Day11 錬金術
家に帰るころには、最後の赤い輝きが閉じていくところだった。玄関のカギを開けたらため息がでた。なんだかんだで疲れた。無事に帰ってこれたからいいものの。あの石段を登り切った先の神社の境内、なにか違った。離れたらだんだんと実感がわいてきた。違うとこ、そう、入っちゃいけないような。背中がぞくりとした。これは雨に降られて濡れたから、そのせいだ。たぶんきっと。鳥肌の立った腕を撫でて風呂場へ向かう。浴槽にお湯を溜めるあいだに頭と体を洗った。まだ湯の浅い浴槽に入って量を増すお湯につつまれていくのを味わう。温まってきたら体の力が抜けてきた。お湯の中で目を閉じて思い出すと脱力するみたいな気分だ。痴話喧嘩ってなんだよ。巻き込むな。
『無事とどけたか』
肩が跳ねてばしゃんとお湯が飛んだ。一拍おいて息を吐く。驚かせるのやめてほしい。
『助かった』
俺は疲れてて頭が動かなくて、お湯につかって気が緩んでた。だから正直な感想が口から出てしまった。
「いいんだ。けど、もう頼まないでほしい。助けてくれる人がいたからなんとかなったけど。これ以上はちょっと」
付き合いきれない、は、きつすぎるか。
「できないと思う。今回限りで」
『そうか、それが願いか。わかった』
え、と思ったときにはもうシンとして、さっきまでいた何かがいなくなった感じになった。なんなんだとぐるぐる考えたら、徐々に腹が立ってきた。どういうことだよ。おまえの頼み断るのが願いになるとか、マッチポンプじゃねーか。なんなんだこれ。くそー、いいように使いやがって。
バチンとお湯に顔を叩きつけて上を向く。垂れてくるお湯をぬぐって目を開けたら、浮かんでる白い紙が見えた。あーやっこさんいたんだっけ。
「あー、おまえもなんなんだよ。もう」
紙のくせに風呂にまでついてくるとか、それで濡れないように離れて浮いてるとか、忘れてたの悪いことしたなとか紙相手に思ったりで、むかつきはどっかいった。
風呂から上がって水を飲む。扇風機をつけたけど、やっこさんは飛ばされずに肩の近くに浮いてる。寝転がったらそのままそばに。これ、ずっといるのか? あーあ。
目をつむったらすぐに眠気がきた。疲れた。
二日経ってもやっこさんはそばで浮いたままだ。昨日、近所の婆ちゃんがいきなり庭に現れて、おすそわけの畑のきゅうりを受け取ったけど何もなかった。年寄りの話す方言で半分以上わからなかった世間話にも出てこなかった、たぶん。というか、婆ちゃん帰ってからやっこさんいたの気づいてビビった。何も言ってなかったし見えてないのかもしれない。なんでかやっこさんがいるってすぐ忘れちゃうんだよなぁ。
だから今日も日課になった水やりをしながら昨日の婆ちゃんを思い出したついでに、やっこさんのことも思い出した。庭をぐるりと囲む背の低い板塀にそって植わってる紫陽花の根元に水をかける。白っぽく変色した板塀はひび割れてて、何か所か折れていた。この家を売りたいけど田舎で売れないからどうするか迷ってるって言っていた。ここの庭木はそのままだといいなと思いながら順番に水をかけていたら、影が差した。
「こんにちは」
顔を上げると丸いサングラスをかけた、灰色のもしゃもしゃ頭の男がいた。派手なアロハシャツに革張りトランクみたいなのを背中にしょって。なんというか、あやしすぎる。あやしすぎて反応できない。
「突然のことで不躾ではありますが、貴方の肩の上にいるモノを売っていただけませんか?」
やっこさん!? 見えてるのか、見えてるのに普通にしてる。混乱する俺に、男はうさんくさい笑みを浮かべてぺらぺら喋りだした。
「あやしい者ではございません。私はれきとした錬金術師でありまして、ええ、素材を探し歩いておりましたところ、たいそう良いものをお持ちの方がいると噂を聞いてやってきたしだいなのです」
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