2024年2月23日 ー私じゃだめですか?ー
怜と付き合わないという選択してから7日後。
一人になれるまでは時間がまだかかりそうだが、仕事は絶好調であった。
この日も大型の受注をした。とにかく仕事をしよう。
「なあ吉村。今日合コン行かない?」
杉浦がいきなり話しかけてきた。
「なんだよ唐突に。」
「お前ウケいいしさ、そろそろ独り身も飽きただろ?」
そうか、俺は元々奥さんなんていないし、そもそも大学でも誰とも
付き合ってないことになっている。天涯孤独というやつになっているのか。
「それもいいな。」
「おっ。じゃあ今日参加決定!そうだ高岡もさそおー。」
「お前それはダメじゃないか、流石に、みおさんのことあるし、」
「えー。あと一人なんよ。」
あっ俺は人数合わせか。と今気づいた。
「たかおかーお前も今日合コンくる?」
「いや。行きませんよ。心に決めた人いるので。」
「堅物め。いいですー吉村と楽しむので。なっ吉村」
執務室で言わないでほしい、部下の目が気になる。
がっと言う音と共に、みおさんが椅子を立つ。
「吉村さん行くんですか。あっすみません……」
みんながびくっとした顔でみおさんをみる。なんか変に周辺の人からも注目されてしまった。
「うん、まあたまにはそういうことしてもいいかなって」
もう公開処刑だ。やめてくれ。
「そうなんですね。」
椅子に座りながら小さい声で言わないでくれ、せめて何かいじってくれたら楽なのに。
「まあそんなことはいいとして、仕事に戻るよ。高岡あの資料できてる?」
「はい。」
そんな勢いで来なくてもいいのに、鬼みたいな顔でこっちにくる高岡。
「あっ……ありがとう。」
「いえ。問題ないかと思いますが、確認お願いします。」
こいつ俺のこと嫌いなのか?情緒不安定なのか。
まあいい今日は目一杯呑んでやる。
その晩にあった女の子の名前が飛ぶほどに呑んでいた。
途中寝ていたのだろう本当に記憶がない。何お話をしたのかも。
そして意識が戻ったのは、タクシーの中。
「大丈夫ですか?」
知らない女性と乗っている。
「あっ、大丈夫です。すみません。」
多分合コンの女の子だろう。そんなことより吐きそうだ。
「運転手さん。ここで降ろしてもらって大丈夫です。」
咄嗟に口から出た。
「えっ、大丈夫ですか?本当に?」
隣のA子さんが話しかけてくる。名前が知らずA子と言ってさせてもらおう。
「大丈夫です。もう近いので。」
意識を取り戻したばかりで、ここがどこか知らんが、多分近いだろう。
「わかりました……お水だけでも持って行ってください。」
すっごいいい子だ。
「お金だけ置いてきます。」
財布に入っている札を全部置いて行った。
「こんなにかからないですよ、大丈夫ですから。」
A子さんに吐くわけにはいかないのでとりあえず余ったら、連絡してほしいと言ってタクシーに行ってもらう。
A子さんから出発前に連絡先と言われたので、とりあえず携帯の番号を書いたが読めるだろうか。
何か言っているが、とにかく、早く行ってくれ、もうもたない、、。
タクシーの運転手さんのドアをノックして行ってほしいと合図をする。吐きそうなジェスチャーも。
タクシーが進んで見えなくなった時、千鳥足で人気の無いところに行き、全てを終わらせる。
酔いは冷めてないが、少し楽になった。
通りに目を向けると、ここは荻窪だとわかった。
時刻は11時50分。明日は土曜日で仕事は休み。
終電はまだあるが、先ほどのダメージを少しくらった靴を見て、寒い夜道を歩いて酔いをさまそう。
そう決めて吉祥寺まで歩くことにした。
深夜の散歩は好きな方だ。
何かが起きる気がして、ポジティブな気分になる。
その日もワクワクしていた。何かが始まる気がした。
イヤホンをつけて、アジカンのソラニンをきく。なぜか聴きたくなった。
