1-6話
「あの真っ白な髪に赤い瞳。あぁ、あれが噂の……」
「魔力のない呪いを生む忌み子よ。みすぼらしいわ」
トウヤから離れてしまったことで、一時的に染まっていた髪色が抜けていき、本来の姿に戻ってしまったユキハは、周囲からそのような罵声を浴びながら、力なく商店街を歩いていく。
すると突然全身の血が逆立つような感覚を覚え振り返ると、背後からユキハの肩を掴む存在があった。
「えっと、確か……ゼロ先輩。どうしてここに?」
「それは俺のセリフだ。あの四人はどうした? それにあの友だ……」
そこでユキハの涙腺は限界を迎え、大きな雫をこぼしながらゼロの胸元に抱きつき、ゼロは嗚咽をもらすユキハの頭を優しく撫で、そっと抱きしめ返す。
「ここだと注目を浴びる。一緒に来い」
「えっと、一体どこに? いや、ダメです! 一緒にいたらゼロ先輩にトラブルが……あれ?」
しかし、場は静まり返るばかりで、ゼロに対していつものようなトラブルは起きない。直接自分に触れた相手にトラブルが降り注がないのは初めてのことで、ユキハは目を丸くした。
「心配するな、大丈夫だ。俺の家に行くぞ」
そう言いゼロはユキハを連れ歩き始める。道中、ユキハを見て心無いことを言う町民に対してゼロが冷たい視線を向けるとみんなその口を閉じた。しばらく歩き商店街を抜けた先に、ひと際大きな一軒家が建っており、ゼロはその門を開ける。
敷地内には所々赤い龍が飾られており、ユキハはその雄大さに視線を奪われた。
「ここが俺の家だ。中に入れ」
ゼロはユキハをリビングへ案内するとホットコーヒーを差し出し、そして自分の分を静かに啜る。
ゆっくりと温かいコーヒーを飲んで少し落ち着いていくのを見て、改めてユキハに問いかけた。
「で、なんでお前はあんな所に一人でいたんだ? マグナ達と一緒にいたんだろう?」
「はい、先程までは……色々怖い話を聞いちゃって。いや、それはまだいいんです。私はトラブルを生みだす忌み子ですから、早く死ぬって言われてもまぁそうだろうなって思えました。でもそんな私のために命を投げる部下なんていらない。私が欲しいのは――」
「一緒に頑張ってくれる友達か?」
間髪入れずに放たれたその単語に、ユキハの胸がドキリと音を立てるとゼロは自嘲気味に小さな息を吐き、学生証を取り出し弄り始めた。
「本当にあいつとそっくりだ。その話あいつらにしてやったらどうだ?」
「なってくれますかね……?」
丁度そのタイミングで室内に来客を知らせるベルが鳴り響く。
「お客様ですね。邪魔になるので帰ります」
「まだ帰らなくていい。だが俺は今忙しいから代わりに開けてきてくれ」
ユキハは席を立ち、玄関の戸を開くとそこにはマグナ達四人が立っていた。
その唐突な光景にユキハが固まっていると、マグナはニカッと笑いユキハの頭を乱雑に撫でる。
「思ったより早かったな」
「おー、連絡見てすぐ帰ってきたわ。さんきゅーなゼロ」
「連絡……?」
振り返ると、ゼロは無言で学生証をその細長い人差し指でトントンと叩く。
それを見たユキハは拳と瞳を強く閉じ、そしてひと際大きな声でその覚悟を告げた。
「部下はいらないけど一緒に頑張ってくれるお友達になってください! ダメでしょうか」
小刻みに震えながら差し出すその右手を、カレンとアイリスは優しく両手で包み込んだ。
「もったいないお言葉でございます……」
「もっちろん! それがユキハの希望なら喜んで! じゃあ、あたしたちのことは普通に先輩呼びしてよ!」
すると、マグナの背で犬の覚醒具をつけていたモノは不服そうにそれを外し、ユキハの胸元に飛びついた。
「あー! 僕の前で二人ともずるいんだー! じゃあ、僕はユキハ姉ってよぼっと! あのガキは癪に障るけど、言ってたこと正しかったし、先輩呼びで許してやるか」
みんなの言葉にユキハは今まで感じたことのない温かさを感じ、感涙をぽたぽたと流す。とめどなく溢れ出る涙を、ゼロはそっとぬぐい取った。
「今代の我が君は泣き虫だな。守護者も大変だ」
「そういえば、ゼロ先輩も守護者なんですか? 火・雷・水・地……風の守護者の方がいらっしゃらないようですが」
「いや、俺は――」
そこでマグナが手を打ち、話を打ち切る。
「はいそこまで。残念ながら風の守護者は今代いねぇんだよ。風の獣騎士はいるけど、誰もが守護者になれるわけじゃないからな。それにコレ」
左肩に固定された龍の覚醒具を突いて話を進める。
「俺たちは獣だからな。この血のおかげで人間と比べてずっと丈夫なのよ。だから、友達には最適ってわけ。これからよろしくな!」
そこでゼロがポーチの中から、翡翠色の宝玉が埋め込まれたペンダントを取り出し、ユキハの首にそっとかけた。
するとユキハの足元から緑色に染まった突風が吹き荒れる。一
分ほどでそれらは全てユキハの体内に取り込まれていき、消えた風の中から現れたユキハを見てゼロを除く四人は歓声を上げる。
「いい塩梅だな」
「えぇ、本当に美しい」
みんなの反応にハテナマークを浮かべるユキハに、ゼロは部屋の奥に飾られている一面鏡を指さす。ユキハはそれに駆け寄り中を覗くと、そこには翡翠色の髪に、金色に輝く巻き角を持つ女性がこちらを覗き返していた。
「え⁉ 髪が緑……いや、それよりこれは角……」
そっとその角なでると、その角はスッと透明になり姿を消していった。その感覚に、ユキハは物語で語られていた鬼であることを自覚し絶望を覚える。
「やっぱり私は鬼なんだ。人間じゃない、呪われた鬼……」
その言葉を聞いたカレンは、ユキハの背を力強く叩き、その絶望を弾き飛ばす。
「ユキハは人間だよ。そして【鬼】でもある。鬼にどんな認識を持ってるか知らないけど、鬼ってのはこの世界の言葉で【角持ち者】のことを指すんだ。だから、角を持つユキハはこの世界では鬼って呼ばれる。でもね、あたし達の世界ではあなたのことを皆こう呼んでるよ。【金色の御羊さま】ってさ!」
「そうだよ! こんじきのおひつじさま! 僕たちの救世主なんだ」
「ま、その辺はまたいずれな。それより今日は入学式の祭りだろ? 思い切り楽しもうぜ」
「でも、私がいたら目立つし……」
「その髪色なら問題ないだろう。緑の髪なら、風属性の生徒と変わらない。魔法で染めているわけでもないから俺から離れても色が戻ることもない。まずはトウヤの元に行ってこい」
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