Day10 散った
やけに年寄りくさい話しかたの子供は、雨の向こうに向かって叫んだ。
「巻き込まれだよー、何も知らないから勘弁してやってー」
それから振り返ってニッコリ笑った。「これで大丈夫」と言い終わると一緒に雷も雨もやみ、雲が晴れて陽が差した。屋根のふちからポツポツ落ちる水も明るく光る。
「さあ、行こう。届けるのでしょう?」
歩き出した子供を追いかけて屋根の下から出た。舗装されていない土の道が少しぬかるんでる。麦わら帽子を被り直して強さを取り戻した日差しを避けた。
行先も告げていないのに子供は迷うことなく歩いてく。なのに、おかしいとかそんなに思わない。ぜんぶ知ってるふうな態度がかえって頼もしいというか。ついていけば大丈夫のような安心感さえある。
少し歩いたら石の鳥居が見えてきた。近くにいくと古びてくすんだ色が目につく。根元には苔。くぐった先の階段を上り始めた子供に、やっぱり知ってたと思った。
石段が続くのに進む速さの変わらない子供を息を切らしながら追いかける。頭を上げる余裕もなくまだかまだかと登り、足がもつれて膝をついたとこが一番上だった。
「連れてきたよー」
元気な子供の声の向こう、目に流れてくる汗をぬぐって顔を上げた先、神社の石畳にお婆さんが立っていた。不機嫌そうにむっつりして鳥たちに囲まれてる。鳩とか雀とかカラスとか知らない黒白やデカい茶色なんかいろいろいっぱい。
「知ってるよ。ほら、寄越しな」
お婆さんと距離があるのにすごく近くで声が聞こえて、瞬きしたらすぐ隣にいた。驚きで固まった俺に婆さんが「寄越せ」と手を向けるから、慌てて上手く動かない指で強引にポケットから取り出した石を乗せた。
「ふん、っとに」
ますます顔をしかめて石を握りしめてる。
「用が済んだら帰んな。ほら、おまえらも散った散った」
婆さんは石を握ったのと反対の手を振って鳥を飛び立たせた。バサバサと羽ばたく羽に覆われる。それがなくなったら、婆さんのそばへ移動する前の、石段を登り切ったとこに戻っていた。なんなんだ。わからなすぎて呆けてる俺に、子供は笑顔で帰ろうと頷く。そうするしかないだろう。消化不良のまま婆さんに背を向けたとこで、後ろから呼ばれた。
「世話かけたね。もってきな」
何をと振り返ったら、ふよふよと紙の札が飛んできた。やっこさんみたいな小さい人型をしていて、俺の肩の斜め上くらいにとどまって浮かんでる。
え、え、え、え? 婆さんと紙をきょろきょろ見てたら、Tシャツの裾を引っ張られた。
「良かったね。帰るよ」
引っ張る子供の力は逆らえない強さで、そのまま石段を一二段降りた。よくわかんないけど子供が良かったって言ったから、婆さんにお礼を叫ぶだけにしておとなしく帰る。
「それつけるなんて、よっぽど嬉しかったのかなあ。怒ったふりして素直じゃないよね。痴話喧嘩なんて」
「うるさいよっ」
子供が楽しそうにからかいを口にすると、すかさず真上から婆さんの怒鳴り声がした。はいはいと子供は笑って口を閉じる。俺は痴話喧嘩という言葉になんというか脱力した。あんなわけわかんないことになってびくびくしてたのに痴話喧嘩。最初からラブレターって言ってたけど。なんだかなぁ。
鳥居から出て、お堂まできたとこで子供が「ここで」といった。子供にも巻き込んだことを謝って案内のお礼を言う。
「飴もらったからね。おもしろいもの見れたし。気をつけてね」
飴あげたっけ? と思ったけどそんな細かいことの確認なんてわざわざできもしなくて、ただ笑って別れた。
一人になっても紙はまだ肩の横で浮いてて、切込みの入った手足がふらふらと動いてる。怖かったり不安な感じはしない。まあいいか、用事も終わったし。いつのまにか夕焼けになった空を眺めながら家に帰った。
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