水を片手に散歩していると色々なことを思い出す。
やばいこのままだとまた泣く。
そんなとき音楽を止めるように、携帯から着信が。
着信 杉浦
「おい、吉村大丈夫か?瑛子さんから連絡があって電話したんだけど。」
えいことは誰だ。あながちさっきの子か、A子っていうのか。俺の想像通りだな。
「大丈夫だよ。なんとか生きてるから。A子さんにも伝えておいてくれ。すまなかったと、」
「いやいや、お前ヤバそうじゃん、どこいんの?」
「今深夜の散歩中だ。荻窪を。」
「はあ、帰れんの?金も全部瑛子さんに渡したんだろ。」
財布の小銭を数える。
「いや534円あるから大丈夫。」
「小学生じゃねえんだから。」
「誰か送るかそっちに?」
「ほんと気にしなくていい、とりあえず切るぞ。」
「ちょっまっ」
耳からプープーという音が聞こえる。
ソラニンはとうに終わっていた。とにかく歩いて家に帰ろう。
中央線沿いをただ真っ直ぐに歩いて帰るのも芸がない。
少し回り道でもしよう。
何も知らない道を方角だけを頼りに歩き進めていく。
時刻は12時30分。歩き始めて40分も経っていた。隣の西荻窪駅に着いた。
人はまばらだが意外と店が空いている。
楽しそうな雰囲気がいっそう自分を惨めにさせる。早く家に帰ろう。
そこから吉祥寺のサンロードに着いたのは1時である。
音が聞こえてきた。
「神様って人が君を連れ去って」
その人の前に立ち止まる。聞いたことのある曲。
サンボマスターだ。とても綺麗な声の男性だ。バラードみたいに歌っている。
その人の前にはただ一人だった。自分のためのライブに浸ってから帰ろう。
ふと涙が落ちてきた。そこからは止まることを知らなった。
深夜一時のサンロード、多分ダメであろう路上ライブとそれに釣られた汚いスーツ姿の男性は、嗚咽を漏らしながら音楽を聴いて路上で泣いている。
決して歌い終わるまで彼は歌うのをやめなかった。途中何人か後ろを通っただろう。
でも僕もなくのをやめなかった。やめられなった。
曲が終わった時、後ろから声をかけられる。
「いい歌ですよね。私も好きなんです。この曲。」
聴いたことのある声だ。何か言わないといけないとわかってながら、声が出ない。
「そんなことよりも、帰りましょ。風邪ひいちゃう。」
そこまで言われて、振り返ると、そこにはみおがいた。
「なんで……。」
「うーん。きちゃいました?っていうやつですかね。」
「こんな時間に。」
「お互い様です」
そう言って笑いかけてくれた顔を見て、我に帰る。羞恥心で顔が真っ赤になるのがわかった。
「それはおいおい聞くとして、見てた?」
「はい!ばっちり!」
満面の笑みだった。これがまさに末代までの恥である。
みおがきてくれた理由は、杉浦からの連絡だそうだ。
高岡とご飯に行っていたら、杉浦から俺を探してほしいと頼まれたとの事。
それにしたってこんな時間に。
「ごめんな。」
「いや大丈夫ですよ。私もなんか探偵みたいで楽しかったですし!」
そんなことはないだろうと言いたかったが、優しい後輩である。
「さ!帰りましょ」
「いやいや大丈夫だよ、タクシー捕まえるから帰りな。」
「ダメです。杉浦さんと約束したんで。見つけたら家まで届けるって。」
おいおいなんて約束をしているんだ。
「行きますよ!」
これは帰りそうにない。昔から決めたらやり遂げる子だった。
「そっちじゃない……。」
もう折れてまず帰ろう。
その後の恥ずかしそうな彼女顔は可愛かった。
家までの道のりで気になることを聴いた。
「高岡は、」
「高岡くんは今西荻窪にいます。」
「おいおい、大丈夫かすぐ迎えに行かないと、。」
「大丈夫です!彼なら。杉浦さんが迎えにいくそうなので。」
すまん、杉浦。そしてみおのことも頼む。
