Day29 焦がす

 何を食べるって?

 一気に不安になる。足を止め、木々の隙間から開けた場所を窺った。横たわる大きな、熊? え?

「必要ないと言っただろう? お前たちにも困ったものだ。付き合わせてしまってすまないね」

 熊は静かに三人に言い聞かせ、最後は俺のほうを向いた。離れてるのによく聞こえる。

「早くこい」

「歩け」

「主様の手をわずらわせるな」

 小さい三人がまた戻ってきてズボンのすそをひっぱったり、足を押したりする。踏んづけそうだからよけい動けないんだけど。

「お前たち、客人に失礼を働くものではないよ。すまないがこちらまできてくれないか? わたしはもう動けなくてな。心配ないよ」

 本当に?

 って水お化けと同じこと言ってる。でも怖いし。熊がしゃべってるし。カニもしゃべるけど。でもまあ、足元の三人よりは、よっぽどまともかも。

 穏やかな声と理性的なしゃべりかたに後押しされて、踏んづけないようにすり足で進んだ。一メールくらいのとこまで近づいて止まる。すごく静かだと思った。なんかこう、眠ってる猫より石のほうが近い感じというか。

「早くあれを出せ」

「お渡ししろ」

「主様のごぜんだぞ。膝をつけ」

 きいきいうるさいので、ポケットから出した石を熊の前に置いて座った。

「あぁ、これはまたずいぶんと」

 熊は一度目をつむり、また開いて微笑んだ。

「ありがたいけれど、力の偏りは乱れのもとだからお返しするよ」

「そんなっ」

「あるじさま」

「主様が召し上がってくださいっ」

「自ら得た力でなくては歪むと教えただろう? わたしはもう消えるのだから、お前たちも飲み込みなさい」

 騒ぐ三人に熊が言い聞かせてる。穏やかに、自分が消えると話す姿はとても、そう、本当に静かで、だから思い出してしまった。消えたいといなくなりたいと願う自分と比べてしまった。ぜんぜん違う。なんていうか、受け入れてるとか諦めてるとかそんな感じで。ずるいと思ってしまった。ぜんぜん、まったく違う。消えたい俺は、逃げたいだけなのだと楽したいだけだと突き付けられた気分で。なので、すごく腹が立って、諦めを乱したくて、それで、食べればいいじゃないかって。

 気づいたら熊の口に石を押し込んだあとだった。口開かないように押さえてるし。熊は目を見開いてて、そしてゴクリと飲み込んだ。ハッとして飛びのく。なんてことをとめちゃくちゃ焦って謝ったら、熊はあははははと大きい笑い声を立てた。

「ははは、……はは、ありがとう。また少し生き長らえそうだ」

「主様っ」

 笑う熊と熊に群がって喜ぶ三人。……よかったのかな。いや、よくない。とんでもねぇだろ。なにやってんだ俺。なんかもうホントにがっくりで、穴に入って隠れたい。

「お礼をしなくちゃいけないな」

 別にいらないけど、そうしないと歪むから必要なのだと言うから頷いた。でも熊からって。はちみつとか?

「そちらの立派なお守りには敵わないけれどね。なにがいいだろう?」

 お守りって、ああ、やっこさん。あと一回で終わりだと思うと不安になる。そんな顔をしたみたいで、どうしたのか聞かれてしまった。わけを話すと「では守りをつけよう」と言い、横たわってた大きな体を起こして座り直した。

 毛を抜いて丸めてる。え、毛? と思ってるうちに出来上がったものを三人が受け取っておれのとこまで運んできた。抜け毛……、まあ、猫の抜け毛ボール作ってる人いるしと言い聞かせて受け取る。丸っこい熊の形をしてて意外と可愛かった。短い手足、が、動いた? とことこ腕を登ってやっこさんと反対の肩の上へ。なんなの。お守りは肩の上がマストなの?

「身代わりになるよ。いなくなればまた届けさせよう」

 身代わりがいなくなるってヤバイ前提やめてほしい。でもありがとう。お礼を言って帰ることにした。早く帰りたい。意気揚々と送ってくれる三人のうち一人がいきなりやややと走り出し、どぎつい色のきのこを抱えて戻ってきた。

「我らからの礼だ。炙って食え」

「うまいぞ」

「焦がすなよ」

 ぐいぐい押し付けるから受け取ったけど見るからに毒キノコっぽい。いらねぇ。

 三人は跳ねるように歩き、すごく楽しそうに今日は宴だと盛り上がってる。

「あれも用意せねば」

「あれか」

「主様も喜ぶな」

「そうなれば急がねば」

「よし、行こうぞ」

「我らはここまでだ。ではな」

 そう言い放ち、三人とも走って消えた。あっという間だった。残されて立ち尽くす。周りが何も見えない。濃い霧の中みたいに。

 一気に冷や汗が湧いた。なにここ。どこ? 怖くて歩けなくてその場でぐるぐる回る。肩を見ても奴さんも熊も動かない。なんで? 命の危機しか反応しないの? じゃあ、死にそうになるまでこのまま?

 血の気が引いた。

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