プロローグ 転界生

第1話 異世界転移

「ん……んん?」

 何だ? すごくひんやりしている。この感覚は……石?

 どうやら俺は、石でできた床の上でうつ伏せになっているようだ。でも、何故? 俺は学校の教室にいたはずだ。

 俺はひとまず身体を起こして周りを見る。同級生のみんなもいるのでひとまず安心だ。もし俺だけが変な目に遭ったのだったら、俺をここに連れて来た連中が他のみんなに何かされたのではないかと、気が気ではなかったかもしれない。とは言えこれは同時に、今回のことで全員に危害が加わる可能性があることを意味する。とりあえず、もう少し詳しく周囲を観察する。

 やっぱり知らない場所だ。この空間全てが切削された石でできている。この感じ、どこかの地下か? それも、この造りは西洋の方に多いものだ。意味がわからない。

 不意に、足音が聞こえてきた。どうやら、こちらに近づいて来ているようだ。

「おや? 既にお目覚めになられていらっしゃる方が……?」

 声がした方に視線を向けると、白いローブに身を包んだ一人の女性がいた。歳は、俺たちより少し上くらいだろうか?

「誰だ!?」

「あ、驚かせてしまってすみません! 私はカナリア王国国王直属の聖魔導士、ルミノア=エストワール・アラストリアと申します。どうぞお気軽に、ルミとお呼びください。」

「は? カナリア、王国……!?」

 何だよそれ……まるで、ゲームの中の国の名前じゃないか? 何がどうなっている?

「ひとまずは、他のみなさんにもお目覚めになっていただきましょう。詳しい話ができるのは、それからです。」

 そういって、ルミノアという女性がその手の大きな杖で床を軽く小突くと、彼女は杖を片手に数cmほど浮遊し、不思議な呪文を唱えた。みんなが横たわっている床の上には、ゲームやアニメでよく見るような魔法陣まで浮かび上がっている。

 俺はその光景を見ながら頬をつねる。

 痛かった。

「は、ははは……夢じゃねえのかよ、これ……?」


「よくぞ参ってくれた、救世主たちよ。まず、君たちには予め謝罪しておこう。我が王国、そしてこの世界の危機に諸君を巻き込んでしまったこと、本当に申し訳ない限りである。」

「私も、召喚の儀を執り行った張本人としてお詫び申し上げます。本当に、申し訳ありません。」

 他のみんなが目を覚ました後、俺たちはルミノアさんに連れられて、このカナリア王国の国王と謁見していた。道中はみんな文句が絶えない状態で、国王とやらに一発ガツンと言ってやろうという者もいたが、当の国王の第一声が「巻き込んでしまって申し訳ない」という、まさかの謝罪の言葉であり、一緒にルミノアさんまで頭を下げたのだから、何だかこっちが申し訳なくなって来て、困り果てている様子だ。

 これは、誰かが助け舟を出さなくてはならない状況だったので、俺は話を逸らさないように質問を投げかけることにした。

「あの、王国とこの世界の危機というのは、一体?」

「そうであったな。我々人類はかねてより、魔物や魔族と対立してきた。その昔、元暮らしていた地を魔物に焼かれ、民と共に新天地を目指していた私の祖先はこの地で、ある凶悪な魔物に追い詰められてしまった。彼らは死を覚悟した。その時、天から眩い光が降り注いだ。その光は魔物を祓い、彼らの命を救ったのだ。彼らが空を見上げると、そこにはその光を放った女神、カナリア様のお姿があった。カナリア様は私の祖先にこう告げた。ルミノア。」

「はい。セル・メモリア。」

 カナリアさんが呪文を唱えると、俺たちは眩いもやに包まれた。


-人間よ……-


 不意に優しい声がした。上を見上げると、そこには神々しい女神の姿があった。


-民を統べ、民を連れ、ここまで辿り着きし者よ……-


-この地に都を造り、民の王となり、平和な国を築くのです……-


-さすれば、民が平穏に暮らし続ける限り、私は国の守護者となり、数多なる邪悪から、汝らを護ることを誓いましょう……-


 その言葉を最後に、女神の姿と共にモヤが消え去った。

「今みなさまには、王室直属の聖魔導士に代々伝わる聖魔法、セル・メモリアの力で、カナリア王国初代国王陛下、アルト様が女神カナリア様より授かったお言葉を聞いていただきました。」

 はっきり言って、絶句した。女神様の姿に驚愕したと言うのもあるが、何より、自分たちをここに呼び出した張本人であり、何百年も前の光景を、言葉を、これ以上ないほど精巧に映し出したルミノアさんの力が、如何に凄まじいものなのか、思い知った。

「今聞いてもらった通り、このカナリア王国は、女神カナリア様のお力によって護られている。しかしながら、魔物・魔族と人間の争いは今も続いている。長き戦争と、束の間の平穏、それが繰り返されている状態だ。これまでの戦いは、我々人類の代表である勇者が魔物と魔族を統べる魔王に勝利することで、人類は平和を手にしてきた。魔王の討伐こそするものの、魔物や魔族を殲滅することはせず、あくまで共存の道を目指す人類の温情を汲み取り、我々に歩み寄る道を志す統率者が現れることを願って……。」