「そしたらみおさんも、杉浦に迎えにきてもらおう、電話するよ。俺は大丈夫だって。」
「ダメです。絶対。それよりもみおさんってやめてくれません。今会社じゃないですよ。」
「いやそうは言われても、しみついちゃってるから。」
「今日ぐらいはみおでいいですよ、特別ですよ」
うまく話を逸らされた。そして家に着いた。
「ありがとうね」
「じゃあ入りますね。」
えっこの子なんて言った。
「お邪魔しま――す。」
すごい強引だ。
「いやいや、俺男だよ。それに汚いし部屋。」
「早く入ってください。近所迷惑です。」
誰かに近所迷惑と言われたなと思い出す。
「あっ、ごめんごめん。」
「はい、よろしい。まずはシャワー浴びてください。」
もうなるようになれ。
「すみません。」
「もういいですから。早く!スーツシミになりますよ。」
これも誰かに言われた。誰だっけか。
スーツを脱いでシャワーを浴びる。酔いは覚めていて、部下が家にいるのが現実だとわかる。
すごい状況だ。
「すまない、酔いも冷めた。助かった。」
「困ったときはお互い様です。」
スーツはシミになる前に適切な処理がされていた。罪悪感が募る。
「じゃあ私も浴びますね。」
「えっ?泊まる気?」
「あれ、明日忙しいんですか?」
「いや何もないけど。」
「じゃあ入ります、そうだ絶対に覗かないでくださいね!あとパジャマかしてください。」
理解するまでに時間がかかったが、この子は泊まる気なのだ。
「あっ……うん。」
勢いのせいなのか、断ることができなかった。
失礼しまーす。と言いながら彼女は浴室に行った。
なぜか胸のドキドキがおさまらない。冷静に彼女は部下だと心で唱える。
お風呂上がりのみおはいつもより可愛く見えた。
シャンプーの匂いも自分と同じだとは思えない。すごくいい匂いだ。
「あんまり見ないでください!恥ずかしいから……。」
その言葉が可愛いさを増すと気づかないのだろうか。
「少し話しませんか。」
いきなり神妙な顔で言われるとドキッとする。
「最近何かありました?なんか顔が暗かったですし。」
果たして何かあったのだろうか。暗い顔をしているとは思わなかった。
「なんでだろうね、さっきまですごい悲しかったんだ。」
「なんですかそれ」
そう言って笑顔のみお。
「本当に悲しいことがあったんだよ。あの歌を聴いていて……。なんだったんだろうか。」
何も思い出せない。本当に何も。悲しかったことがなかったように。
「多分もう大丈夫。心配かけたな。」
「ならよかったです。それで本題なのですが、私翔さんのことが好きです。」
何を言われたんだ俺は。それで?本題?
「聞き間違えかな。俺のことが好きって、」
「いやそう言いました。」
思考が追いつかない。何も。
「それは先輩としてとか?」
「いえ、恋愛としてです。あっもちろん先輩としても好きですよ。」
今日は色々ありすぎた、多分これは夢なんだろうと思うくらい。
「先輩私と付き合ってください。」
あっだめだ、もうなんかいろんなことが整理がつかない。
頭がぐちゃぐちゃだ。
「みおさん、すまん、明日もう1回話していいか。」
「そうですねこんな時間にすみませんでした。」
時刻は3時過ぎ。
「一回寝ましょうか。」
「ああベットで寝てくれ、俺はソファでいいから。」
「ダメですよ!ベットで寝てください!」
「これだけは譲れない。ベットで寝てくれ。おやすみ」
そして寝室に案内する。
「わかりました。おやすみなさい。また明日。」
真っ暗な部屋で、頭の中を整理する。
何もかもよくわからない。合コンした相手も。
何に悲しんでいたのかも、部下からの告白も。
激動の1日だ。
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