Day5 琥珀糖

 そうだけど、苔があれば水草が根を張りやすいだろうし、いろんな緑があったほうが目に楽しいと、カニに熱弁したあとでちょっと恥ずかしくなった。なんでムキになってるんだ。

「そっか! 人間てばいいこと言うね! じゃあちょっと苔でやってみるよ。帰る」

 カニは弾んだ声でそう言ってカウンターの端まで音を立てずに移動する。節のある細い8本の足が機械仕掛けではないけどなにかそんな複雑に優美に動いて。

「マスター!」

 端で止まったカニが呼ぶと店主が「はいはい」と答えてカニを持ち上げ、ドアを開けて外に放した。まあそりゃ、自分で移動できないよな高さあるもんなぁ。妙に納得しながら体を前に戻すと、炭酸の泡がグラスいっぱいに張り付いたソーダ水が置いてあった。隣からカランと涼しい音がして、見たら男がグラスを傾けている。いつの間に飲み切ったんだと思う間に氷をガリガリ齧りはじめた男と、カウンターの中に戻ってきて手元を動かしている店主を交互に見てから、グラスに刺さったストローに口をつけ、吸った。炭酸が舌の上で弾ける。子供のころじいちゃんちで飲んだサイダーを思い出した。カニとの熱弁で喉が渇いてたみたいだ。美味しい。

「なぁ、うまいだろ?」

 機嫌のよさそうな男に、炭酸が強いせいですぐ飲み込めず頷いて返事をする。とん、と目の前に皿が置かれた。白く細長い指のその先を見上げると薄笑いを浮かべる細い目と目が合う。

「彼に良い助言をいただきまして。お礼です」

 ガラスの皿の上には青が混じる透明の石のようななにか。

「琥珀糖です。甘味ですよ」

「わしにもくれ」

「あなたはなにもしていないでしょう」

「連れてきただろうが」

「それだけでしょう。それに、最後の一つです」

「むう」

 唸った男はひょいと琥珀糖をつまんで口にいれた。

「甘くてうまい」

「いやしいですねぇ」

「いいよなぁ? 甘いの苦手だって言っとったろ?」

 そんなことまで話してたのか。言葉がでてこなくて、指を舐めてる男に笑ってみせた。甘い食べ物はちょっと怖い。ストレスで過食してたのを思い出す。口の中が甘くて甘くて

「そうなんですね。ではこちらを」

 店主の低いのに妙に通る声にハッとする。目の前に置かれた白い皿には粒々が乗ったクラッカー。黒い粒は黒コショウかな。口に入れたら、チーズとピリッとする辛味で安心した。

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