第5話


 私は高校を卒業し、大学へ進学した。その間も、井端さんは私の視界の端に居てくれた。

 受験時に真横に立つ彼女に「ちょっと答え教えて」とカンニングしてみたり(彼女は困ったように微笑み、首を横に振るだけだった)、初めてのサークルで戸惑っていた私へフレンドリーに話しかけてきた男子学生の腕を折ってみたり(のちに井端さんを問い詰めたら、嫉妬で折ってしまったらしい。男子学生には申し訳ないことをしてしまった)(けれど、嫉妬してくれる井端さんの気持ちが、舞い上がるほど嬉しかった)、仕上がらないレポートに追われた私をそばで支えてくれたりした。

 そうやって私の日々は、井端さんと共に流れた。


「あやなちゃん、今日、飲み会あるけど来る?」

 

 講義室でぼんやりとしていた私の背中に、声が当たる。大学で知り合った友人、佑月が私の隣に腰を下ろし、肩に腕を回した。ニコニコと微笑む彼女の唇から、八重歯が溢れている。その隣にもう一人、今度は陸斗が座った。顔を傾け、私の方を見ている。


「来いよ、あやな。今日はバイトないんだろ?」


 陸斗が目を細めた。確かに今日はバイトがない。私はどうしようかなぁ? と首を傾げ、唸る。


「いいじゃん、行こうよ。あやなちゃんが来たら、楽しくなるし」

「あ、じゃあ、井端さんも一緒に連れて行ってもいい?」

「えー、俺、井端さんにめちゃくちゃ嫌われてるから、怖いよ」


 陸斗が眉間に皺を寄せ、ブーブーと不貞腐れた。そりゃそうだ。井端さんは、私に馴れなれしくする陸斗の首を、へし折る勢いで睨んでいる時が多々ある。隙あらば、と狙っている井端さんに悪気はない。ただ、恋人である私を守ってくれているのだ。


「……井端さんって、誰? 先輩?」


 佑月が私と陸斗の顔を交互に見て肩を竦めた。この間まで井端さんの存在が見えていたはずなのに、変なの。もしかしたら、忘れているのかもしれない。井端さんは見えたり、見えなかったりする。だから、しょうがないことなのだ。

 不意に、視界の端に井端さんが見えた。手を振ると、彼女は静かに微笑む。窓の外にいる彼女は、穏やかな暖かい風に髪の毛を靡かせていた。

 ここ、三階なのになぁと思いながら、佑月に「どこで飲み会あるの?」と聞いた。


【完】

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井端さん 中頭 @nkatm_nkgm

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