Day3 飛ぶ

 男が何を言ったのか理解するのに時間がかかった。これは誰なのかと思う。近所の人だった? 何度か声をかけられたけど年寄りだったはずと

「こないだ言っとったとこよ。店主が洒落モンの」

 普通に友達と話すような、当たり前みたいな軽い声で思考が途切れた。大きな口でにこやかに笑う男が目いっぱいに映る。あぁ、そうだったかもしれない。そう、そういえば美味しいのだと楽しそうに。なんで忘れてたんだろ。酒を飲まないようにしてから記憶が飛ぶこともなくなってたんだけど。おかしいな。おかしいといえばさっきの声。なんなんだ? 葉の下のほんの少しの陰になんか

「暑いからなぁ。暑けりゃ水もほしくなるわ。なぁ?」

 あぁ、そうか、そうだな。暑いから。水がほしくなってもおかしくない。

「さぁ、行こうか。水やりはもういいだろうさ」

 そうか、行くか。外水道の蛇口を締める。地面にあったビール缶にぶつけないようホースを置いた。振り向けば、こっちを見ていた男がニィと笑った。目が合った、前髪に隠れてるけどたぶん。背を向けて歩き出した男の草履が土と擦れる音がする。濡れた手をズボンで拭きながらその音についていった。

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