Day4 アクアリウム
ベルの音でふと我に返った。店のドア? ぼんやりしてたらしい。いつの間にかついていた。見回した店の中はそんなに広くない。
「やあ」
穏やかな声の主は背が高くて、細長いという形容が真っ先に浮かんだ。カップを棚にしまう背中に一つ縛りの黒髪が垂れている。男がカウンターに座ったので隣の席につく。
「いらっしゃい」
「ソーダ水くれ。アンタは?」
二人の視線が刺さってドキリとする。メニューを探そうとしたら、男が「同じの」と注文してしまった。店主は何も言わず薄笑いで作り始める。
「うまいぞ」
笑う男に曖昧に頷く。
「ねぇ、見ない顔だね」
男の向こうからまた違う声がした。からっぽの席を見直しても誰もいない。
「こっちこっち」
と言われたって。何か小さいものが動いたほうに目をやればカウンターの上にカニがいた。カニ? カニだ。え?
「こいつもここら辺に住んどるのよ。ちょっと先に川があったろ?」
男が説明する。川があるのか。スーパーのあるほうと反対側かな。そうか、川があるならカニもいるんだろう。
「最近きたの?」
片方のハサミを上げてるのは挨拶だろうか。
「人間でしょ? ちょっと相談のってよ」
返事をしてないのにカニは勝手に話を進める。
「僕ね、最近アクアリウムに凝ってて」
カニが?
カニの語るところによると、住処を生かして壮大なアクアリウムにしようと頑張っているが、水中で水草を育てるのが難しいらしい。川だから流れがあるんだよね、みんな石のくぼみしか興味ないから協力してもらえないしとため息をついてハサミをちょきちょきした。
「何か思いつかない? 人間なんでしょ?」
まあ、人間だけど。小さい小さい黒い目でジっと見つめられると、本当に見つめてるのか小さすぎてわかんないけど、落ち着かなくてなにかカニのためになることをと焦ってしまう。水草、草、緑のもの。石にくっついて流れない。あ、苔。苔なんてどうだろう。
「あーそれも手だね。苔ついてる石よく見るし。でもさー水の中でユラユラさせるのがアクアリウムの醍醐味でしょ? 苔だとさー」
艶のある黒に近い焦げ茶に塗られた木のカウンターの上でハサミを振る小さなカニは、肩をすくめてはないけどそんな感じがした。
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