Day22 雨女

 いつも庭で会うせいか、玄関から見た男はなんだか妙に景色から浮いていた。

「暑いなぁ」

 とぜんぜん暑くなさそうに言う。

 毛量の多いもしゃもしゃ頭も着物も暑そうなのに。あ、着物。女物だけどわかるかな。いや、いいかわざわざ。お礼もできないし。お礼……あ、スイカ。

 家に誘っても大丈夫か? いまいち距離感がわからない。

「あの、スイカ、もらったんで食べませんか? 家で。庭でもいいけど。あ、喫茶店に持っていっても」

「家に招いてくれるのか?」

「はい、よければ」

 変わった言葉遣いだなと思いつつ頷けば、男の口が笑みに伸びて耳まで裂けた。えっと思ったら、いつもの顔で。疲れ目でぶれたのかと目をこする。

「いいか?」

 いつのまにかそばに立ってる。俺が案内しなきゃなのかと気づいて、「どうぞ」と家の中へ向いた。存在を忘れてた大量のごみ袋に慌てて、掃除したのだと弁解する。気にしないで笑う男は、「スイカは久しぶりだ」と台所までついてきて、切り分けるのを楽しそうに覗いてる。スイカ好きみたいで良かった。

 ベランダで食べようと網戸を開けて、ベランダスリッパを勝手に履く男は居候気分が抜けない俺よりこの家の人間みたいだ。すごくくつろいでるみたいで拍子抜けする。まあいいけど。

 並んで座ってスイカを食べる。男が庭に種を飛ばすのを見てたらやりたくなって、俺も飛ばした。吹き飛ばすって意外と体力使う。

 食べながら眺めてた空が急に曇りだした。ぽつっと水が当たり、すぐにバタバタと粒の大きい雨になった。灰色になった景色の中に雨の線が走る。庭木に跳ねた水が白くけぶる庭の向こう、誰かいた。どしゃ降りの中をゆっくり歩いてる。長い黒髪は濡れて体に張り付いて。

「見るな。寄ってくる」

 目の前に伸びた男の腕が景色をさえぎった。胸にせまってきていた誰かの存在感が消え、着物のたもとがあるから隠れやすいのかなんて気の抜けたことを考える。

「コレがあるけどな、見ないほうがいい」

 男が指さしたやっこさんを見て、そういえばいたっけと思い出す。あと二回ぶんだけどな。

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