Day15 岬

 ハサミを片方あげてちょきちょき主張してる。摘まみ上げるのはなんかちょっとなので、カニの前に手を置いて乗ってもらった。手の上を歩かれるとちくちくしてくすぐったい。指で囲ってカニを落とさないようにゆっくり歩き、ドアを開ける。マスターへの挨拶はカニと声が揃ってしまった。男と錬金術師は4人掛けのテーブルに向かい合わせで座ってる。錬金術師側のテーブルの上にカニを置き、俺は男の隣に腰かけた。

 席にメニューがない。見回しても、アンティークな雰囲気のお洒落な店内にはオススメメニューの紙もない。カニは「いつものー」と言った。俺はどうしようと思ってたら、トレーにいろいろ乗せたマスターがやってきた俺の前にグラスを置いた。男と俺の前にはたぶん、ソーダ水。錬金術師の前にはチョコミントアイスが乗ったホットケーキ。なんというか、なんともいえない。カニの「いつもの」ってなんだろと思ってたら、マスターはグラスを傾けてカニに水をかけた。え? 動揺して目線を動かす。誰も気にしてない。カニも何も言わない。これがいつものってことか? ついで、水たまりのカニの前にピンクの小さな何かが置かれる。

「魚肉ソーセージです。カルシウム添加の」

 マスターは細い目を細めて俺に説明し、カウンターへ戻っていった。

「こないださー知り合いが遊びにきたから、人間に教えてもらったアレをさー」

 無頓着に話しだすカニで、水かけは「いつもの」なんだと釈然としないけど了解した。男はごくごくソーダ水を飲み、錬金術師はホットケーキを切っていて、カニの声だけがよく聞こえる。

「芽が出てきたから見せたら、……、『細かいことやってんなー』って言って、あ、知り合いって風鳴岬の近くにいて、……、海藻がもしゃもしゃあるから、そこから持ってけばとか言うんだけど、……、無理でしょ。僕、カニだし。だいたいあいつはがさつなんだよ。こないだだって」

 魚肉ソーセージを食べるためにときどき途切れるカニのお喋りを聞きながら、俺もソーダ水を飲んだ。カニは自分がカニだってわかってんだな。そうだよなーカニだもんなぁ。カニが喋ってるって。強い炭酸がぱちぱちと弾けるのもぜんぶ夢の中みたいだ。

「なぁ」

 強い声にはっとして焦点が合うと、男が覗き込んでいた。

「うまいだろ?」

 耳に入った音が文字になって、理解できてから頷いた。男はニィと笑う。

「こちらも美味しいですよ。素晴らしく神秘的な色合いは味も素晴らしいですね」

 アイスをスプーンですくい取った錬金術師には頷けなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る