第3話
◇
翌日、教室に入った私は違和感を覚えた。いつも屯ろしている男子生徒がやけにジロジロと私を見ている。気分が悪くなり、ギロリと睨みながら席に腰を下ろす。教室全体の空気が奇妙で、居心地が悪かった。
「あやな」。教室の扉からひょこりと顔を出し、廊下に出るようにと有紗が手招きをする。導かれるように教室を後にすると、有紗が耳打ちをした。
「あやな、瀬戸に告白したの?」
「え? してないよ。逆。された」
あっけらかんと答えると、有紗は大袈裟に身動きをしながら「だよね!?」と声を張り上げる。
「だって、あんたのタイプ、井端さんだもんね!? 黒髪で、幸薄そうな顔が好きだもんね?」
「うん。ほら、今日もあそこにいる」
井端さんが廊下の奥でこちらを見ている。手を振った私につられ、有紗も手を振った。
有紗にだけは、私の好きな相手が井端さんだと伝えている。彼女はその情報を聞いてただ一言「……へぇ〜」と間の抜けた声を上げるだけだった。
「いやさ、今クラスの男子内で、あやなが瀬戸に告白して、挙げ句の果てに「処女をもらってほしい」とか言ったっていわれててさ」
さすが、下品な男だ。私が瀬戸に告白したという事実じゃインパクトが薄いから性的なものに絡めて誇張したのだろう。そうすれば、年頃の男子生徒が飛びつくからだ。
丸坊主の頭を脳裏に思い浮かべ、顔を顰める。余程、振られた事実が気に食わなかったのだろう。プライドの高さに脱帽する。
「どうする? 変な噂が流れてるよ?」
「別にいいよ。言い訳したって、どうせ瀬戸がもっと面倒くさい嘘で塗り固めてくるだけだし。ほっとこ」
「えぇ〜でも……」
確かに仕返しをしたいという気持ちは強い。けれど、どうせ足掻いたところで払拭されないに決まっている。私は有紗の優しいお節介を聞き流し、教室へ入った。席に座ろうと、歩みを進める。
「デカパイあやな」
何処かから、そんな声が聞こえる。振り返ると、男子生徒がニタニタと笑っていた。輪の中には賢治もいる。私は全身の血がぐつぐつと煮えたぎるのを感じた。
◇
賢治が事故をして入院したと聞いた時、私は教室の真ん中で手を叩いて笑った。
「なんかさ、急に瀬戸がバランス崩して車に突っ込んでいったらしいよ。一緒にいた生徒は、誰かに押されてたって騒いでたらしい」。菜穂が机に手を置き、前のめりになりながらそう言った。井戸端会議をする近所のおばちゃんのように、いきいきとしている。
「やけに嬉しそうだね」
「だって、天罰だよ、天罰。あやなの変な噂を流すから、こうなったんだって」
菜穂が悪魔のように目を細める。有紗も「そうだ、そうだ」と口角をあげていた。
「でもさぁ、誰かに押されてた、ってなに? 一緒にいた友達と戯れてたってこと? その反動で道路に出て、引かれたって感じ?」
「違う。急に誰かに、体を押されたみたいだった……ってさ」
「……幽霊?」
私が首を傾げる。有紗がハッと人差し指を立てた。
「井端さんじゃない!?」
「井端さんが?」
私は、真後ろでぼんやりと立っている彼女に視線を投げる。教室に舞い込む風に、艶やかな黒髪が揺れる。井端さんは、いつも通りのクールな表情を崩さない。
「確かに。あやなのことを悪く言う瀬戸を許せなかったから、井端さんが天罰を下したのかも」
「……そうなのかな?」
「そうだよ、井端さんナイス! よくやった!」
有紗がサムズアップする。菜穂も頬を緩ませ、にこりと微笑んだ。井端さんは少し目を伏せ、口元をギュッと締め、照れくさそうに微笑んだ。
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