。

「人間には誰しも、向き不向きというものがあります。大切なのは、何度も挑戦して、何度も失敗して、自分が失敗する時の"負けパターン"をしっかり理解して、そうならないように先手を打てるようになることです。一度の失敗から全てを正す必要はどこにもありません。自分が何が得意で、何が苦手で、どんな状況下で力を発揮できて、どんな状況に陥ると発揮できないか……どれだけ時間がかかったっていいんです。それを理解することさえできれば、それまでの努力は、何一つ無駄にはなりませんから。」

「カイトさん……。」

「……とか偉そうなこと言いましたけど、実はこれ、全部元いた世界で俺が尊敬している人が言ってたことまんま受け売りしただけなんですけどね。」

「……わかりました。もう落ち込むのはやめます。だから……最後に少しだけ、胸を貸してください。」

 そういうと、ルミノアさんは俺に抱きついて泣き出した。

 きっと、今までずっと辛かったのだろう。一時の決意で自分で自分にかけた枷が絡まって、気づかぬうちに首が絞まり、解こうにも自分では解けなくて……。

 人間は、自分から背負った重荷をとても長い間背負い続けていると、いつしかその重荷の下ろし方がわからなくなってしまうことがある。そんな時、その重荷を下ろしてやれるのは他の人間だけだ。とにかく今は、彼女の重荷を下ろしてやれて良かったと、そう思った。


「まさか、姉である私ですら外すことが叶わなかったルミノアの心の枷を、いとも容易く外してしまうとは……」

 その様子を、ルミノアさんと同じ白いローブに身を包んで物陰から覗く者がいたことに、俺は気づかなかった。

「どうやら予感は的中していたようですね。至急、陛下にお伝えせねば……! 救世主、オギワラ・カイト……彼は間違いなく、カナリア様が存在を仄めかした、救世主の中でも強力な力を持つ、四人の双能力者ツインスキルの一人……!」




 そして、それから一週間が過ぎた。

「救世主諸君、各々授かったスキルの扱いには慣れてきたことだろう。だが、いくら慣れてきたとはいえ、まだまだ初歩的な段階だ。自惚れてはならぬ。」

 今日の訓練が始まる前に、俺たちは国王陛下に呼ばれ、国内での武術の催しに使うという闘技場に集まっていた。そこにいる者たちの中には、楓はいない。

 あれからもう一週間も経っているというのに、まだ目を覚ましていないのだろうか? 心配だ。

「そこでだ。これより、私が直々に君たちの中の何名かの名前を呼ぶ。その者は、君たちの中でも特に能力の伸びが凄まじい者たちだ。そして、他の者たちには、協力してその者たちに立ち向かってもらう!」

「へっ、ようやく実戦ってわけか。」

 俺の隣で和樹が疼いているような声を出した。本来ならここで、呼ばれる前提で話している彼にこそ、自惚れるなと言いたいところなのだが、彼は授かった能力が得意とする肉弾戦に関するものであったこともあり、その成長には頭ひとつ飛び抜けたものがあった。他にも、能力がみんなより伸びている者には何人か心当たりがあったが、俺が今この場で、間違いなく呼ばれると言い切れるのは彼だけだ。

「それではこれより、代表者を告げる! アサノ・シュウマ、イノウエ・サラ、キノシタ・アヤ、コマツバラ・ユミ、ヒデシマ・コウタ、ヤギシタ・リョウヘイ! 以上6名にみなで立ち向かってもらう!」

「は、はぁ!? おい、魁斗! 俺の名前、呼ばれなかったぞ!?」

「あ、ああ……聞こえなかったな……。意外なのは俺も同感だ。」

 何でだ? 和樹ほど能力の成長が凄まじい生徒は他にいなかったはずだ。それなのに、彼は呼ばれなかった。

「ただし、今名前を呼ばれなかった者の中でオギワラ・カイト、及びミヤザワ・カズキに関しては、より成長が凄まじいことから、38名の救世主の代表として、共に我が王国が誇る強者と戦ってもらう!」

「「は!? 俺がこいつと協力して!?」」

「む? 何か問題でもあるかね?」

「ええ。実はあの二人、すっごく仲が悪いんです……。」

 佐野さんが代弁してくれた通り、俺と和樹は、楓に好意を寄せている恋敵である以前から去年は風紀委員、今年は学級委員と、素行不良の生徒に対処しなければならない役職の立場と、学校一の不良生徒という立場で火花を散らしており、一触即発の空気感は、前々から何度もあったのだ。

 そんな奴と協力して、しかもめちゃくちゃ強い人と戦えだなんて、どういう風の吹き回しだろうか。

「なるほど。だがしかし、いくら不仲であろうと、実際に彼と戦ってみれば、協力しなければ勝つことは叶わないとすぐに理解できるだろう。それも、痛いほどにだ。」

 一瞬、耳を疑った。能力がそこまで伸びているとは思っていない俺はまだしも、クラスの中でずば抜けた身体能力と肉弾戦の心得がある和樹が、しかもチートスキルまで持っていても敵わない相手だって? そんな人が、本当にいるのか?

「それでは紹介しよう。このカナリア王国が砦、王国騎士団団長にして、女神カナリア様に選ばれし! 紛うことなき王国最強の男、レオン騎士団長だ!」

「せ、先代……勇者ぁぁぁぁぁ!?」

 先代勇者ということはつまり、相手にもチートスキルがあるということ……どうやら、俺たちは本当にとんでもない人と戦うことになってしまったらしい……!

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