Day25 カラカラ

 翌日、まだ暗いうちに起きて昨日買った魚肉ソーセージと、店内手作りと書いてたおにぎりをボディバッグに入れた。水とサイダーとアメと色々。マスターに弁当ねだってにべもなく断られてたカニと、なんとなく男のぶんもと思って。誰かと予定合わせて出かけるなんて大学以来でちょっと浮かれてるのかもしれない。

 麦わら帽子を被って外に出たら、暗さが少し薄れてた。ちょっとして視界の外れから現れた男はいつも通り手ぶらだった。カニはと思ったら、男の肩にちょこんと乗ってて笑ってしまった。歩幅が違うからそうなんだけどさぁ。

 朝とも言えない朝から元気なカニに、岬ってどこなのか聞いた。ここら辺に海があるなんて知らなかった。

「ここら辺にないよ、海。だいぶ遠いから近道するんだ。僕たちと一緒なら人間も通れるよ」

 意味がわからん。けもの道ってことか?

「ちゃんとついてきてね」

 わからないけど、連れてってもらうからと頷いた。前を歩く男の草履じゃなく、肩に乗ってしゃべりまくるカニを見る。

「ここ使わないとさ、僕も友達もカラカラに乾いちゃってさ、前に散歩してたらぶくぶくしちゃって、風もあったから乾いたんだけど、そしたらマスターが偶然いて水かけてくれたんだけど、お礼しろって言うから何がいいか聞いたら友達の干物って無理なこと言ってきてさー、そしたら友達がちょっとならいいって言って、ちょっとって言ったのに半分以上持ってったんだよ」

 情報量が多い。半分以上ってなに。友達の干物要求するやつに弁当ねだるなよ。

 あっちこちに飛んでいくお喋りを聞きながら歩いてたら「ついたぞ」と男の声がした。

 それを聞いた途端、潮の匂いが満ちる。暗さが薄くなっていく青の空と、水平線が明るくなり始めた海。周りを見渡し、立っている崖から下を覗けば岩場に穏やかな波が寄せていた。

「おーい、おっかないのがきたよー!」

 カニが海に向かって叫ぶ。なんだと思って海を見てたら、近くの水面が丸く盛り上がった。その水の塊はだんだんと高さを増して岩場にあがり、崖を掘った細い道を登って近づいてくる。ヒッと悲鳴がもれた。

「友達だよー。驚いた? 大丈夫、おっかなくないよ」

 カニが笑う。

 えっえっえっ? 

 笑うカニと笑う男を何度も見た。目に入った肩の上にいるやっこさんはやっこさんのまま。

 大丈夫なのか?

 心臓が痛くなるような緊張で到着を待つ。シーツお化けのシーツが水になって動いてる感じのカニの友達は、数歩離れたところで止まった。

「おっかないのってこれでしょー? 大丈夫だから連れてきたよ」

「……本当に?」

「うん」

「なんもしないぞ」

「……本当に?」

 その問答を何回か続けて、水お化けは一応納得したらしかった。水お化けにしてみれば男のほうが怖いのかと、ちょっと気が抜ける。話の終わったカニは俺にハサミを向けてどうどうと

「お弁当ちょうだい。マスターが人間なら用意してるんじゃないかって」

 あてにされてる。まあ、いいけど。

 魚肉ソーセージを出し、爪の先で小さく千切ってカニに差し出す。

「やったー。ありがと。……美味しい、……もうすぐ昇りそう」

 食べながらカニが言い、そういえばそれを見に来たんだったと、海のほうへ向いた。空の縁がオレンジに染まってる。まだ青い空に浮かぶ雲にオレンジの光が当たって色が混じる。

「おかわりちょーだい」

 ちまっとカニにあげてついでに俺も食べる。隣からにゅっと手が出てきてソーセージを千切った。男はそれを口に入れ、うまいと言った。それで思い出したおにぎりをカバンから出して男に渡す。満面の笑みで受け取られ、開けてくれと返された。カニと同じだなと思いながら半分袋から出してまた渡す。

 水が目の前ににゅっと現れた。水お化けから出てきた手らしきもの。びびったのに、なんかくれとねだられた。なんなんだこれ。知らない人だしソーセージよりおにぎりかなと思って、俺のぶんを封開けて渡した。そうしてるあいだにもオレンジから黄色、白になって光り明けていく。俺はソーセージを千切りながらずっと空を眺めてた。

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