第2話
◇
「ちょっと、話があるんだけど」。放課後、クラスメイトである瀬戸賢治にそう言われ、私は渋々、彼の後についていく。人目のない、屋上へつながる階段付近で立ち止まり、彼が妙に緊張した顔つきで踵を返した。
私が通う高校の屋上は立ち入り禁止で、教員さえ近づかないような場所だ。故にその付近は埃っぽく、屋上へつながる階段は掃除もされていない。付近に放置されている机は汚くて、顔を顰めるほどだ。
面倒くさいなぁ。私は賢治の表情を見て、内心ツバを吐く。野球部特有の丸めた頭も、額にできたニキビも。半袖から見える日焼けした二の腕も、踵を潰した上履きも。何もかもが神経を逆撫でする。特に嫌いな部類の人間で、私は咳払いしながら彼からの言葉を待つ。
「俺、飯田のことが好きだ」
今時、対面で告白だなんて勇気があるな。その敬意を讃えながら、舞う埃から逃れるため顔の前を払う。そもそも、私は彼の連絡先を知っていないから、対面以外で愛を告げるのはこの方法しかないのだけれど。
不意に、視界の端に井端さんが映った。そちらへ視線を投げる。彼女は遠くの方で私たちを見ていた。柱の影から半分だけ顔を出している。告白のシーンを邪魔しまいと、彼女なりに配慮しているのだろう。
そんな井端さんが可愛くて、思わず肩を揺らし笑った。
「……飯田?」
「あ、ごめんごめん」
息を吐き出す。
知っていた。彼が私を好きだということ。正確には、私の胸を好きだということ。陰で「デカパイあやな」とセンスのカケラも感じないあだ名をつけて、他の男子生徒と笑っていたこと。知っていた。クラスの女子を勝手にランク付けしていたこと。私のことを「顔は微妙だけど巨乳だから75点」と嘲笑っていたこと。
知っていた。だから余計に、私はこいつが嫌いなのだ。
「デカパイあやな」
「え……?」
「なんで、そう呼ばないの? 陰で、好き放題そう呼んでたじゃん」
彼の顔が一気に真っ赤になる。自分たちの陰湿さがバレていたことが、恥ずかしいのだろう。額に汗が滲んでいる。私は、自分が今どんな顔をしているか分からない。けれど、とても軽蔑したような、そんな眼差しを向けているのだろう。
「付き合えたら、ちょっとは触れると思ったからワンチャンス狙ったの?」
「なっ……!」
図星をつかれたのか、彼は口を半開きにさせ、固まった。
「ごめんだけど、無理。タイプじゃない」
そう言った途端、私は突き飛ばされていた。壁にドンと当たり、埃が舞う。手に持っていたスクールバッグが床を滑った。目を開けると賢治が今にも泣き出しそうな、悔しさを滲ませた目をして睨んでいた。自分が振られると想定していなかった顔だ。
「誰がお前なんかと付き合うか! ブス! デブ!」
捨て台詞を吐き、彼が去っていく。告白するなら、せめてもっと綺麗な場所でしてほしかった。制服は埃まみれだし、呼吸をするのもやっとだ。ゲホッと咳き込みながら、立ちあがろうとした時、目の端に裸足が見えた。顔を上げると、そこには井端さんが立っていた。表情筋一つ動かさず、じっと私を見下ろしている。
「あはは、なんか最悪な気分……」
ゆっくりと起き上がり、制服についた埃を払う。なんだか自分が振られたような喪失感に襲われ、途端に胸がズンと重くなった。
「振ったら、捨て台詞を吐かれちゃったよ。私、そんなにデブ?」
確かに胸は大きいと自覚はあるが、太ってはいないはずだ。笑いながら井端さんへ問いかける。彼女は首を横に振った。「そっか、井端さんがそういうなら、そうだよね」。私は床に転がったスクールバッグを手に取る。
「……帰ろっか?」
どうしようもない感情に襲われながら、私は彼女に促す。井端さんはトボトボと歩む私の数歩あとを、ゆっくりとついてきた。
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