 国王はそう話を続けたが、言葉を切った次の瞬間、暗い表情を浮かべて俯き、こう口にした。

「しかし、我々の考えは甘かったのだ。」

 みんなからどよめきが上がる。不安そうな表情をする者、魔物や魔族に苛立ちを覚える者、自分たちが呼ばれた訳を悟り、恐怖心を抱く者……。

「先日、カナリア様から新たな魔王の出現が告げられました。これまでに類を見ないほど邪悪な魔王の出現が……。私はカナリア様に、新たなる勇者の名を尋ねました。しかし、カナリア様はこうおっしゃいました。『勇者の名を告げることはできません。私には、この魔王に対抗できる勇者を生み出すことはできないのです。』と。」

「……どうして?」

 集団の中のどこからか、一人の女子がそう尋ねた。

「カナリア様は告げました。『此度の魔王に対抗するためには、こちらからも、これまでに類を見ないほど、強力で絶大な力を持つ歴代最強の勇者を送り込まなくてはなりません。しかし、それだけの力を授けてしまっては、勇者として誕生する赤子の身が保たないのです。』と……。」

 そう答えたルミノアさんの表情もまた、暗く沈んだものだった。

 授ける力が強すぎて、その身が保たない。それだけ強い力を下手に授けようものなら、その赤子は……。

「守護神たる者が、新たに産まれてくる者の命を奪う訳にはいかないってことか……。」

「……全くもってその通りです。そこで、女神カナリア様が告げた代替手段が、あなた方、『異世界からの救世主』というわけです。」

 ここに今、全てが繋がった。

「女神カナリア様は、あなた方一人一人に、それぞれに見合った、まさしく最強の能力を授けられました。しかしながら、あなた方もいくら異世界から呼び出した者たちとはいえ人間であることに変わりありません。そこでカナリア様は、みなさまの成長期を利用することにしたのです。」

「成長期を利用? でも、それならこっちの世界にいる俺らと同じくらいの奴に力をやりゃそれで済むんじゃねえのか?」

 俺の隣に立っていたガタイのいい男子がそう尋ねる。

「実は、この世界の人類の成長の仕組みは、みなさまのものと大きく異なっているのです。みなさまは、幼少期と思春期の二回、成長期が訪れるとのことですが、こちらの世界の人類には、成長期というものは6、7歳頃から18歳頃までの一度しか訪れないのです。それも、12年という長い期間ですので、成長スピードはみなさまほど著しくはなく、能力の成長に対して未熟な肉体が付いていけず、結局は赤子に力を授けた場合と同じ結末を辿ってしまうのです。したがって、能力を授かる上で適しているのは成長期が二回訪れる異世界人であり、それも二回目の成長期の終わり頃、成長こそ緩やかになるものの比較的成熟した身体を持ち、なおも多少の伸びしろを残している時期を迎える、みなさまのような"高校生"だったのです。」

「初めに言った通り、この世界の事情に、君たちのような異なる世界に暮らす若者たちを巻き込んでしまうこと、本当に申し訳ない。だがしかし、この世界に暮らす我々にとって、最早君たちより他に頼れる者は誰一人としていないのだ! 突拍子もない願いかもしれないが、頼む! この世界に暮らす人類の未来を、君たちの手で救ってくれ……!」

 再度、国王とルミノアさんが、俺たちに向かって頭を下げる。

 しばらくの間、玉座の間に沈黙が流れた。

 俺は、学級委員として、みんなと顔を見合わせる。元はと言えば、みんなが俺がいいと言って聞かずに、向いてないと思っていたところを半ば押し付けられるような形でなった学級委員だったが、今自然と自分から動けた辺り、案外本当は向いていたのかもしれないと思った。

「……みんな、異論はないね?」

 最後に、全員に向かってそう問いかけた。少し待ったが、首を横に振る者は誰もいなかった。

「……わかった。」

 俺は二人の方へと向き直った。

「カナリア王国国王陛下! 我々、富士ヶ嶺高等学校二年三組一同はここに、この世界を救う救世主としての務めを果たすことを、宣誓いたします!」

『『宣誓いたします!』』

 何も口合わせをしていないのに、みんなが俺に続けて宣誓をしてくれた。どうやら、本当にみんなも同じ思いだったようだ。

 正直、すれ違いがあったらどうしようかと思っていたが、それは杞憂だったらしい。

「みなさん……!」

「……うむ、その思い、しかと受け取った。ルミノア、鑑定用の魔水晶を用意せよ。救世主諸君! これから、君たちに授けられたスキルの鑑定を行う! 各々、その名の昇順に並びたまえ!」

『『はい!』』

 こうして今、この異世界を救う救世主としての俺たちの戦いが、始まろうとしていた。

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